011*パール〔006〕
夜着の上から、
あちこち乱暴に、まさぐられて。
肩は剥き出しになっているし、
裾はきわどい所までめくれ上がって、
すらりとした足が、月光を吸って薄闇に浮かび、
この上なく挑発的で、しどけないのに。
スピネルがまとっているのは、威厳と矜持。
つい先刻までたしかに存在していた、
触れなば落ちん風情の、可憐な乙女は、
何処へ。
大家は驚愕と近寄り難さに、後ずさる。
スピネルは食卓を降り、
呆気にとられる大家を尻目に、
この場を、立ち去ろうとする。
傍らをすり抜けたとき、
スピネルが放つ、若い女の芳香が、
大家の鼻腔を、くすぐった。
いい匂いと、やわらかさと、甘い声で、
さんざん、誘惑しておきながら。
いいところで放り出すとは、何事か。
ばかにするにも、ほどがある。
ちっこくて、非力なくせに。
したてに出てやれば、どこまでもつけ上がって。
女というものは、どいつもこいつも。
何故こんなにも、御し難い!
鬱積していた、感情が。
スピネルに向かって、暴発。
大家はスピネルに襲いかかり、
壁に追いつめて、か細い喉を、締め上げた。
「そんなに死にたいのなら、おれが殺してやる」
おれのものに、ならないなら。
若様にも、他の誰にも、もう、渡さない。
「……なんて、ものわかりの悪い、男なの」
ぎりぎりと締め上げる大家の両腕に、
爪を立てて抵抗しながら、スピネルが呻く。
だれが、あんたに殺されたいなんて、言ったのよ。
あたしは、若様になら。
何度、壊されたって。
ああ、若様。
会いたい。
もう一度、ひと目でも。
あたしったら、本当に、愚かだ。
こんなところで。
こんな男に、くびり殺される運命ならば。
いっそ若様の、
あのほっそりした、しなやかな冷たい手で、
引導を、渡してもらえば、よかった。
もう、だめ。息が。意識が。
目の前が、くらくなる。
奇妙な幻覚まで、見えてくる。
血相を変えた若様が、
ものすごい殺気を放って、駆けてきて。
「ぼくの妻に、触れるなっ!」
あたしを殺しかけた男を、手にしたムチで、
滅多打ち。
男は悲鳴を上げ、あたしを解放して、
我が身を庇う。
放り出されて尻餅をついた、その衝撃で。
スピネルは目の前の光景が、
幻でなく、現実のものと、ようやく認識。
サファイアの怒気は、熱風の如く、
部屋中の空気を、席巻。
華奢な肢体を補って余りある、
想念の強さ、激しさ。
その憎悪と暴力を、豪雨のように浴びせられ、
大家は、なすすべもなく、身を縮める。
「この野郎! 殺してやる!
ぼくの妻に手をかけたな!
ぼくの妻に! よくも!」
「よせ、サファイア、もういいだろう、よすんだ!」
一足遅れて踏み込んできたクリスタルが、
サファイアの背後から組みついて、制する。
その機に乗じて、大家は遁走。
逃げ去る、その後姿へ、
サファイアは、さらに罵倒で追い討ちをかける。
「覚えておけ!
今度やったら命はないぞ!
二度とぼくと妻の前に現れるな!
いいか、ぼくには権力があるんだ、
ありとあらゆる手を使ってでも、
どんな汚い手段に訴えてでも、
おまえを社会的に、葬ってやるからな!
金輪際、この地を踏めないようにしてやる、
街から叩き出してやる、永久追放だ、
荒野で木の根をかじって、余生を送るがいい!」
「やめろったら、サファイア!」
「スピネルにちょっかいを出す奴らは、
みんな殺してやる。ぜったい許さない。
彼女を傷つけていいのは、ぼくだけだ。
ぼくだけなんだから!」
「若様」
クリスタルに組みつかれても、
まだ暴れ続けていた、サファイアが。
スピネルの呼びかけには、反応。
硬直していた手が、解けて。
腕の延長のようだったムチが、床に、落下。
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