18.寺山宏−帰る場所
18.寺山宏 −帰る場所
その夜 宏は額に汗を滲ませ 小さくうなされ続けていた
宏の身体は小さく震え うわごとのように「いやだ」と「やめて」を繰り返し
その合間に自分の名前が呟かれた「大沢・・・助けて」と
宏が自分を頼って何者かの手から逃れてきた事は想像に容易かった
しかし それがどういう経緯であったのか
また どんな状況であったのかは全く判らない
大沢は眠る宏の傍らに腰をおろし 一晩中一睡もせずに付き添っていた
明け方 ついうとうととまどろみかけた一瞬に
仄暗い朝靄と薄白い夜明けの中で夢を見た
天使のような微笑みをたたえた宏が両手を広げて大沢を抱き締める
そんな夢だった 夢の中で宏は眩いばかりの光に包まれていた
そして自分は漆黒の闇色の羽根に包まれていた
闇色の羽根は宏の身体に触れると崩れるように散り散りに砕けて消えていった
自分もまた 宏に触れた時 ちりぢりに消えてゆくのだろうと思った
夢の中 それでも自分は宏に触れずにはいられない
触れたら最期 崩れてこの世から儚く消え去るのだ そう感じていても
その身体を抱き締めずにはいられなかった
誰もこの存在を 宏を汚すことはできない
この神々しい程に美しく儚い存在に何者も触れてはならないのだ
そんな啓示を見た気がした
目覚めて尚 大沢の心には 強くこの夢の残像が焼き付いていた
宏を傷つける者は何人たりとも許さない
俺が守ってみせる
その為に 塵と果てようとも何の後悔があるだろう
宏を弱らせここまで怯えさせた相手が許せなかった
気づけば
宏の寝顔を見つめながら 大沢はきつく爪が食い込む程に
自分の両手を握りしめていた
この拳は誰に向かって振りおろされるべきものなのか
宏から聞き出して自分はそいつを殴りに行くのだろうか
そいつのしたことを宏の口から聞きたいと
自分は本当に望んでいるのだろうか?
「っくそっ・・・・」
思わず小さな悪態が零れた
その声に気づいたのか
宏がゆっくりとその大きな瞳を開いた
何度か静かに瞬きをした後 宏の瞳は大沢の姿を捕らえた
「・・・大沢・・・ここは・・・どこ?俺・・・」
「身体は大丈夫か?どこか痛む所はないか?気分は・・・どうだ」
「・・・俺・・・」
「・・・宏?」
宏の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた
それを拭おうともせず 宏はただ嗚咽を堪えながら涙を流し続けた
大沢は ただそんな宏を見つめていた
しばらくして 少し宏が落ち着いてきたところで
大沢は優しく宏の背中を2回ポンポンと軽く叩き 部屋を出て行った
間もなく 大きなマグカップを持って部屋に戻ってきた大沢は
宏にそれをそっと差し出した
「暖かいカフェオレだから・・・飲むといい」
「・・・・ありがとう・・・」
素直に受け取り それに口をつける
「甘い」
「イヤな事があった時や疲れた時は甘いものに限る」
「・・・うん・・・」
こくりと頷くと 宏はマグカップにカフェオレをゆっくりと飲んだ
「何も・・・何も聞かないんだな 大沢・・・」
「・・・・話したくなったら話せばいい」
「今は・・・話したくない」
「だったら それでいい」
「・・・うん」
「雑誌で見かけた 忙しそうだな」
「・・・うん 自分でも意外だったんだ こんなになるなんて・・・」
「彼女も心配してたよ・・・宏に向いてる世界なのか・・どうかって」
「幼馴染みって 離れてみると肉親みたいなもんだったんだなぁって
俺も最近になって彼女に連絡しなくちゃって思ってたところだ」
「画廊でバイトをしている」
「そうか・・・好きな絵に囲まれてるってことだね」
「お前が黙っていなくなったのがかなりショックだったと言っていた」
「・・・悪かったと思ってる」
「俺のせいだよな・・・」
「・・・大沢」
「でも 今でも俺の気持ちに変わりはない それだけは変わらない」
「・・・大沢」
宏はその後 大沢と近所のラーメン屋で食事を共にして帰って行った
無理に引き留める事はしなかった
何があったのかも聞かなかった
次にいつ会えるのか そんな話もしなかった
大沢はただ 宏が自分を頼ってやってきてくれた事だけでよかった
何かあったらまた連絡をしてくる
きっと 宏はまた元のように俺や彼女の元に戻ってくる
大沢はそう信じていた
そしてまた 自分の心も変わることなく宏を待ち続けると
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