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フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス ep.1 “Whose side is fortune on?” 作者:TOM-F

Chapter 1

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1.5 ペルソナ・ノン・グラータ(Layer:1 Main Story)

 エリザベートを保護(・・)している殺人重大犯罪捜査課から、自分のオフィスに戻ったマイケルは、特殊作戦部の部長から呼び出しを受けた。所属するテロ対策課の課長を飛び越えた、直接の呼び出しだった。
 革張りの部長席からマイケルを見上げる特殊作戦部長は、四十台後半の男だ。ラグビーと格闘技で鍛えた身体はがっしりとしていて、横一文字の眉の下にある目は、いつでも厳しい視線を放っていた。
 部長は、デスクの上に片肘をついて、エリザベートの釈放が決まったことをマイケルに告げた。
「エリザベート嬢の行為は、正当防衛と認定されたよ」
 マイケルは、すかさず反論する。
「あれは、間違いなく殺人ですよ。それが無理でも、過剰防衛だ」
 部長が盛大にため息を漏らす。
「そういうところは、ほんとうに変わらんなぁ。スコットランドヤードに入って、最初に私の部下に配属されてから何年になる?」
「五年です」
「活きのいいルーキーが入署したっていうんでな、まあ期待もしていたんだが、おまえは活きが良すぎだ。それはおまえの美点でもあるが、そろそろ大人になれよ。行く先々で問題ばかり起こしやがって」
「そんなことより、あれが正当防衛になって、彼女が釈放されるに至った理由を教えてください」
 マイケルの言葉に、部長は、お手上げという身振りをした。
「第一に、エリザベート嬢の行為は殺人罪として立件不能だ。おまえの証言どおりなら、彼女は被害者を振り払っただけだ。凶器まで所持して明らかに害意を持った相手に、明らかに弱い立場の人間が素手で対応したに過ぎない以上、殺人罪での立件など論外だし過剰防衛とも言えない。第二に、エリザベート嬢の身分だ。彼女は、オーストリアから来た国費留学生だったそうだ。非常時にのみ発動できる外交官特権を付与されたパスポートを持っていて、オーストリア大使館に照会した途端に公使から釈放要請があった。いわゆる、政治的な判断ってやつだろう」
「……何者なんですか、彼女」
「わからん。だが、身元は割れた。聞いて驚くなよ、なんとフォアエスターライヒ公国のお姫様だ」
 その名を聞いて、マイケルはなるほどと納得した。
 フォアエスターライヒ公国は、スイスとオーストリアに挟まれた人口三千人ほどの小国だが、ヨーロッパ最大の租税回避地(タックスヘイブン)として、金融市場に冠たる位置を占める経済大国である。公国の主であるフォアエスターライヒ公爵家は、かのハプスブルク家の分家筋に当たる名門貴族でもある。彼女の立ち居振る舞いから感じる気位の高さや、ハノーヴァー公爵との繋がりも、これで説明ができる。
「今は、セント・セシリア校に留学に来ているらしい。彼女の身元保証人であるハノーヴァー公爵閣下にも確認がとれたそうだ。たいへんなお嬢様だよ。それで、おまえの新しい任務が決まった。……断るなよ」
 状況から考えて、その任務の予想はできたが、マイケルはあえて部長に質問した。
「なんです?」
「今夜から無期限で、おまえはエリザベート嬢のボディガードだ。通常外シフトの単身任務(ワンマンセル)になる。彼女の身の安全が最優先だ。おまえが必要と判断すれば、武器の使用も無制限で許可する」
 やはり、と思うと同時に、冗談ではないという怒りにも似た思いが浮かぶ。あの少女が、無制限で武器の使用を許可されるほどの重要人物だというのか。
「そんな特別扱いは、聞いたことがありません。そもそも、どうしてテロ対策課の俺が、あいつの護衛をしなければならないのですか。それに、通り魔殺人事件はどうなるんですか。あいつが犯人だとまでは言いませんが、なんの関係もないとも言い切れない。あの被害者が、犯人だった可能性だって否定できません」
 噛み付くようなマイケルの言葉を、部長は冷静にいなした。
「通り魔殺人事件の捜査は、殺人重大犯罪捜査課の仕事だ。おまえが首を突っ込むことじゃない。そして、これは総監からの命令だ」
「承服しかねます」
 命令を拒否する権利などありはしなかったが、マイケルの頭に上った血は、なかなか引かない。
「おまえは優秀な警察官だと常々思っているが、仕事を選り好みする癖はなんとかしろ。どのみち、断れないことはわかっているだろう。やはり、相手が貴族では嫌なのか?」
「ええ、そうです。部長もご存知じゃないですか。俺のいちばん嫌いな連中ですよ。しかも、あいつは折り紙つきだ。他を当ってください。俺は、絶対にごめんです」
 口から泡を飛ばすほどのマイケルの剣幕に、部長はため息をついた。
「今回の件は、完全におまえの独断専行(スタンドプレー)だ。捜査課のやつら、目の色が変わっていたぞ。だから、黙ってこの任務は受けておけ。そうすれば、後付だが、おまえが捜査課の領分にちょっかいをかけた言い訳もできる。それに今、専門捜査部は通り魔事件で、中央作戦部と特殊作戦部はサミット警備の準備で手一杯だ。動かせるのは、おまえくらいしかいないからな」
 発令の必要性を明快に説明していく部長の言葉は、マイケルの感情を徐々に冷却させてくれた。
 そして、冷静になってみるといくつかの疑問が浮かんでくる。そもそも、大公息女ともあろう者が、なぜこの不穏な時期に、ボディガードも連れずにあんな場所を一人で深夜徘徊していたのか。大の男を一撃で殺害するほどの娘だから、ボディガードが必要ないのはわかる。しかし、あの場所――マイケルが通り魔殺人事件の発生予測地と踏んでいたキングスクロスにいた理由が、夏至祭の帰りに散歩をしていたなどというのは不自然すぎる。あの状況から考えれば、もとからあの男を殺害する意図があった可能性も否定できない。だとすると、やはり通り魔事件となにか関係があるのではないのか。
 マイケルの思考がそこに及んだとき、部長は辺りを見回してから声を落とした
「と言うのは、表向きの話だ。これから話すことは、私の一存だから、だれにも漏らすなよ。……あの事件、このままでは完全に消されるぞ」
 その言葉で、マイケルの頭は完全に冷え、思考がクリアになった。
「消される、とは?」
「証拠不十分のうえに外務省からの横槍もあって、エリザベート嬢は無罪放免。それだけでも十分驚くに値することだが、そのあとがもっと悪い。捜査課に外務省の役人が来て、外交機密をタテにして調書やらなにやら全部もっていかれたらしい。おまけに、関係者全員に口止めときた。当然、おまえもだ」
 いくら一国の公使だといっても、そんな横車が押せるはずがない。それほどの政治力がいったいどこから働いたのだろう。しかも、こんなに短時間で。
「それに、エリザベート嬢が二枚におろしたっていう被害者だがな、遺体が鑑識に運び込まれる前に、軍の連中が接収していったらしい」
 部長の言葉は、衝撃的な内容だった。警察の捜査に軍が介入してくるなど、考えられない事態だ。
MI5(ファイブ)……でしょうか」
 マイケルは、軍の諜報部の名前を出した。部長が、あいまいにうなずく。
「おそらくな。だが、怒った捜査課長が正式に軍令部に照会したら、軍の回答は『いっさい関知していない』だった」
「それは、どういうことです?」
 マイケルの頭の中に、やばい仕事になるかもしれないと、警鐘が鳴る。同時に、通り魔事件につながるのならチャンスだ、という小さな火が点る。まるでその両方を肯定するように、部長が押し殺した声で宣告した。
「だから、消されるんだよ、すべてが。現場に居合わせたおまえ以外に、この仕事は任せられんだろう。当分のあいだ、おまえは特殊作戦部長である私の直属とする。彼女に張り付け」

 任務を受けたマイケルは、殺人重大犯罪捜査課の応接室でエリザベートと再会した。
 エリザベートは、ソファーで寛ぎながら、紅茶を飲んでいた。時刻はすでに、深夜の二時をまわっているのに、彼女には疲れた様子がなかった。優雅でいて、どこか凛とした雰囲気を崩していないその姿に、さすがに名門貴族の娘だな、とマイケルは感心する。
「彼は、ロンドン首都警察テロ対策課のマイケル・ステューダー警部補です。これからしばらくのあいだ、貴女の警護にあたることになりました」
 刑事部長がマイケルを紹介すると、エリザベートは紅茶のカップをソーサーに置いた。そして、ソファーに深く座りなおすと、すこし間をおいてからため息をついた。
「わたしをさんざん待たせておいて、なにかと思ったら、そんなお話なの? わたしに護衛なんて必要ないわ。しかも、よりによって、こんな役立たずな人なんて」
 マイケルは、ついさっき感心したことを撤回した。その言葉を聞いているだけで、また頭に血が上ってきた。
「大変、失礼しました。もう、お帰りいただいて結構です。しかし、警護の件は、貴国の公使からの正式な要請ですので、お受け願います」
 刑事部長が、エリザベートに陳謝した。丁寧な言葉遣いだが、そこには、早く厄介払いをしたいという表情が見え隠れしていた。
「あまり合理的な提案ではないけれど、しかたないわね」
 エリザベートは、流れるように優美な動作でソファーから立ち上がると、居住まいを正した。軽くあごを上げて胸を張ったその姿は、自分の方が上位であると、無言で告げていた。
 刑事部長とマイケルの最敬礼に、会釈を返したエリザベートは、ドアの手前まで歩いてから振り返った。
「見送りは、いらないわ。それから、職員に紅茶の淹れ方くらい教えておきなさい。不味くて、飲めたものではないわ」
 言いたい放題だな、とマイケルは思う。このぶんじゃ、先が思いやられるぞ。そう思った矢先だった。
「そこの人。ぼうっとしていないで、さっさと案内して」
 エリザベートの高飛車な言葉が、ドアの外から聞こえた。刑事部長のほっとしたような視線に見送られて、マイケルは彼女の後を追った。
 マイケルは、エリザベートをエスコートして、ロンドン首都警察本部を後にした。公用車の後部座席に彼女を座らせ、マイケルがハンドルを握る。
「専門の課員でもない人が、護衛なんて。大使館からの要請だそうだから我慢してあげるけど、わたしの邪魔はしないでね」
 エリザベートが、不満そうにもらした。マイケルは、型どおりのフォローをする。
「私は専門職ではありませんが、要人警護に関する訓練も受けていますからご安心下さい。許可がない限りプライベートスペースへの立ち入りはしませんが、行動に関する多少の不自由はおかけすることになります。ミス、ええと、フォアエスター……」
「ファミリーネームでは、呼びにくいようね。それなら、エミリーでいいわ。これから、わたしのことはそう呼びなさい」
 マイケルは、噴出しそうになるのをなんとか堪えた。この傲岸不遜で唯我独尊な娘の愛称が『エミリー』だなどと、悪い冗談だ。それはとても呼べそうもない。マイケルは、彼女のファーストネームで丁寧に呼びかけた。
「では、エリザベートさん。どちらまで……」
「エミリーと呼びなさいって、言ったはずよ。聞こえなかったの」
 エリザベートが、マイケルの言葉をぴしゃりと遮った。人を見下したようなその言い方が、マイケルの癇にさわった。それなら、こっちも遠慮はするものか。
「じゃあ、エミリー。どこへ送ればいいんだ?」
 マイケルの問いかけに、エミリーはパークレーンにある高級ホテルの名前を答えた。
「ドーチェスターよ」
 夜空に浮かんだ細い月を追うように、マイケルはアクセルを踏んだ。
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