013*トパーズ〔003〕
それ以来。
あの乱心者の姿を見かけることは、なくなった。
クリスは彼の名を思い出そうと努力した。
それまで、さほど関心を払っていなかったので、
手こずった。
彼の背に縫い付けられていた名は、たしか、ロドム。
クリスはロドムの安否を訊ねて回ったが、
誰に訊いても要領を得ず、それどころか、
他人にかまけて自分の精進をおろそかにするな、
と、たしなめられ、あげくの果て。
熱烈な接吻をされて血迷ったのかと揶揄されるに至り。
クリスは相手を、殴り倒し。
数人に、よってたかって取り押さえられる。
あの日の、ロドムと同様に。
カッとして暴れながらも、脳内の冴えた部分で、
クリスは冷静に計略を巡らせる。
これでロドムと同じ道筋を辿れるだろう。
彼がどうなったか、糸口を掴めるかもしれない。
みずからの鬱憤を晴らし、
なおかつロドムの追跡もできる。
一石二鳥。
笑い出したい衝動を、噛み殺す。
しかし、そんな余裕は、ほどなく霧散。
薄暗く狭苦しい独房に閉じ込められ。
たちまち後悔に、苛まれる。
最初のうちは、まだましだった。
胸に渦巻いたのは、僧たちへの不満。
寝食を共にしながら、互いに対する無関心ぶり。
度が過ぎる。
はみ出し者の集団だったが。
海賊どものほうが、よっぽど仲間を大切にしていた。
平時どれだけ口汚く罵り合っていようとも。
いざ戦闘ともなれば、それは見事な連携を、
見るも鮮やかに、決めたものだ。
なんだかんだ言いつつも、結局は運命共同体。
互いの体調や精神状態が命まで左右するから、
おのずと結束は、強まった。
それに比べ、ここの連中ときたら。
神に仕える身だなどと気取りすましていながら、
なんという冷たさ。
血の通った者同士とは思えぬような。
背筋が寒くなるような。
「あんな痴れ者のことなど」
「汚らわしい」
侮蔑の言葉を吐き捨てて、異端分子を排除して、
口を拭って、それで仕舞いか。
あいつらは皆、
容赦なく責め立ててくる内なる自分と戦い、
打ち勝ち、その屍を踏み越えて、
生き残った者たちなのか。
そうできなかったロドムは、落伍者か。
だとすれば。
おれが落伍者の烙印を押される日も、
そう遠い未来の話では、あるまい。
そもそも、
何故これほどまでにロドムを気にかけているのか。
自分こそ元来、他人に関心のある性質でもないのに。
ロドム。
あいつが先に壊れなければ、
おれのほうが壊れていたからか。
他人事では、ないからか。
それもあるだろうが、もっと、肝心なところから、
目を逸らしている。
目を、逸らしたがっている。
そうだろう、クリス、おまえは。
もうひとりの自分、つまりおれから、目を逸らすために、
ロドムを利用しているのさ。
……来た。
あいつが。
無意識の底から。
とうとう、捕まってしまった。
独房で、気を紛らわせる術はなく。
耳を塞いでも、無駄。
声は外から聞こえるのではないから。
それは内側から、酷薄に、語りかけてくる。
エレナを、そうしたように。
ニコラも、奪ってやればよかったのに。
エレナを、そうしたように。
身体はおろか、魂から根こそぎ、虜にして。
ニコラに、レオンを、裏切らせて。
ニコラにも、レオンにも。
地獄の業火に焼かれるような苦しみを、与えて。
「見下げ果てた、野郎だな」
そうだ、ニコラを陵辱しかけた、あの部下たちなど、
生ぬるい。
もっと、ずっと、狡猾に、陰湿に、悪魔的に、誘惑できる。
クリスタル、おまえなら。
見てくれはレオンよりも遙かに女好きするし。
女心だって、手玉に取れる。
エレナを、そうしたように。
やろうと思えば、いくらでも。
何故、そうしなかった。
言ってやろうか。
「やめろ」
港へ上がって、街娼を買うとき。
クリスタル、おまえはレオンが気に入った女を、
いつも、片っ端から、さらっていったな。
「どうも、おれが憎からず想う相手は、
軒並み、おまえになびくみたいだ、参ったな」
人の好いレオンが、苦笑しながら頭を掻く。
言ってやりたくて、ならなかった。
「わざとだよ、船長。
おれはわざと、あんたの女を横取りしてるんだ」
何故そんなことをしたか、言ってやろうか。
「やめろ」
本当はエレナも、他のどんな女も、好きじゃない。
クリスタル、おまえはレオンが、好きなのさ。
レオンに対する、その執着は、恋だ。
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