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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怖いひとたち

消える死体と百万円

作者: 鈴本耕太郎

「あの噂本当らしいよ」

 爽やかな五月の朝には不釣り合いな、不気味な笑顔で、武雄が話しかけてきた。

「噂って?」

「噂って言ったらあれに決まってるだろ?」

 そうだよなと言って、武雄は隣にいた真奈美へと同意を求めた。

「ほら、この前話した洞窟の話。純君は覚えてない?」

 武雄の勢いに苦笑しながら、真奈美が補足してくれた。

「ああ、あれか」

 同時に大きな欠伸がこぼれた。そんな僕を見た武雄は、やれやれと呆れた顔で息を吐き出した。


 この街にはいつの頃からか奇妙な噂が流れている。

 その噂というのが、とある場所に死体と一緒に百万円を置いておくと、次の日には綺麗さっぱりなくなっているというものだ。

 因みに死体の数はどれだけあってもいいが、必ず死体一つに付、百万円を用意しなければならない。もし、お金を用意できないと、死体が幽霊に化けて集金に行くという所までがセットになっている。

 そしてそれは、僕らの通っている高校にほど近い小さな山にある。自然豊かなと言えば、聞こえがいいのだろうけど、実際にはほとんど人の手が加えられていない、鬱蒼とした場所だ。その山の中ほどにある小さな洞窟が、その噂の元となっている場所になる。


「先輩から聞いた話なんだけど、どっかの金持ちが試したらしい」

「試したってどうやって?」

 僕の後ろから問いかけた菜々美に向けて、得意そうな顔で武雄が笑う。ここだけの話だけど、と前置きをして声を潜めて話し出した。


 武雄の話によると、噂の真相を確かめる為に、どこかの金持ちが動物の死体を使って実験を行ったようだ。洞窟内と洞窟の外それぞれにカメラまで仕掛ける念の入れようだったらしい。


「それで実験の結果は?」

 興味半分、怖さ半分と言った具合に菜々美が尋ねた。

「それが噂通り全部綺麗さっぱり消えちまったらしいんだ」

「全部って?」

「動物の死体も百万円も、仕掛けたカメラまで全部。洞窟の中にあった物は全部なくなってたって話だ」

「じゃあ、外のカメラは無事だったの?」

「ああ、だけど……」

「だけど?」

「どうせ何も映ってなかったんだろ?」

 勿体ぶってなかなか進まない話に飽きて、水を差した僕を見て武雄がニヤリと笑った。

「それがそうでもないんだよ」

 そうだよな?と続けた武雄に真奈美が頷いた。

「うん。消えた原因については良く分からなったみたいなんだけど……」

「けど何?」

 僕が先を促すと、真奈美はニヤリと笑った。

「代わりに大きなボストンバックを抱えた怪しい人が、洞窟に入っていくのが映っていたみたい」

「ねぇ、それって……」

 怯えたような菜々美を見た真奈美は、一つ頷いてから口を開いた。

「その人、すぐに洞窟から出て来たみたいだけど、手ぶらだったみたいなの。つまり……」


 ――死体の処理に訪れたのではないか。


 ここまでくれば、こいつらが何を言いたいのか予想はついた。

 そして案の定、悪い笑みを浮かべた武雄が、見に行こうと言い出したのだった。


「絶対イヤッ!」

 涙目になって首をふる菜々美。

「俺もパス。昨日雨だったから、今日行ったら絶対汚れる」

 菜々美の援護をしつつ、二人の様子を伺う。すると真奈美が菜々美に近づき、その耳元で何かを囁いた。

 すると菜々美は耳を赤くした後で、チラリと僕の方を見て「わかった」と小さく呟いた。


「これで三体一だけど、純はどうする?」

 武雄が勝ち誇ったように僕に問いかけた。

「他の日じゃダメなわけ?」

「ああ、ダメだ」

「どうして?」

「どうしてって……。なぁ?」

 そう言った武雄の言葉を真奈美が補足をした。

「昨日から××高校の生徒が行方不明になっているみたいなの……」

 つまり、今日行けば決定的な何かを見られるかもしれないという魂胆か。

 面倒だけど、ここでごねたら臆病者扱いされてしまうだろう。溜息を吐き出した僕を見て、内心を悟ったらしい真奈美がニヤリと笑った。


 その日の放課後、僕達は噂の洞窟に向かう為に獣道のような場所を歩いていた。

「最悪……」

 懸念した通り、山の中は昨日の雨のせいでぬかるんでいた。そのせいで僕が履いていた新品の靴は早速泥まみれになってしまったのだ。

 悪態をつく僕に心にもない謝罪をする武雄の背中を睨みながら、一列に連なって洞窟への一本道を進む。

「高かったのにな」

 僕の呟きを聞いた真奈美が不思議そうに問いかける。

「いつも思ってたけど、純君の家ってお金持ちなの?」

「どうして?」

「だって今日の靴もそうだけど、服とか小物とか結構良い物持ってるでしょ?」

「ああ、そう言う事か。自分で稼いだ金だよ」

「何のバイトしてるの?」

「秘密。おっ、そろそろ着くんじゃない?」

 そう言って指さした先には少しだけ開けた空間が広がっている。そして少し奥まった場所にそれはひっそりとある。

 ゴツゴツとした大小様々な岩に囲まれるようにして存在している直径二メートル程の穴。入り口は木で補強されており、どう見ても人工物にしか見えないそれは、さながら防空壕のようだ。


「入るぞ!」

 ライトを持った武雄を先頭に真奈美、僕、菜々美の順番で中へと入る。

 怖がりの菜々美が僕の服の裾をギュッと握った。

「伸びるからやめて」

「えっ……」

 僕の言葉に悲し気な声を上げた菜々美。

「これで良いでしょ?」

 その手を握り微笑みかければ、少しはにかんで頷いた。


 洞窟は一本道で、十メートル程進むと開けた場所に出る。

 そこは六畳程の空間になっており、この洞窟の行き止まりだ。端の方には百万円を入れるとされている古びた木箱があるだけで他には何もない。

 

 目的の場所に出ると、正面に噂の木箱が置かれていた。そこを起点に武雄がぐるりとライトで照らす。そこには何もないただの空間が広がっている。


 ――はずだった。


「え?」

 それは誰の声だっただろうか。一瞬だけ、あり得ないモノがライトに照らされた。

 探るように先ほどの位置へとライトを向ける武雄。そこは丁度中央付近。ライトで照らされた先には、大きなボストンバックが一つ、無造作に転がっていた。

「マジかよ……」

 武雄の呟きが洞窟内に反響する。

 同時に僕の手を握る菜々美の手に力が入った。

 そして恐る恐るそれに近づいて行く武雄。

「やめといた方が良いんじゃない?」

 そんな武雄の服を掴んだ真奈美が震える声で呟いた。

「大丈夫だって!」

 自分を鼓舞するように笑った武雄は一歩、また一歩とそれに近づいて行き、ついにその場所へと辿り着いた。

 バックのファスナーへと伸びる武雄の手が震えているのが見えた。

 ビビってるなら、やめればいいのに。

 そう思ったけど、僕は何も言わなかった。

 代わりにそっと身体を動かして、いつでも逃げ出せる準備をした。

 だってそうだろ?

 ここまでの一本道で誰ともすれ違わなかったのだから。

 それはつまり……。


 武雄の手がゆっくりとファスナーを開いていく。

 そして最後までファスナーを下げ切った。その後で、武雄はライトを真奈美へと預けた。

「開けるぞ」

 そう言ってゆっくりとバックの口へと手を伸ばし、一気に大きく開いたのだ。


 沈黙。


 バックの中には真っ赤に染まったセーラー服らしき物とそこから不自然な方向に生える手足。

 そしてゴロリと転がり出た物。

 それを真奈美の持ったライトが追い、何かにあたって止まったそれ。

 ベットリとした血で汚れた長い髪。その隙間から覗く何も映していない瞳がこちらを見ていた。


 ――絶叫。


 ボトリと音を立てて落ちたライト。

 その明かりの先では、ナイフを手にした大柄の男が佇んでいた。

 そして……。


「あっ、あっああ……」

 あまりに呆気なく武雄の首が斬り裂かれ、噴水のように血が噴き出した。


「えっ、嘘、やだ……。お願い、助けて……」

 腰を抜かし後ずさる真奈美。

 少し遅れて鼻につくアンモニア臭。

 真奈美に向けてナイフを振り上げた男を横目に、僕は菜々美の口を塞いだまま、ゆっくりと来た道を引き返した。そして洞窟の外に出ると、すぐに道なき場所へと入り、丈の長い草の中へと隠れた。


 息を潜めて僅かな隙間から洞窟の方を伺い見る。

 少しの間が空いて外へと出て来た男は、上着を脱いで中に放置してきたようで、下半身だけが不自然に血に染まっていた。

 男はその場に座ると土をズボンに擦り付けていた。どうやら土で汚してズボンに付いた血を隠そうとしているらしい。

 手早く作業を終えた男は足早にそこから去って行った。

 上手く気付かれずに済んだみたいだ。


 ほっと息を吐き出して隣を見れば、菜々美がガタガタと震えていた。

 僕はそっと菜々美を抱きしめて「大丈夫だよ」と優しく呟いた。


 僕達は安全を考えて一時間程そこでじっとした後で、外へと這い出した。そして案の定、雨や泥で汚れてしまった身体を見て、僕は溜息を吐き出した。

 

「一応確認しようか?」

 洞窟を指差し問いかけた僕に、勢いよく首を横に振って拒否する菜々美。

「じゃあ、僕一人で行ってくるからここで待ってて」

 再び、拒否。

 まぁ予想通りだ。

 でも僕は、大丈夫だからと強引に言い聞かせて、一人で洞窟の中へと向かう。


 そしてそこには、当然のように三つの死体が……。


 ――ない。


 木箱の中には百万円。


 やっぱり足りない。

 面倒臭い。

 そう思ったけれど、しっかりと請求しないと舐められてしまう。

 僕はメニューを呼び出して、ポイントに変換された三人の情報に目をやる。そしてそこから武雄と真奈美を選んで、魔物化する。

 レイスとなって現れた二人に、僕は命令する。

「さっきの男からきっちり取り立ててこい」

 虚ろな目の二人は何も言わずに頷くと、僕の前から姿を消した。


 僕はこの先にある面倒事の処理を、どうするべきかと思案しながら、出口へと足を向けた。

 せっかく僕のダンジョンが軌道に乗り始めたのに、警察なんかに介入されたら面倒な事この上ない。とは言え、証拠である死体がないのだから、警察も碌な捜査はできないはずだ。それに逆に考えれば、死体が消えたという良い宣伝になってくれるかもしれない。


 うん、いい考えだ。

 ここは正直に警察に言って、きっちり宣伝して貰うとしよう。


 それに今回は予想外の収穫もあった。

 今の状態の菜々美なら僕に依存させるのも容易いだろう

 武雄と真奈美という使い勝手の良い駒を失ったのは少々痛いが、あの程度ならいくらでも変えが効く。ここで二人を殺してくれたおかげで多めにポイントも入手できた事だし、僕の言いなりになる可愛い人形も手に入った。どう考えても大きなプラスだろう。


 僕は口元に浮かびそうになる笑みを押し殺して、今にも泣き出しそうな表情の菜々美へと声を掛けた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 意外! それはファンタジー! 意表を突かれました。 真相とか背景の詳細が語られないままの方が、想像が膨らんで良い類いのお話ですね。
[良い点] 前作は性格の良い主人公だったのに、今回はダークな感じでいいっすね。最後はデ〇ノートの主人公みたいにゲスい顔してそうですわw [一言] 続編は書かれないのですか?
[良い点] まさかダンジョンだとは思わなかった 自分で稼いだ金のあたりでもしかしてとは思いましたがダンジョンだとは想像もしなかった 短いながらも非常にいい作品ですね [一言] 才能ある作者さんなんだ…
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