時間を見ようとポケットから取り出した携帯は、大学の下見に来ていた従姉妹に取られた。
「何がしたいんだ?」
ニヤッと嫌な感じに笑って彼女は駆け出した。
「あ!てめっ待ちあがれ」
あいつの実家はかなりの山奥なので、大学の下見は泊まりがけでいくつか見ていく。そこで、彼女の志望する大学の大学生であるこの俺に白羽の矢がたった。それにあいつの実家にはちょくちょく遊びに行っていたし、仲も良かったというのが男の家に年頃の娘を泊める許可につながったのだろう。もっとも予定より一日早く回り終えたので、今日は息抜きがてら少し遊びに行くはずだったのだが。
「健、走るのすっごく遅くなった」
「バカ野郎、現役野生児のお前に追いつけるか!」
「踏むよ?」
事もあろうに俺の携帯をフラフラ揺らして脅迫してきた。
「有紀も昔は可愛かったのに、今じゃ」
「今じゃ?」
目が告げている、ヤツはマジだ。本気で携帯を潰されてしまう。
「すっかり綺麗になっちゃって」
「ははははは」
有紀はひとしきり笑うと。
「心がこもって無い、バカー!」
駆け出した。
「ああ!お前そっちは山だ。せめて駅を目指して走ってくれー」
ここは大学が出来てから発展したので、駅から商店街そして学生アパート地帯を通って大学まではとても発展しているのだが……大学の裏は未開の山々が連なっている。
「つーか、この並木道が終わると次は山道になるんだって」
最近、熊とか猪が出るらしい。
「ヤバイから止まれ」
入学当時、興味本位で頂上制覇したら一躍時の人になれた。すっごく無謀なヤツとして。
「追いつけたら、前向きに考えるよ」
(どこで間違ったんだろう?神様、年頃の女の子が泊まりに来ると聞いて心躍ったのがいけなかったのでしょうか?)
並木を抜けると、途端に道が悪くなる。色付き始めた山の木々、まだ緑色のどんぐり、鳥の囀り。
「ちょっ、待った。休憩しよう、俺は短距離が得意なんだ」
「そう、私は中長距離が得意なの」
「見失われたら困るだろ?」
「仕方が無いなあ、歩きながらね」
「はぁ、何でこんな事に」
有紀は辺りの木や、花なんかを見ながらスタスタと歩いていく。
(距離は詰められないか。)
「この辺りってさ、山の中なのに木が密集しすぎてないし良く管理されてる」
「ああ、農学部の連中が里山に関して研究してたりするからかな」
「へえ、そんな事もやってるんだ」
「キャンパスガイドちゃんと読めよ」
「いーの!そんな事は」
視界が開ける。山の中腹の草原に出た。
「ねえ」
ヒョイっと有紀は俺の携帯を投げてよこした。
「おっと」
受け取る事に集中したので。
ドン
胸に有紀が飛びついて来たのを受けきれずに、後ろに倒れこんだ。
「説明してもらおうか?」
「健が悪い!携帯ばっかり見てるのが嫌だったの。こっちの人って皆そう、下向いて携帯いじってる。携帯の電源を切れ、今日みたいな良い天気の日は空を見上げろ、そして何より私をちゃんと見ろ。」
有紀は一気にまくし立てた。
(確かに。)
雲ひとつ無い、突き抜けるような青空が広がっている。俺は、すぐさま携帯の電源を切ってポケットに突っ込んだ。
「よし」
それから、胸の上に有紀を乗っけたまま至近距離で向き合って、とりとめも無い話をしていた。
「村から人が大分減っちゃって、雪下ろしとか大変なんだ」
「冬休みに入ったら、すぐに行くよ」
「親不孝者、実家によりなよ」
「大丈夫だ、従姉妹に勉強教えるためだから」
「私、そんなに頭悪くないよ」
「どうだか」
「ちゃんと同じ大学に行けるよ、ぎりぎり合格圏だし」
「かわいそうに」
ギュッ
抓られた。
「そういえばさ、お前って俺に敬語使う気無いのか」
「いきなり何?」
「いや、俺の方が年上だし。確かに子供の時とかは気にしなかったけど」
「ん〜、敬語だとさ距離が離れてる気がする。タメ口は嫌?」
「そういう訳じゃないけど、ただ何でかなーって思っただけ」
「それに、もう遅いよ。今更、敬語で話す方が変」
「そっか」
「そうだよ」
有紀は俺の腕を枕にして空と向かい合った。
「健」
「んー?」
「大好きだよー」
世間話でもするように、軽く彼女は言った。けれど、俺には本気なんだって分かった。有紀にとっては当たり前の事で、変に緊張したり覚悟をする様な事じゃ無いのかも知れない。俺は風に流されている木の葉に、手を伸ばした。所々色が変わり始めたそれは、指をすり抜けて大空へと吸い込まれていった。
「もうすぐ秋だな」
何が可笑しいのか、クスクスと笑う有紀の笑顔が可愛くて。
「来年ちゃんとここ受かれよ」
そう言うのが精一杯だった。少しだけ涼しくなった風と、有紀の体温を感じながらゆっくりと流れてゆく今日を二人で見ていた。
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