001*ガーネット〔006〕
いかにも不機嫌そうな、大男が。
殺気立って、突進してきたら。
海が割れるように、群衆は道をあける。
戦車に轢かれるのを避けるのに似た、防衛本能。
何時間そうして徘徊していただろう。
足は自然と家路についていたらしく。
見覚えのある路地へ、出ていた。
その一角にて、不穏な空気の乱れを察知。
馴染みのある気配。戦場で。
風を切る拳や蹴り、うめき声。
暴力のふるわれる、気配。
反射的に、体が動く。
四、五人の男たちが、
一人の男を取り囲んだ場面に、出くわす。
「なにをしているッ!」
渦中に飛び込み、暴漢どもを一喝。
唐突な鬼神の出現に、男たちは度肝を抜かれる。
暴漢どもは一瞬にして、霧散。
土埃の中から、被害者を助け起こせば。
それは、例の、庭師。
庭師のほうも、息を呑む。
かがみこんだ拍子に頭巾が取れていたのだ。
彼は、舌打ちをしたが、もう手遅れ。
特徴的な、顔の傷痕。
まごうかたなき、国民的英雄の、しるし。
奥方の、ご主人。
庭師の正式な、雇い主。
どうして、ここに?
ご出陣されていたのでは、なかったか?
「……ともかく傷の手当てを。立てるか?」
我に返って、庭師を立たせようとすると。
「おはくには、もろれまへん、おくはまが」
お宅には戻れません、奥さまが心配なさいます。
「懇意の軍医の屋敷が近くにある。
そこへ行こう。
本人は留守だが、執事に事情を説明すれば、
入れてくれるだろう」
庭師の、不明瞭な発音には、すぐに気づいた。
が、それには触れず、肩を貸し、軍医の屋敷へ急ぐ。
予測どおりに執事は居間へ通してくれて、
薬箱も、差し出してくれた。
無言で、事務的に、手当てを施す。
庭師も、時折、苦痛に顔を歪めながらも、
終始、無言で耐えた。
先刻の暴力、あれは。
国民的な英雄から、
貞淑な奥方を寝取った男への、制裁だったか。
彼は、そう推測した。
その推測は、的を得ていた。
そして、余計に、自分が惨めに思えた。
あんな卑怯者たちに、暴力の口実を与えるとは。
手当てをしている間に、庭師を観察してみた。
凡庸な、若者だ。
軍人の、少々荒っぽい手当てに耐えるあたりは、
我慢強さを匂わせるが、他に、これといった美点は、
見受けられぬ。
このような、者に。
おれは、負けたのか。
彼女は、おれより、この若者を、選んだのか。
「こんなことは、しょっちゅうあるのかね」
恩人の問いに、庭師は答えず、そのかわり。
奥さまには、黙っていてください。
あのかたは、なにもご存知ないのです。
不自由な唇で、健気に訴える。
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