ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
001*ガーネット〔007〕
 まあ、あなた、おかえりなさいませ。
 如何なさいましたの?
 今時分は、まだ戦場にいらっしゃるとばかり、
 思っておりましたわ。

「うむ、急に、会いたくなってね」
 まあ、あの……わたくしに?
「そうだよ」

 庭師を送り届けた後、
 彼は、自分の館へ帰還。

 そう、ここは彼の館。
 いつ帰って来ようと迎え入れられるのは当然で。
 奥方も、少々戸惑いながらも、快く。
 彼を、迎え入れたのだった。

 使用人達に、てきぱきと采配を振るい、
 湯浴みの仕度をさせ、
 酒蔵からブドウ酒を持って来させ、
 急ごしらえにしては上等な、豪華な夕食を用意。

 彼はそれらを喜んで食し、飲み、楽しみ。
 妻に弦楽器の演奏まで、所望。
 奥方は求めに応じ、リュートを膝に乗せ、爪弾く。

「明日の朝には、戦場に戻る」
「……左様でございますか」

 ずいぶんと、慌しいんですのね。
 せっかくお帰りになられたのですから、
 せめてもう少し……などと。

 差し出がましくも、夫に対して非難じみた言葉は口にしない。
 できない。
 淑女のたしなみから、はずれるような真似は。

 はなから身分の違う庭師が相手ならば、
 いくらでも自然に、ふるまえても。
 皆の敬愛を一身に浴びる国民的英雄、猛将である夫の前では、
 とてもとても。

 上流階級の貴婦人たるものが、
 喜怒哀楽をそのまま表現するなど、
 はしたない、と教えられてきたし。
 その教えを、一途に信じ込んでも、いた。

 ありのままで、受け入れてもらえるなどとは、
 むしろ、そのほうが喜ばれる、などとは、
 冷静な、その受け答えが、夫を混乱させ、
 冷淡な印象を与えているなどとは、まったくもって、
 思いの外。

「頼みが、ある」
 おもむろに、夫の無骨な手が、彼女の耳に、ふれる。
 繊細な、貝殻のような、奥方の耳に。
 そこには、いつぞや彼が贈った、ガーネットの耳飾り。

「これを、ひとつ返してくれないか。片一方だけで、いい」
 彼女は夫の言葉に、逆らったりはしない。
 従順に、耳飾りをはずし、夫に手渡す。
 理由も、たずねはしない。

 夫は、それを懐に秘めて、翌朝。
 戦場へと、再び旅立って行った。

 そして。
 それきり。
 二度と。
 生きては、戻って来なかった。

 愛しの、君。
 麗しの、君よ。
 君を、手に入れんがため、ただ、そのために。
 勝ち取った栄光、武勲の数々だった。

 君が、俺でなく。
 他の誰かを、選んだのならば。
 俺が君の幸福の、妨げになるのならば。
 その妨げを、消し去ろう。すべて捨てよう。
 この命までも。

 君は俺に、幸福な生を与えてくれたから。
 俺は君の幸福のために、死のう。
 君の幸福のためなら、なにも惜しくはないのだ。
 この命さえも。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。