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002*アメジスト〔007〕
 よしんば「旦那様」が、
 死んだ娘の面影を重ねたにしても。

 実際は、血のつながらぬ他人であり、女であり、
 幼いながらも色事に長けた遊女、しかも。

 みずからの純な恋心を自覚し、火がついて恐慌をきたし、
 泣きじゃくる相手を。

 なぐさめ、なぐさめられているうち。
 自然と、事に及んでしまった。

 夢心地から覚めた後。
 旦那様は、遊女の身請けを正式に申し出た。

 お大尽を恭しくお見送りした後。
 置屋は一斉に沸き返る。

 すごいぞ!
 ついに、ついに、あのカタブツの豪商を。
「紫水晶の君」が。
 落とした!

 ちがう、ちがうの。あたし、本当は。
 本当に、あのひとのことを。

 口にして、何になる。
 どのみち、信じてはもらえない。

 誰からも、おそらく。
 旦那様からも。

 夢が、叶う。
 ここから、出られる。
 なのに何故こんなに虚しく、切ない。

「浮かない顔だね」
 旦那様。

「私に身請けされるのは、気が進まないかね」
 旦那様の手のひらが、頬に触れる。
 されるがままになりながら、問いには答えず、問い返す。

「旦那様は、想像したことがありますか。
 あたしをお召しになったら、ご自身が世間から、
 何と言われるか」

 自分の娘よりも若い、幼い遊女に手玉に取られ、
 すっかり入れあげて、いい年をして色に惑い、
 道を踏み外した愚か者よ、と。
 嘲りの標的となろう。

 耐えられない。
 旦那様がそんなふうに笑い者にされるなんて。

 これがもし他の男だったなら。
 率先して軽蔑してやるのに。
 打算の末に、身請けされるのであったなら。
 いくらでも、冷酷になれたのに。

 涙が頬を伝う。
 旦那様の手が、それを拭い去る。

「逆のことなら、想像したよ。
 私がおまえさんを身請けしたら、
 おまえさんは皆に何と言われるだろう、とね」

 旦那様は、落ち着いて続ける。
「おそらく、こう言われる。
 妻子に先立たれた孤独で哀れなカタブツの豪商を、
 たぶらかした稀代の悪女だと。
 まだほんの小娘なのに、末恐ろしい魔性だと」

 それなら、もう、すでに。
 言われている。

「あたしは、平気ですよ。
 今さら、なにを言われたって」
 涙を拭われた頬に、不敵な笑み。

「実は、私もだよ」
 頬に触れていた手を顎に移し、上を向かせる。
 見ると、旦那様の頬にも、不敵な笑みが。


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