第六話 クーリンとクランクハイト
「……で、何でよりにもよってあんたとあたしがペアなの?」
燃え上がるような赤い髪をかきあげ、鬱陶しそうに横を見る女。
時折、舌打ちをしており、非常に態度が悪い。
腕を組んだ上に、非常に豊満な胸がのっている。
「私も聞きたいわ。あなたみたいなガサツな女と一緒だと、マスターになんて思われるかしら……」
そして、赤い女に言われるままでは終わらない隣に立っていた女。
シュヴァルトよりもくすんだ銀髪で、それを優雅にロールさせている。
大人っぽい話し方をしているが、それはどこかたどたどしい。
彼女も負けじと腕を組むが、残念ながら赤い女のように胸がのるほどなかった。
「マスターは絶対に、あたしに同情してくれるわ。こんな変な話し方をしているあんたと一緒だなんて、不幸にもほどがあるわよ」
「へ、変ってなにかしら?私はいつもこの話し方だけれど……」
「嘘つけ」
たらりと冷や汗を垂らしながらも、決して話し方を変えようとしない銀髪の女。
そんな彼女を見て、ため息をつく。
「……おい、俺たちの前で何のんきに会話してやがる」
二人の会話を黙って聞かされていた討伐隊の一人が、頭に血を上らせながら言った。
「お前ら、今の状況が分かってんのか?」
「分かっているのかって……。あんたたちがギルドを……マスターを狙うとかいう馬鹿でアホでマヌケで死ねばいいのにって思うくらいのことをやろうとしているんでしょ?知っているわよ」
赤い女の散々な挑発に、さらに男たちの怒りのボルテージが上がる。
とはいえ、赤い女的には別に挑発のためにわざとそのようなことを言ったわけではない。
本当に、心の底から思っていることを口に出しただけなのだ。
マスターに手を出そうとするなんて、本当に愚かだ。
「ムカつくけれど、クーリンの言う通りね。そもそも、マスターがあなたたち程度に負けるはずがないけれど、刃を向けてくる時点で私の攻撃対象になるわ」
銀髪の女も男たちをあおる。
マスターの実力からして『救世の軍勢』のメンバーが守る必要もないだろう。
しかし、マスターの敵は必ず殺さなければならない怨敵へと変わるのが『救世の軍勢』の面々である。
銀髪の女の中でも、この討伐隊はそういった認識になっていた。
「あら。たまには良いこと言うじゃない、クランクハイト」
「大人の女は言うべき時にしか言わないものよ、クーリン」
赤い女―――クーリンが、銀髪の女―――クランクハイトをかなり上から目線で褒め称える。
クランクハイトは額に青筋を浮かべながらも、意識してその怒りを心に押し込める。
心の中の殺人帳には、クーリンの名は一番上に刻み込まれている。
「相手はあの闇ギルドのメンバーだ!見た目に騙されんなよ!囲んで押しつぶしてしまえ!」
グレーギルドの男は、その荒々しい言葉遣いや態度からは想像しづらいが、案外頭の方は悪くないようだ。
貴族や娼館にもいないような見目麗しい美女の二人が、そこらの女と同様に戦えないと判断せずに、仲間たちに警戒するように伝える。
その指示に従い、グレーギルドのメンバーたちがクーリンとクランクハイトを囲む。
王国騎士も少々不服そうだが、包囲する作戦自体は悪くないのでその指示に従った。
「あら、意外ね。すぐに、襲い掛かってくるものだとばかり思っていたわ」
クーリンは周りを見回しながら、満足そうに頷く。
囲まれた危機感よりも、舐められないことに優越感を得ているようだった。
「でも、残念だけれど囲まれているのはあんたたちの方も同じなのよ?」
「は?何を言っているんだ?」
討伐隊の面々に向かって、ピシッと指をさしてドヤ顔で宣言するクーリン。
男たちに囲まれているのは、クーリンたちだけのはずである。
ハッタリかと思って声を出すが……。
「―――――!」
それなりに戦闘経験を積んでいる男は、自分たちやクーリンたち以外の気配を感じ取ることができた。
その気配は、クーリンとクランクハイトを囲んでいる自分たちを、さらに大きな円状になって囲んでいた。
「気をつけろ!何かが俺たちを―――――」
「ちょっと、遅かったわね」
男は慌てて周りに忠告をしようとするが、クーリンはニヤリと笑う。
「ぎゃぁっ!!」
その言葉通り、一本の矢が飛来してクーリンたちを囲んでいた男の一人に突き刺さったのである。
それを皮切りに、次々と矢が飛んできて男たちを狙ってきた。
「くそっ!!」
それでも、討伐隊は何とかそれを防いでいた。
何人かの者たちは矢をくらってしまったが、すぐに立て直しを図る。
彼らも戦闘には慣れているので、矢を防ぐこと自体はそれほど苦労せずに実行できた。
ようやく余裕ができた男は、自分たちに矢を射ている者が誰なのか覗き見る。
「なっ!?」
男は目が飛び出るほど驚愕する。
討伐隊に攻撃を仕掛けていたのは、人間ではなく魔物―――ゴブリンであった。
男は、ゴブリンがここにいて自分たちに攻撃を仕掛けていることに驚いているのではない。
ゴブリンというのは非常にポピュラーな魔物で、どこの森にも大体住み着いている。
そして、彼らは好戦的でよく人間にも襲い掛かる低俗な魔物だ。
「よぉし、いいわよ!じゃんじゃん矢を射なさい!」
男が驚いているのは、どう見ても『ゴブリンが人間に従っている』ことにある。
ゴブリンは知能が低く、たとえ魔族の王である魔王の指示にも従わないだろう。
そんな魔物が、絶対に襲い掛かるであろう人間の若い女の命令に何ら反抗することなく、唯々諾々と従っているのである。
「ば、馬鹿な!ゴブリンが人間に従うなんて……っ!!」
男は汗を顔全体に浮かび上がらせながら、唸るように言う。
攻撃するのは、クーリンたちを包囲していた男たちとクランクハイトだけである。
「な、何で私も……!?」
「あ、ごめん。わざと」
「あ、ああああ謝る気ないでしょっ!!」
クランクハイトはついに素を出してしまったが、飛んでくる矢を必死に避けている。
クーリンはテヘペロをして許しを乞うが、それが表面上のものであることは付き合いのない男たちですらわかった。
「さて、そろそろ終わりにしようかしら。ゴブリン!接近戦に切り替えなさい!一人残らず、殺しなさい!」
『ぎゃぎゃぎゃぎゃっ』
クーリンの指示に、何とも気持ちの悪い声を上げて応えるゴブリンたち。
それぞれ、弓や石といった遠距離武器を投げ捨て、汚い小刀やこん棒に持ち替える。
そして、討伐隊の面々に襲い掛かったのであった。
「くそぉぉぉっ!!」
討伐隊とゴブリンの間で激しい白兵戦が展開される。
彼らもまた戦闘のプロであり、魔物であるゴブリンを次々と打ち倒していく。
しかし、数はゴブリンの方が多い。
多勢に無勢となり孤立してしまった騎士やグレーギルドのメンバーは、次々と滅多打ちにされて死んでしまった。
「何とか……何とかあいつらにも一撃を加えることはできないのか……!?」
この討伐隊のリーダー格の男が悔しそうに歯を食いしばる。
クーリンは討伐隊が血を流して倒れるのも、仲間であるはずのゴブリンが死んでいくのも、薄く笑って見ているだけだった。
このままでは全滅することは必至である。
それなら、何とか一矢報いたいと思うのであった。
「―――――はっ!?」
そう強く思う男の目に、クランクハイトが何故かこの混戦の中に入り込んでいるのが見えた。
銀色のドリル髪をたなびかせながら、戦場に立っている。
何故、こんな乱戦の中に飛び込んできているのか?
さらに、どうして自分以外のメンバーたちが気づいている様子がないのか?
疑問が多く浮かぶ男であったが、前者は相手の余裕からくる慢心。
後者を、ゴブリンたちとの白兵戦に熱中してしまって気づかないだけだと判断した。
―――――これは、チャンスだ。
一方的に虐殺される展開を、もしかしたら変えることができるかもしれない。
仲間を倒されれば、赤い女の方も動揺して何人かは逃げ出すことができるかもしれない。
実際は、クランクハイトが死んでも平然としているクーリンだが、そんなことを知らない男はその小さな希望に全てを懸けた。
「おぉぉぉぉぉっ!!」
こん棒で殴りかかってくるゴブリンを一刀の元に斬り伏せ、地面を思い切り蹴ってクランクハイトへと向かう。
「なっ!?」
男が自分に向かってきたことが信じられないといった様子のクランクハイト。
目を丸くして、決死の表情で剣を振り上げる男を見る。
「ま、待てっ!お前一体……!?」
「死ねぇぇぇぇぇっ!!」
もはや、問答は無用である。
手を差し出して制止してきたが、敵の言葉に止まってやるほどグレーギルドは甘くも優しくもない。
ゴブリンの血で濡れた汚い剣で、クランクハイトを肩から斬りつけた。
「あぁっ!?」
血が吹き出し、悲鳴を上げるクランクハイト。
彼女は地面に倒れ、動かなくなる。
「はぁ……はぁ……っ!!」
とても荒くなった息を何とか抑えようとする男。
興奮で心臓が強く鳴り、息は治まりそうにない。
自分たちを散々弄んでくれた敵の一人を、ついに倒すことができたのである。
仲間が殺されれば、赤い女の方にも影響がでるだろう。
期待を持って高みの見物を決めこんでいたクーリンの方を見ると……。
「な、何で……」
「ナイス斬撃!一撃で仕留めるなんて、やるわね」
男はクーリンを見ずに、その隣に立っていた女を信じられない気持ちで凝視した。
そこにいたのは、今自分が斬って地面に打ち倒したはずのクランクハイトだったからだ。
じゃあ、今自分が斬り伏せた相手は……。
「お、お前……っ!」
男に斬られて倒れていたのは、同じグレーギルドに所属する仲間だった。
すでに息絶えてしまって恨み言を言わない仲間だが、その死に顔は疑問に満ち満ちたものだった。
「どうして……!?確かに俺は銀髪女を……!」
「いえ、あなたは最初からあの男に斬りかかっていたわ。一体、どうしてかと私も疑問に思っていたもの」
男はまるで悪い夢でも見ているようだった。
すっと意識が遠のく。
そんな男を見て、クランクハイトはクスリと妖艶に笑うのであった。
……少々、ぎこちなかったが。
「きゃぁぁぁぁっ!?クランクハイト!あたしのゴブリンも惑わせてくれたわね!さっさと戻しなさいよ!!」
「……この魔法で、いつかマスターを魅了してみせるわ」
「聞けよ!!」
自分が支配していたはずのゴブリンに追い掛け回されているクーリン。
圧倒的な量感を誇る乳房も激しく揺れているのだが、今のクランクハイトはマスターのことを考えてトリップしているので、嫉妬で歯噛みしなくて済んだ。
マスターを魅了して、自分の身体を貪るようにして……。
そう考えると、身体が熱くなって止まらない。
えへえへと危ない笑顔を浮かべるクランクハイトであった。
ちなみに、このすぐ後に討伐隊は全滅した。