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フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス ep.1 “Whose side is fortune on?” 作者:TOM-F

Chapter 2

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2.9 ポーカー・ゲーム(Layer:1 Main Story)

 ハノーヴァー公の言葉に、マイケルは確信を深める。やはり、この人は一連の事件に深く関わっている。
「それは、あなた方が犯人を始末している、という意味ですか」
 険しい視線を投げてくるエミリーには、あえて知らん顔を決め込む。
 ハノーヴァー公は、あごをさすりながら言葉を選ぶように答えた。
「それを知ることが、君にとって有用とは思えないが。そうだね、我々は、君たちに害をもたらすモノを駆除しているのだよ。奴等が犯罪者であるかどうかなど、たいした問題ではないのだ。だが、結果として被害を受ける人間が減るのなら、君とも利害が一致するのではないかね」
 まるで、こちらの手の内(ハンド)を読みきった相手と、ポーカーをやっているようなものだ、とマイケルは思う。相手のほうが圧倒的に有利なこの状況を変えるには、思い切って手の内を明かすこと(ショウダウン)で勝負に出るしかあるまい。
「それならば、あなたを逮捕させてもらいます。今ならまだ、自首ということでもかまいませんが」
 マイケルの出した最強のカードに、ハノーヴァー公は感心したように、ほう、と漏らした。
「たいした男だね、君は。しかし、私は逮捕される理由もないし、自首する必要もないのだよ」
「閣下のご意見はどうであれ、先ほどのセントジェームスパークでの行為は殺人です。仮に、あの男が殺人犯だったとしても――いえ、ならばこそ、民間人のあなたが勝手に処罰していいはずがない。それは、俺たち司法関係者の仕事です」
「奴等は、人間の姿をしているが人間ではない。当然、守られるべき人権も持たない。そういう存在なのだがね」
 ハノーヴァー公の言葉は、釈明にしては稚拙すぎるものだった。だが、マイケルはその言葉を否定しきれない自分に気付く。あの男との格闘で、自分自身もそう思ったのではなかったか。
「殺人ではない、と?」
 うむ、とハノーヴァー公がうなずく。
「そんな話を、警察官の俺に信じろと言うのですか。ばかばかしい、ありえません」
 マイケルは、首を横に振って否定する。あれは、何かのギミックか、さもなくば特殊な装備をしていたに違いない。
「まあ、そう考えるのも無理はないね。ならば、言い方を変えよう。あの現場で犠牲になった人間は(・・・)一人しかいなかった(・・・・・・・・・)。つまり、あの女性だけだ。ゆえに、私は殺人など犯していない。嘘だと思うなら、スコットランドヤードにでも問い合わせてみたまえ。そうすれば、私の言っていることがわかるはずだよ」
 エミリーが差し出した携帯電話を受取り、マイケルは殺人重大事件捜査課に連絡を入れた。
 呼び出した同期の捜査課員に、セントジェームスパークで事件が起きなかったかと聞くと、返ってきた答えは、通り魔事件が発生して女性が犠牲になったが、犯人はおろか遺留品もなにも残っていなかった、だった。
 マイケルの手札は、それなりの強さだと思っていたが、まるで無役(ノーペア)のようなものだった。いや、仮にそれが最強の手札ロイヤルスレートフラッシュであったとしても、この勝負(ディール)に勝てはしなかっただろう。そもそも、ルールが違うのだ。相手だけが、ワイルドカードを使えるようなもので、これでは、最初からゲームにすらならない。
 呆然とするマイケルに、ハノーヴァー公は紅茶を勧めた。口をつけると、渋みとともに甘い香りが口に広がる。上等のダージリンだった。
「ところで……」
 事件の話はもうお終いだ、と言わんばかりに、ハノーヴァー公は話題を変えた。
「エリザベートが、いろいろと世話になっているようだね。私からも、礼を言っておこう」
「……いえ」
 ハノーヴァー公の思惑が読めず困惑するマイケルなど意にも介さず、ハノーヴァー公はわずかに目じりを下げて言葉を続けた。
「この子は、すこし気が強いところがあるからね。迷惑をかけていないだろうか」
 まあ、というエミリーのつぶやきが聞こえた。
 あれを「すこし」と言えるとは、さすがに公爵ともなると人間の器が大きい。それと同時に、「この子」という呼び方は、二人がかなり親しい関係であることを示しているように思えた。二人とも事件に関わっているのだから、ハノーヴァー公とエミリーの関係から、なにかが浮かんでくるかも知れない。マイケルは、すこし探りを入れてみることにした。
「閣下は、エミリーとは、どういうご関係ですか」
 マイケルの言葉に、ハノーヴァー公が驚いたような表情を見せた。
「エミリー、と呼ばせているのか」
 ハノーヴァー公が投げた少し険を含んだ眼差しに、エミリーはたおやかな笑顔を返した。青と真紅のオッドアイが細くなり、形よく口角を上げた唇が濡れたような艶を帯びる。それは、いままでに見たことのない表情だった。ドーチェスターのラウンジで見せた初々しさではなく、大人の女性の色香を感じさせるなまめかしさに、マイケルの胸はどきりとひとつ鼓動を打った。
「そうよ」
 答える声もまた、聞いたこともないような、まろやかに落ち着いたものだった。
「そうか……」
 短く答えたハノーヴァー公は、マイケルに向き直った。
「エリザベートは、私の学校の生徒だよ。それが、なにか?」
「なぜ、彼女がここに居るんです?」
 マイケルの問いかけの意味がわからないとでも言いたげに、ハノーヴァー公は首をかしげる。
「ここは、わが家のゲストハウスであると同時に、セント・セシリア校の寄宿舎でもある。留学生のエリザベートが学校の寄宿舎にいることに、なんの不思議もないと思うが」
 この豪華な部屋がゲストハウスとは。マイケルは、舌を巻くと同時に、嫌悪感がこみあげてくるのを感じた。さすがは大貴族様というわけだ。
 しかし、マイケルはつとめて冷静に次の質問を投げかけた。
「物理的な場所のことを言ったのではありません。キングスクロスの事件に、エミリーが関係していたことは、ご存知ですよね」
 マイケルは、ハノーヴァー公への質問を続ける。
「当然、承知しているよ。スコットランドヤードから連絡があったからね」
 とぼけているようにしか見えないハノーヴァー公に対して、マイケルは一気に畳み掛けた。
「キングスクロスでは、エミリーが暴漢を殺害しました」
「ふむ。それで?」
「今夜、閣下がエミリーと一緒にセントジェームスパークに入って行くのを見ました。そして、あの出来事だ。……まさか、あの時刻に、あの場所で授業をしていたなどとは言わないでしょうね」
 嫌味を込めたマイケルの問いに、ハノーヴァー公はふっと小さく笑った。
「無論、授業の一環だよ。社会科、いや文学科かな。仮に……」
 そこで言葉を切ったハノーヴァー公は、ひとつ咳払いをしたあとで続けた。
「そうでなかったとしても、私もエリザベートも独身だ。なにか問題でもあるかね」
 ハノーヴァー公の言葉は、成人男性としてはともかく、教育に携わる者としては難のある内容だが、マイケルは聞き流す。冗談めかしてやりすごそうという思惑が、透けて見えていた。
「それはつまり、教師と生徒という関係ではない、ということですね」
 マイケルの追及に、ハノーヴァー公ではなく、エミリーが大きなため息をつく。
「わたしとアーサーの関係は、他人にとやかく言われるようなものではないわ」
 ――『この子』に『アーサー』か、なるほどね。
 イギリスの政財界から軍までコネクションを持つフィクサーと、外交官特権を振り回すことができる外国人のお姫様。その二人が、浅からぬ関係――かなりプライベートな関係にあるとしたら、どういうことだろう。しかも、そこには犯罪としか思えない行為が伴っているのだ。
「なら、どういう関係なんだ?」
 いつもの調子でエミリーに食い下がったマイケルに、今度はハノーヴァー公が答えた。
「そのへんで、やめたまえ。私はともかく、レディのプライバシーを、あれこれ詮索するものではないよ。……さて。もっと、ゆっくりと話したいところだが、もう夜も遅い。そろそろお引取り願おうか」
 ――ここまで、だな。
 マイケルは、それ以上の詮索を諦めて席を立った。
 ソファーにゆったりと身体を預けたままで、ハノーヴァー公が静かに告げた。
「そうだ、忘れないうちに言っておこう。ここでの会話も含めて、今日の出来事については、沈黙を守ってもらいたい。我々は忙しくてね。これ以上余計な手間は、とられたくないのだ」
 やはりそう来たか、とマイケルは思う。もとより、俺を公園に放置しておかなかったのは、これが狙いだったのだろう。
「それは、命令でしょうか」
 マイケルは、できるだけ相手の出方をうかがうように問いかける。まるでそれを見透かしたように、ハノーヴァー公は口の端を軽く上げて冷笑した。それは、まるで百戦錬磨のディーラーが、負け惜しみを言うカモの客を見下しているように感じた。
「まさか。私には、そんな権限はないよ。だから、私が話しているうちは(・・・・・・・・・)、依頼に過ぎないのだよ」
 俺がこれ以上この件をつつきまわせば、権限のある者から相応の処置が下るぞということか。ドーチェスターでは武力で脅し、今度は政治力で口封じときた。
 ――そうか。
 圧力をかけてくるのは、俺が、事件の真相に近づきつつあるからに違いない。マイケルは手ごたえを感じる。やり方は、間違えていない。
「指揮監督権を有する者からの正式な命令でないのなら、俺に従う義務はありません。依頼なら、なおのことです」
 薄い笑いを浮かべたままで、ハノーヴァー公の目じりが上がる。意思の強そうなアイスブルーの瞳から、厳しい眼差しがマイケルに向けられる。恐怖はなかったが、底知れない威圧感があった。
「やはり、コヴェント・ガーデンで受けた印象は間違っていなかったようだ。障壁(バリア)をくぐり抜けて来たり、この子の体液を直接摂取したり、迷惑このうえないが、その度胸と行動力には見どころがある。いっそ、警察官など辞めて、私の部下にならないかね」
「ご冗談を」
「なんなら、この子の部下でも構わんよ」
 ハノーヴァー公は、そう言って相好を崩すと、悪戯っぽい笑顔をエミリーに向ける。
「お断りします」
 マイケルが答えるのと同時に、エミリーも首を横に振る。
「わたしも嫌よ」
 エミリーは、マイケルに向けていたオッドアイを、ぷいっと背ける。それを見ていたハノーヴァー公が、苦笑を浮かべた。
「それは残念だ」
 そして、ハノーヴァー公は扉の横に立つ男たちに声をかけた。
「客人を、ご自宅まで送って差し上げなさい。くれぐれも、粗相のないようにな」
 マイケルは、まだ不機嫌そうなエミリーをちらりと見たあとで、ハノーヴァー公に向って丁寧に礼を告げた。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます。ただ、できればホースガーズロードに送ってもらえませんか」
「どうしてだね。現場を確認しに行くつもりかね」
「いえ。公園の入り口に、通勤用のマウンテンバイクを置きっぱなしにしているので」
 マイケルの答えに、ハノーヴァー公が哄笑した。
 それから数分後、マイケルは黒いロールスロイスのリムジンでハノーヴァー公の邸宅を後にした。それは、ホースガーズロードで見かけた車だった。あのときは、まさか数時間後に自分が乗ることになるとは思いもしなかったが。
 リアウインドウから、遠ざかるハノーヴァー公爵邸の外観を見たマイケルは、それが見覚えのある場所だということに気づいた。ここ数日の間、エミリーを送迎するために何度も訪れた場所、セント・セシリア校だった。
 なるほど、とマイケルは納得する。ハノーヴァー公は寄宿舎だと言っていたが、エミリーの留学先はすなわちハノーヴァー公の邸宅というわけだ。これほど巧妙なアジトは、そうあるまい。エミリーとハノーヴァー公が繋がっているのは、すでに明らかなことだ。そして、一連の通り魔殺人事件の陰には、なにか隠された真実がある。
 相手は、権力をちらつかせているが、そんなものに屈するものか。俺は、この手で、かならず真実を暴いてやる。いとも簡単に、人の命を奪うようなやつらを、これ以上のさばらせはしない。
 マイケルは、いまはもう記憶の中にしかいないソフィーの顔を思い浮かべながら、そう誓った。
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