001*ガーネット〔004〕
「おふはまは、おはあが、おふきでふか?」
若者は正面にきちんと向き直って、
にこにこと話しかけてきた。
「おくさまは、おはなが、おすきですか?」
黒目がちの瞳、開けっぴろげな笑顔が、
ひとなつこい仔犬を連想させる。
彼女と同じ年頃か、もしかして少し下だろうか。
彼女よりも頭ひとつ背が高く、
庭仕事で鍛えられてそれなりに逞しいが、
夫ほどの威厳は、ない。
たどたどしい発音が、そこはかとなく愛嬌と、
安心感を醸し出す。
「ええ、お花は、大好きよ」
彼女は通常よりも気さくな言葉と表情で、
若者の問いに答えた。
くちびるを読んでもらうために、
大きくゆっくりと口を動かして。
名将の奥方と若い庭師。
ふたりは奇妙なほど、気が合った。
ひまを見つけては、中庭の東屋で話をした。
会話が不自由ながら、庭師は案外とお喋りで。
どちらかと言えば奥方のほうが、聞き役。
庭師はこれまで、自分の話に、
辛抱強く耳を傾けてくれる相手がいなかったから、
仕方なく沈黙していただけで。
胸の底には、
言葉にしたくてもままならない様々な想いが、
ずっと渦巻いていたのだった。
また奥方にしても、
返答の際にこれほど身ぶり手振りを大げさに交えたり、
口の開け方を意識して表情を作ったりしたことは、
かつてなく、それが新鮮でもあった。
生まれてこのかた、ずっと躾けられてきた。
淑やかであれ、慎ましやかであれ、と。
つねに抑制をかけてきた。
それをはずしてもいい大義名分。
耳の不自由な相手に意思を伝えるためには、
自分を大きく表現しなくてはならない。
彼女は自分が段々と快活になってゆく感覚を楽しんだ。
奥方と庭師。
互いに心の奥底で求めていた願望を満たし合えた。
兄弟姉妹のように、睦まじく語り合い。
時にはただ寄り添って、
吹き渡る風を感じ、
庭の花々、移りゆく空の模様を眺めながら、
各々の思索に耽る。
そんな関係。
言ってしまえば、ただ、それだけの関係。
やましいことなど、なにもない。
それなのに。
世間にふたりの関係は、正確には伝わらなかった。
彼女の夫は、国民的英雄。
彼女自身は、本来無口で人見知り、
自己表現が不得手であるのに過ぎないのだけれども。
その美貌で人々の耳目を集めながら、
滅多に表舞台へ姿を表さぬために、神秘性が高まり。
いつしか彼女までもが伝説的存在になっていたのだった。
最も身近であるはずの夫にさえ、誤解を受ける身。
一面識もない者たちが彼女を、
貞節と美の化身と思い込んだとて、無理もあるまい。
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