ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
001*ガーネット〔008〕
 将軍は奥方に、立派な館と莫大な財を残した。
 奥方はそれらを国と教会、平等に寄与。
 みずからは、尼僧院へ。
 彼の菩提を、弔うために。

 明日はいよいよ尼僧院へ立つ、その夕暮れ。
 庭師と奥方は、終の別れを惜しむ。

 短い間だったけれど、楽しかったわ。
 お元気でね、と。

 存外あっさりした挨拶を述べる奥方の。
 その裳裾にすがりついて、庭師は号泣。

 行かないでください。行かないでください。
 お願いです、どうか、どうか。
 さもなくば、いっそ、僕を一緒に連れて行ってください。
 多くは望みません、ただ、
 おそばに、おそば近くに、お仕えしたいのです。

 その様を見て、奥方も大粒の涙をこぼす。
 今更ながら、おのれの迂闊を、呪う。
 天を仰ぎ、星になってしまった夫を、虚空に探す。

 許して、あなた。
 すべて、わたくしが、いけなかったのです。
 わたくしは、なにひとつ、わかっていなかった。
 なにひとつ、大切に、していなかった。

 あなたの、心。この若者の、心。
 自分自身の心とさえ、ずっと、きちんと、
 向かい合ってはいなかった。

 芸術や、信仰や、勉学は、何のためだったのか。
 心を、磨くためでは、なかったのか。
 真綿のような、恵まれた環境にくるまれて、
 それに甘えて、浸って、まどろんで。

 すべてを失ってしまうまで、まるで気づきもしなかった。
 人の心、自分の心というものを、
 どれほど、ないがしろに、してきたか。
 その報いが、どれほどのものであるか。

「……その手を、お放しなさいな」
 奥方は庭師を、窘める。
 残された片方の、ガーネットの耳飾りを、はずす。

 夫の形見として、尼僧院まで持って行こうとしていたが。
 華美な装飾品は、新地では無用の代物では、あった。
 潔い笑みを浮かべ、庭師の手に、赤い宝石を、握らせる。

 さあ、これを差し上げるわ。
 これからは、このガーネットをわたくしと思って、
 そして、生身のわたくしのことは。
 今宵限り、思い切ってちょうだい。

 さようなら。

 奥方の決心は、固かった。
 庭師は、それ以上食い下がること叶わず。
 以後も、あるじの交代したこの庭で、
 引き続き雇われて、庭の管理を。
 春夏秋冬、色とりどりの花をその手で、咲かせ。

 ガーネットの耳飾りの、一方は、将軍の棺とともに葬られ。
 もう一方は、庭師の懐に。
 おそらく庭師が年老いて死に至った際には。
 庭師とともに、葬られる、運命。
001*ガーネット(完)☆次の宝石へ


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。