3.青春時代
3.青春と呼ばれる時代
映画のヒロインが言った台詞 「好きな人が好きなヒトを好きになりたい」
私の恋のはじまりは きっとこのヒロインの台詞そのものだった
ただひとつ違ったのは 好きなヒトの好きなヒト も私の異性だった
だから
もしかして 映画のヒロインより ちょっと複雑で
でも ヒロインよりも その人を好き になるのは簡単だったかもしれない
なにしろ
私が好きになったヒト も その人が大好きだったヒト も
素晴らしく見目麗しい美少年たちだったから
私は二人を同時に恋する事に たいして困った事も大変な事もなかった
私たち3人は同じ高校の同級生だった
私が最初に恋した美少年は 大沢たかし という名前の大柄な少年だった
彼は野球部のエースで学年トップの座を誰にも譲らない秀才だった
彼は同級生に限らず 先輩後輩 先生に至るまで人望も厚く
裏表のない穏やかな性格の 正義感と責任感にあふれた少年だった
私は 友人たち数人と共に ミーハーなファンクラブのように彼を見つめていた
そして バレンタインデーにはチョコレートを贈った
彼はニコニコと女子たちからのチョコレートを丁寧なお礼と笑顔で受け取った
そして ホワイトデーには 母親が用意してくれた と言葉を添えて
頬をうっすらと染めながら 律儀にもキャンディーの袋を配って歩いた
そんな彼に私は淡い恋心を抱いていたのだと思う
そして 彼に憧れる少女たちの中から
どういう訳か 私は少しだけ特別なポジションを手にいれた
それは 私の幼馴染みに所以する
その彼は 寺山宏といい 水泳部の主将をしていた
大沢は 私を放課後に呼び出すと チョコレートのお礼とともに
丁寧に私の思いに応える事はできず 恋人にはなれないと告げた
そんな大それた期待は持ち合わせていなかった私は
理由を問うつもりもなく はいそうですか とその場を去ろうとした
そして呼び止められて でも限りなく近しい友人にはなれると思う
むしろ 積極的に そうなりたいのだと告げられて驚いた
なぜ?
その疑問に大沢は正直に私に告げた
秘密を共有してほしい と
憧れの美少年から秘密を打ち明けられる
そんなシチュエーションは私の中で背景にバラの花を背負っていた
憧れの美少年の秘密
それはぞくぞくするほど刺激的で 私の好奇心を刺激した
私は二もなくその秘密を共有し かつ秘密を厳守することをその場で誓った
大沢が私の視線を斜めに避けながら 俯いて打ち明けた秘密
それは 私のごくごく近しい仲良しの幼馴染である寺山宏に
大沢が友人以上の感情を抱いている という事だった
寺山宏は 少女と見紛う程の端正な顔立ちの少年だった
長い睫に縁取られた薄茶の大きな瞳は無垢な草食動物を思わせた
細い首と長い手足をもてあましているような
しなやかな長身であった
少年期特有のどこか性別を超越したような中性的な雰囲気を纏い
水泳部の主将として太陽の照りつけるプールサイドに立ち続けていても
その肌はぬけるように白く滑らかだった
宏の声は耳に心地よく響く甘い低音で
その声だけが どこかその少女めいた外見を裏切って
不思議な魅力を放っていた
そして何より その性格はいたって素直で温厚
自分のずば抜けた容姿の素晴らしさにもまったくの無頓着であり
どこか繊細そうな線の細いその少女めいた外見から
大沢のように女子たちからの熱い視線に常に追い回される
というような事はなかった
それでいて 寺山君は綺麗 という不思議な人気を誇っていた
家が近い事と 両親同士が昔からの友人ということもあり
宏と私は生まれた時から 事あるごとに行動をともにする幼馴染だった
幼稚園 小学校 習い事に至るまで
性別の違いを除けば ほぼ全ての面で 私と宏はいつも一緒だった
よくも悪くも平均値に甘んじる私と違い
宏は小さい頃からその天使のような可愛らしさと素直さで
私と性別が逆だったらよかったのにと 随分なことも言われてきた
それでも 宏本人の性格の良さにカバーされ
私は宏と比べられても何をしてもいじける事もくじける事もなく
ただただ仲のよい異性の幼馴染といつの間にか
中学 高校に至るまで その進路をともにしてきていた
あまりにも近くにいすぎたせいか
私は宏に異性を意識することがなかった
また 宏はそれほどに 18になろうかという年齢に至っても尚
男臭い様子が微塵もなく
ただ透明な ガラス細工のような美しさで存在し続けていた
大沢は 高校に入学してすぐ
特別クラスで同じクラスになった宏の存在を認めていたという
最初はただ やけに綺麗な顔の奴だなぁと そんな感想だったそうだ
それがいつしか 気づくと宏の姿を目で追っている自分に
気づいたのだそうだ
クラスが違うため 教室での宏の様子は知るよしもなかったが
時折催される特別クラスや 部活の時間などに その姿を捜していたそうだ
きっかけはなんだったのか? と尋ねた私に
大沢は ひどく照れくさそうに応えていった
宏が大沢の落とした消しゴムを拾い上げて渡してくれた時
その細く長い指先があまりにも綺麗で見とれてしまったのだそうだ
そして 視線の先に待ち構えていた宏の笑顔に釘付けとなり
その日は夜眠れないほどに宏の笑顔が脳裏に焼きついたのだそうだ
恋と言うのは 本当に 「落ちる」 ものなのだと
その時実感したのだそうだ
とにもかくにも
私は 学年の いや学校きってのヒーローである人気者の
大沢たかし少年の秘密を共有することになった
それはすなわち 私を挟んで 大沢は宏と親しい友人になりたい
そのために私にチョコレートのお返しに
他の少女たちよりも特別な 彼の仲のよい友人 というポジションを
与えてよこした という事だった
これは 平たく言って 失恋なんだろうなぁ と
私はその時思った
でも 不思議とあまりショックではなかった
恋と言う病に冒されていたというよりは
恋する事に憧れていただけだったのかもしれない
そんな事も案外冷静に思ったりもした
それでも
今まで何とも思わず近くにいて仲良く過ごしてきた宏はともかく
友人たちときゃーきゃーと騒いで見つめていた大沢と
急激にその距離を縮めた事に変わりはなく
それはそれなりに 私にとって喜ばしい事ではあった
また 友人たちにそれとない優越感を覚えたことも事実だった
大沢の秘密を打ち明けられたホワイトデーを境に
大沢と宏と私の3人は 何かと共に連れ立って歩く事が増えた
登下校はもちろん 宿題を図書館で一緒にやっつけて
その後 駅前のファーストフード店で他愛のない話をして笑いあい
大沢や宏の部活が終わるまで 私はどちらかの見学をして過ごしたりもした
試合があれば 差し入れを持って応援にも行った
傍目に見たら 今まで通り 仲のよい私と宏の二人に
大沢が加わった友人関係 そう見えていたに違いない
私は 密かに自分だけが知る 大沢の秘密を楽しんでいた
しかし 正直なところ私は 大沢の思いが成就する という展開については
全く考えていなかった
と いうよりも 自分を介して 見目麗しい二人が友人となった事だけで
もう大沢の望みは叶えられたものとさえ思っていた
私には 大沢の苦悩を思い遣る気遣いはなかった
思い至らなかったというのが正直なところだ
大沢が どれだけ宏の事を思っているのか
あの頃の私には 気づけずにいた
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