004*クリスタル〔004〕
皆に人気のサファイアでも。
敵が一人もいないわけでは、なく。
つまり、
思春期の同性ばかりの集団では、自然と、
異性の偶像が、求められる。
上級生や権力者の寵を競う、
いわゆる「可愛がられる」役割を担う者達は、
サファイアにことごとく追い落とされて、
くすぶっていた。
それに。
本当はサファイアと仲良くなりたかったのに、
クリスタルにちょっかいを出したせいで、
図らずもサファイアと敵対し、
引き下がらざるを得なかった悪童達。
彼らの利害が、一致した。
彼らは手を組んだ。
嫉妬と、愛情が裏返った憎しみによって、
結ばれた、絆。
ある朝。
校舎の壁に貼られていた、紙切れ。
「サファイアは、娼婦の子」
日頃からサファイアを寵愛していた生徒会長は、
激怒したが。
事を荒立てては、
余計にサファイアの立場が悪くなるのでは、と、
それを怖れ、表向きは沈黙。
貼り紙の内容は、
あながち虚言では、なかったから。
また、サファイアの対応も、気丈。
貼り紙を、破り取り。
好奇の視線を真正面から受け止めて。
「たしかにぼくの母は昔、
遊女だったという話は聞いてるけど、
それがどうかしたの」
今さら。
そんなの、街中が知ってることじゃないか。
だが、次の日も、その次の日も。
貼り紙は、出現。
教室の黒板、中庭の掲示板、手洗の鏡。
サファイアは、もう破り捨てるのも面倒と、放置。
サファイアの、錚々たる取り巻き達が、
丁寧に紙を、はがしてまわる。
そんな不愉快な日々の、ある昼休み。
食堂で、皆に混じって、
サファイアとクリスタルが昼食を摂っていると。
誰かが、スッとサファイアに近づき、
その耳に、そっとささやいた。
「サファイア、きみを食べてみたいな、いくら?」
サファイアの顔が一瞬、こわばる。
不審に感じ、クリスタルが訊く。
「今の彼、きみに何を言ったの?」
目で追ってみたけれど、人ごみにまぎれて、
もう誰だったか、判別できない。
「さあ? よく聞こえなかった」
サファイアはにっこり微笑んで、
何事もなかったように、食事を再開。
が、翌日。
サファイアの耳を汚した、あの言葉は。
あろうことか、
食堂の品書きの板に貼ってあり。
「サファイア、きみを食べてみたいな、いくら?」
また、その翌日には。
屋上から、卑猥ないたずら描きが舞った。
紙面には、言葉が添えてあり。
生徒会長の寵愛を身体で買うサファイア、と。
「事実無根だ!」
生徒会長はもはや抑えきれず、
烈火の如く、怒り狂う。
「事ここに至ってはサファイア、
もう君ひとりの問題では、なくなった。
この件について、生徒総会を開く。
きみを晒し者にするのは忍びないが、
騒ぎを鎮めるには他に手段がない。
わかってくれるね?」
「どのみちぼくはさらしものだよ、
最初から、ここに入ったときからね、そうでしょ?」
「とんでもない、きみは宝石だ」
感極まって会長は、
サファイアの頬を両手で包む。
サファイアは苦笑して、
その手をやんわりと、どける。
こんなところを他のだれかに見られたら、
ますます誤解を深めてしまうよ、会長。
「宝石は、
大勢の人にじろじろ眺め回される運命なのさ、
つまりは、さらしものってわけ、ね?」
「サファイア……」
避けられた手の行き場を失う。
こんな強硬手段しか取れない、
サファイアを傷ひとつつけずに守ってやれない、
おのれの無力に、
打ちひしがれているようにも見え。
気の毒な、会長。
この騒動は、あなたのせいじゃ、ないのにね。
「いいよ、
総会でもなんでも、思ったとおりにやって。
ぼくは、平気だから」
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