20.寺山宏−目指すもの
20.寺山宏 ー目指すもの
大沢は何もきかなかった
宏がボロボロの姿で泣きすがり 助けを求めたあの夜
大沢はただ静かに宏に付き添い その背中を叩いてくれた
小さな子供にするように 頭をくしゅくしゅと撫でられた
それだけだった
それでも 宏は吉田から受けた恐怖を払い除け 己を取り戻す事ができた
頼れるもの 帰れる場所がある事の幸せを実感した
自分の外側ではない内面を認めてくれる者のいる安心感に浸った
また半面
自分がこのままでは与えられるばかりで
何も与えられるものがないのでは という焦燥感を覚えた
大沢という男は高校生の頃から随分と落ち着いた男だった
それが 今では更に
自分の生き様に揺るぎのない自信に満ちた男になっていた
その懐の深さに甘えそうになった自分が情けなかった
大沢が何も尋ねずにすませてくれた事に感謝しつつ
不甲斐なかった自分を恥じた
変わらなくては
逃げてばかりでは何も始まらない 何も変わらない
宏は はじめて自分が見て見ぬふりをし続けてきたものに
直面しようと覚悟を決めた
それからの宏は モデルという仕事に拘りを捨てた
自分の外見が求められるのならそれでよいと割り切る事ができるようになった
そうなってみると 現場ごとに求められるキャラクターが見えてくる
時には挑戦的な視線の青年にもなり
時には無邪気に微笑む無垢な少年のようにもなれた
そんな宏の変化に周囲は驚きつつも対応は暖かかった
それまで冷たく遠く取り巻いていた同性のモデルたちも
宏の仕事への取り組みが変わった事でその付き合い方を変えてきた
仲間として認められ 宏は居場所を見つけた
本当の自分を知っていてくれる人が一人でもいればそれでよい
そう思えるようになった
雑誌やポスターでの自分を見て 自分の全てを知る人などいない
だからこそ その虚構の世界の自分は自分で演じればいい
そう思えるようになった
大沢という存在が宏の内面に大いなる影響を与えていた
気負わず 構えず 嘘をつかず
宏はただ自然体で仕事に臨んだ
内面までさらすことはない ただ求められる「寺山ヒロシ」であればいい
そんな宏はひっぱりだこの 押しも押されぬ人気モデルとなっていった
ある日の撮影で 宏はあの吉田カメラマンと再会した
二度と会いたくないと思っていた相手ではあったが
宏は笑顔で挨拶を交わすことができた
そして自分の肩に伸ばされた吉田の手をさらりとかわす事もできた
「次はもう 自由にできるなんて思わないで下さい」
艶然と微笑みながら吉田を睨め付けた
「・・・肝に銘じておくよ 次からはもっと正攻法で君を口説く事にする」
吉田もまた宏の変化に気づいていた
宏はがむしゃらに毎日を過ごした
大学の講義には休まず出席し 完璧なレポートを作成した
そして 休む間もなくくまれたスケジュールでモデルの仕事をこなしていった
母の入院費と自分の学費のために 馬車馬のように働いた
モデルの仕事の合間には少ない時間をさいて建設現場で
夜間に肉体労働のバイトもした
そんな無理はそうそう続けられるはずもなく
宏は秋口の涼しい風が吹く頃に体調を崩した
一人アパートで天井を見上げ 熱にうなされながら携帯をとった
素直に助けを呼べよ
そんな大沢の声が聞こえた
「・・・もしもし・・・俺・・・宏です 悪い 体調崩した・・・」
「家か?何か食えるものを届けてやる 待ってろ」
大沢は連絡もせずに過ごした数ヶ月について何一つ言う事もなく
あたりまえのようにそう言うと電話を切った
そして 2時間もしないうちに 大沢は宏の幼馴染みを伴って
宏の部屋へとやってきた
「宏・・・・熱あるの?大丈夫?無理しすぎなんじゃないのぉっ!!」
彼女もまた かれこれ1年以上も顔を合わせていなかったのに
そんなことには一言もふれず まるでつい昨日まで高校で
仲良く同級生をしていたそのままのように宏のおでこに手をあてた
宏は布団にくるまりながら くすぐったいような幸せに浸っていた
大沢と彼女は狭い宏の部屋の中であれやこれやと宏の世話をやいた
彼女はお粥を作り いくつかの総菜をタッパにつめ冷蔵庫に収めた
「適当に暖めて食べてね 何かあったら母さんもいるから言ってね」
また 宏の耳元にこっそりと囁いた
「素直に正直になるんだよ 幸せって近くにありすぎると気づかないものだから
私も気づいたのは最近だけどね」
そういうと 宏にバイバイと手をふって帰って行った
「大沢も 忙しかったんだろ 悪かったな サンキュ」
「いや・・・具合の悪い時はお互い様だろう」
「でも お前が具合悪くなるなんてなさそうだよな」
「そうだな 健康だけが取り柄だ」
「そんなことを言ってるんじゃないけど・・・お前は自己管理ができてるって事」
「お前は頑張りすぎただけだ 自己管理はよくできてると思う」
「・・・・ありがとう・・・・」
「いや」
ぼそりぼそりとしゃべる大沢の朴訥さがありがたかった
高校時代と変わらぬ居心地の良さに宏の瞼は重くなった
すぅすぅと寝息を立て始めた宏をしばらく見つめた後
宏が治るまで泊まり込むと宣言していた大沢もまた
ベッドの下に薄いマットを敷き毛布にくるまった
3日目には宏は食事も十分とれるようになった
大沢は宏のレポートなど大学の提出物を手伝い
自らも持参した参考書と格闘しながら宏の部屋で過ごしていた
お互い 何を話す訳でもなく
それぞれに好きな事をして過ごす時間が心地よかった
一度失って初めて知った大切な時間だと思った
素直になろう そう宏は思っていた
宏の体調がすっかり元に戻り もう一人でも大丈夫だという事になり
大沢が帰り際 宏に言った
「・・・助けを呼んでくれて嬉しかった」と
それを聞いた宏は自分でも思いもよらない行動にでた
大沢の唇に そっと 自分の唇を重ねたのだ
「・・・!・・・・」
驚いたように目を見開いたままの大沢に 照れくさそうに宏は笑った
そしてもう一度 少しゆっくりと唇を重ねた
抱き合う事もない ただ唇を軽く重ねただけのキスだった
「俺の方こそ ありがとう」
「・・・おぅっ・・・」
大沢は小さく頷くとそのまま部屋を出て行った
宏の胸の中にほんわかと暖かいものが溢れていた
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