「好きな人ができたんだ」
唐突な告白だった。マキちゃんはコーヒーフロートをグルグルとかき混ぜながら笑顔で私の返事を待っている。けれどびっくりし過ぎた私はカプチーノのカップを持ったまま、しばらく呆然とその笑顔を見ていた。
反応を示さない私にしびれを切らしてマキちゃんは何時ものように小さな女の子みたいに、ふっくらとした頬っぺたを膨らませた。
「おもしろくないなあ。何かコメントくらいしなよ、リエ」
「おもしろくないって……そんな問題?」
酷くあっけらかんとしたその態度に余計に驚かされる。自分がどれだけ恐ろしい事を言っているのか分かっているんだろうか。
マキちゃんは、新婚さんだ。しかも先月入籍したばかりの。ハネムーンから帰って二週間、自分がどれだけ猛スピードで心変わりをしたのか分かってるんだろうか。
「何考えてるのよ!? 佐々木さんと籍入れる時に、もうフラフラしないとか何とか宣言したクセに!」
「だってさ、好きになっちゃったら、ねえ……」
あまりの答えに頭を抱えた。
もともとマキちゃんは浮気性だ。でもさすがに結婚して地を固めると言ったからには、それもどうにかなると思ったのに。思わずため息が出た。
「で、相手は誰?」
「同じ部署の後輩のコなんだけどさ……もう何かある度に先輩、先輩って頼ってくれて。可愛くて可愛くて」
「それって……またじゃないの!? 絶対またモメるわよ! 何回も似たような事して、噂立てられて辞めちゃった相手もいるじゃない!」
私の鋭い口調にマキちゃんは押し黙る。
見返してくるその目は存外に険しい色だった。
「……リエはそういうの理解してくれてると思ってた」
「今まではね。恋がいけないとは私も言わないから。……でも今は無理。例えマキちゃんのそういう所理解してくれて結婚したんだとしてもね、もうこれ以上は佐々木さんに申し訳がつかないよ。支える相手がいるのにフラフラするなんて、私はそんなの応援出来ない」
「もういいっ!」
ガタンと椅子を押し引いて、マキちゃんはツカツカと喫茶店の会計に歩いて行った。
びっくりした顔のレジのお姉さんに伝票と五千円札を渡すと、荒々しく店のドアを開けて出ていった。それはとても、いつも柔らかい動作をするマキちゃんらしくなかった。
「あの……お釣りは」
「いらないわ」
ぐちゃぐちゃになったコーヒーフロートから視線を反らさないまま私は返事をする。
レジのお姉さんは見なくても、きっと途方にくれた顔をしているだろうと分かった。
そりゃそうだ。
お局くさいOLとチビハゲデブのおっさんサラリーマンの、ワケ分かんない喧嘩に巻き込まれたんだから。
怒っても女の子みたいにプリプリと頬を膨らます、マキちゃんこと真木正太。メタボリックが気になり始めた、今年で三十六歳。マキちゃんと呼ばなきゃ返事をしない、彼は私の同期社員だ。
なぜこんな男がモテるのか、私にはサッパリ分からない。しかし彼はモテる。ムチムチでおネエ言葉のおチビさんも『かわいい』でくくれば問題ない女もいる、と言う事なのか。
小さくなる背広の後ろ姿に、私は意味のない事と知りながら、付け上がんなデブ、と呟いた。 |