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014*エメラルド〔008〕
 どうにか危機を乗り切った舞台の後。
 異例だがサファイアは、団員たちに酒を振舞った。
 役者、裏方、関係者一同を、観客が去った舞台へと、上げて。

 今夜の、そしてこれまでの労いと、
 また明日からの活力を養い、団結を高めるため。
 そう、明日も無論、幕は開く。
 明日以降のエメラルド約を、どうするか。

 心配は、なさそうだった。
 代役の、目つきが変わっていた。
 本番、サファイアの演技を、見て以来。

「おれ、明日からエメラルドやります。
 明日までに、ちゃんとやれるよう仕上げてきます」
 皆の前で、サファイアに宣言。
「これ以上、大将に負担はかけられねえっす」

 大将。
 芝居仲間の大半は、サファイアをそう呼ぶ。
 が、彼は呼んだことがなかった。
 若様、でも、旦那様、でもなく。
 慇懃な、傲慢な言い草で「サファイアさん」と呼んでいたのだが。

 今夜、初めて、大将と。
 本気で一座の役に立ちたいと、
 仲間になりたい、という、彼なりの意思表示。
 サファイアに誓う、忠誠の証。

 なぜもっと早く、その気にならなかったのか。
 そもそも代役のつとめをおろそかにしていたからこそ、
 今日のような事態になったのじゃないか……。

 そんな類の陰口も、無論ささやかれた。
 けれど。
「よろしくね、頼りにしているよ」
 サファイアは、彼の改心を認め、信じた。

 鶴の一声で、陰口はたちまち、鎮火。
 ……まあ、雨ふって地かたまるってヤツか。
 大将が、そう決めたんなら。
 従うだけだよな。

「おまえ、この信頼を裏切ったら、ただじゃ済まないぞ、わかってるだろうな」
 レオン船長役の、元傭兵に耳元で恫喝されても。
 彼は、動じなかった。

 その様子を目の端に捉え、ひとまず安堵して、
 クリスタルはそっと、盛り上がる酒席を抜け出した。

 支配人室へ、忍び込む。
 今夜は、月が明るい。
 灯はつけず、窓辺でひとり静かに杯を傾ける。
 そうしながら、今夜の舞台を想い返す。

 素晴らしかった。
 女伯爵エメラルドを演じる、サファイア。

 月光を浴び心地よい浮遊感に、包まれる。
 酒に酔ったか、サファイアに酔ったのか。
 そのあたりが、あやふや。

 そんな折も折、唐突に。
「あ、いたいた、やっぱり、ここだったね」
 うすく開いた扉から顔をのぞかせたのは、当のサファイア。

 部屋へ滑り込んできたその身は、いまだ女伯爵エメラルドの装い。
「あかりもつけないで、なにしてるの」
 無防備に、窓辺のクリスタルへ、寄り添う。

「いや……月がきれいだから……」
 こころもち後ずさりながら、クリスタルはしどろもどろに応える。

 ああ、なるほどね、と窓越しに月光を浴びたのは、つかのま。
 頬をふくらませて窓枠に背をもたせかけ、サファイアはクリスタルに、小言。
「まったく、きみってば大勢の中から抜け出して姿をくらます名人なんだから。
 学生の頃からだよね、気がつくと、いつのまにか、いなくなっちゃう」

 目立たないからね、きみとちがって、と。
 胸の内だけで返事をして。
 口から苦笑まじりに出た言葉は。

「君こそ、よく抜けてこられたね」
 ぼくとちがって、その場に居並ぶものの視線と魂を、軒並み捉えて離さないきみが、と。
 これまた胸の内だけで、続けて。

「抜けてきたんじゃない、おひらきにしたんだよ。
 なにせ明日も幕は開くんだ。
 夜通し飲み明かすってわけに、いかないでしょ」
 サファイアは、あっさり種明かし。


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