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フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス ep.1 “Whose side is fortune on?” 作者:TOM-F

Chapter 2

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2.8 招かれざる客(Layer:1 Main Story)

挿絵(By みてみん)
エリザベート・フォン・フォアエスターライヒ(エミリー)

※このイラストは、ひかわ浅葱さんが描いて下さったものです。素敵なイラストをありがとうございました(転載禁止)
 
 マイケルが目を覚ましたのは、固い地面ではなく、柔らかいベッドの上だった。
 そういえば、あれから俺はどうなったんだろう。マイケルは、まだはっきりとしない意識で、記憶をたどる。
 セントジェームスパークで殺人犯を捕らえそこねてノックアウトされ、ハノーヴァー公に命を救われ、そして……。
 そうだ、最後にエミリーの声を聞いたんだ。
 マイケルの心に、怒りがこみ上げてくる。またおまえか、とか言いながら、あいつが俺を昏倒させたんじゃないか。
「くそっ」
 マイケルは、思わず吐き捨てる。それで、朦朧としていた意識がはっきりとした。
 その声に、はっと息をのむような気配があった。
 目を向けた先には、ふわふわした黒いドレスに身を包んだエミリーが立っていた。スカートの裾を飾るレースと、左右一対の逆十時の刺繍と、胸元から覗くアンダードレスの白が引き締まった印象を与えるアクセントになっていた。
 大きく見開かれたエミリーのオッドアイに、険しい色が浮かぶ。
「いきなり悪態をつくなんて、どういうつもりなの」
「そっちこそ、どういうつもりだよ。問答無用で、ガツンとやるなんて」
 マイケルは、ベッドから身体を起こしながら言葉を返す。途端に、背中と脇腹に激痛が走った。
「いててっ」
 思わず声を上げたマイケルを見て、エミリーが口元を抑えて肩を震わせる。
「無様ね。ここのドクターの診断によると、打撲によるうち身だけだそうよ。まあ、その元気なら心配いらないわね」
 そこで言葉を切ったエミリーは、オッドアイをわずかに伏せた。その口元から笑みが消えて、低い声が聞こえてきた。
「無茶なことしないで。もうすこしで、命を落とすところだったのよ……」
 意外なエミリーの態度と言葉に、マイケルの感情から高ぶりが消える。
 ――まさか、俺のことを心配しているのか?
「わたしが戦っている場所で、人が死んだなんてことになったら、名折れもいいところだわ」
 どうやら、自分の面子への心配だったようだ。だが、そのことでエミリーにつっかかるほどの感情は、もうなくなっていた。
「とにかく、いきなり手や足を出すのは、なしにしてくれ。話し合いとか、できるんだろう?」
「あら、そうだったかしら。そういうことは、あまり覚えていないの」
 ずいぶんひどい話だな、とマイケルは思う。そういえば、キングスクロス事件のときも、そんなようなことを証言していたな。こいつは、加害した事実だけを都合よく記憶から排除するという特技を持っているらしい。
 マイケルはため息をついてから、はだけているシャツのボタンに指をかける。そのときになって、腕に小さな絆創膏が貼ってあるのが目に入った。
「これは?」
「採血させてもらったわ。検査しないといけないから」
 エミリーは、そう答えながら携帯電話を操作して耳に当てる。まるでアンティークドールが携帯電話をかけるているようで、そのミスマッチさにマイケルは状況を忘れてつい苦笑する。
 マイケルは、あらためて室内を見回す。落ち着いた模様のクロスが貼られた壁には、見事な細工の額縁に収まった風景画が飾られている。天井からは、シャンデリアが下がっていて、淡いオレンジ色の照明が室内を照らしていた。大きな暖炉の横には、マホガニーの書棚やコレクションボードが置かれている。ベッドの左の壁には両開きの扉がひとつ、右側の壁にはカーテンの引かれた窓がふたつあった。部屋の真ん中には、一人がけのソファーがふたつと、二人がけのソファーがひとつ、テーブルを挟んで向かい合いように据えられている。かなり贅沢な調度の部屋だ。状況から考えると、おそらくここはハノーヴァー公爵の屋敷だろう。
「……ええ、目を覚ましたわ。……え、わたしが? それは、かまわないけど」
 エミリーが、電話の相手に短い報告を入れた。
 その通話を終えるのを待ってから、マイケルは問いかけた。
「そういえばおまえ、ハノーヴァー公といっしょにセントジェームスパークにいたよな。いったい、なにをやっていたんだ」
「あなたには、関係のないことだわ」
「俺の目前で、ハノーヴァー公が人を殺したんだぞ。警察官として、放置できるわけないだろう」
 マイケルに向けられたオッドアイが、わずかに揺れたように見えた。
「何にでも首を突っ込むのは、やめなさい。身のほど知らずの好奇心は、身を滅ぼすもとよ」
 エミリーの減らず口は相変わらずだったが、マイケルは先ほどの反応に手ごたえを感じていた。
 だが、それを最後に、エミリーは言葉を発しなくなった。マイケルの問いかけにも一切答えない。普段の饒舌さは鳴りを潜め、落ち着いた視線でこちらの動きを監視しているようだった。マイケルは、エミリーが相応の訓練を受けた人間だということを、あらためて認識する。あるいは、軍人かもしれない。
 暖炉の上で、こちこちと音を立てる置時計に目をやると、午前一時を回っていた。
 やがて、マイケルの背後で、がたりとドアの開くような音がした。振り返ると、ネイビーにピンストライプの入ったスーツを着た壮年の男が、両開きの大きなドアの前に悠然と立っているのが見えた。彼の背後で、ダークスーツ姿の二人の男が無表情にドアを閉め切ると、その両脇を固めるように立った。
「ようこそ、我が家へ。大丈夫かね、マイケル・ステューダー警部補」
 低いがよく通るその声は、落ち着いた語り口であるにも関わらず、言葉の端々に威圧感を与えていた。
 マイケルは、ベッドから降りて身構える。無意識のうちに左脇に手がいくが、当然のようにそこに拳銃はなかった。
「君に危害を加えるつもりは無いよ。預っているものは、後ほどお返しする」
 思えば、マイケルを害するつもりなら、目覚めるのを待つことはあるまい。そもそも、セントジェームスパークであの男とやりあっているときに、見殺しにしておけばいいだけのことだ。
 ――助けられた、ということだな。ほんとうに。
 マイケルは、身だしなみを整えてから謝礼を告げた。
「助けていただいたことには、お礼を申し上げます。ハノーヴァー公爵閣下」
 ハノーヴァー公は、ふむ、と答えてうなずき、ゆったりと歩を進めると、ソファーに腰を下ろした。その体重を受け止めた革張りのソファーが、ぎゅっという音を立てた。
「そうかしこまらずに。ともかく、無事でよかった」
 椅子を勧められたマイケルは、一礼をしてからソファーに座る。しかし、ぼそりと告げられたハノーヴァー公の言葉に、下ろしかけた腰を浮かせた。
「……あれは、拳銃程度では倒せないからね」
 その言葉の意味するところは、明白だ。ハノーヴァー公は、あの男についての決定的な情報を握っているに違いない。だとすれば、これは大きなチャンスだ。マイケルは、覚悟を決めて、ソファーに深く腰掛けた。
 ドアをノックする音が聞こえ、ハノーヴァー公がエミリーに向かって目配せをする。うなずいたエミリーは、ドアを半分ほど開けて、その隙間から銀色のトレイを受け取った。
「あとはわたしがするから、ここまででいいわ」
 エミリーは慣れた手つきで、トレイの上で湯気を上げているるマイセンのティーカップを、マイケルの前にセットする。カップもソーサーも、かちゃりとも鳴らなかった。
 ――なんだ、自分でもできるんじゃないか。
「このわたしが、あなたごときにお茶をサーブしてあげたのに、一言もないのね」
 エミリーは、残りのティーカップを、ハノーヴァー公の前と空席にセットしてから、そこに着席した。ティーカップを置く位置や仕草まで、完璧に計算されたような作法だった。
 あわててエミリーに礼を告げたマイケルに、ハノーヴァー公が破顔する。
「すまないな、エリザベート。女大公殿下(プリンセス)にメイドの真似事をさせて」
 エミリーが、ハノーヴァー公に笑みを返す。
「屋敷の人間を、警察関係者に不用意に会わせるわけにはいかないわ」
 ――そういうことか。
 エミリーの言葉を待つまでもなく、今はのんびり紅茶を飲んでいるときではない。マイケルは、いきなり核心に迫る質問をハノーヴァー公に投げかけた。
「あれは、あの男はいったいなんですか」
 しかし、ハノーヴァー公は、それをやんわりと受け流した。
「これ以上は、深入りしないほうがいい」
 だが、そんなことでひきさがるつもりは、マイケルにはなかった。
「銃弾が効かなかったのに。あの剣は?」
「特別な性能を持った武器だよ。私にしか使えないがね」
「あの男は、どうなったんですか」
 マイケルの追及に、ハノーヴァー公は首を横に振った。
「君が知る必要のないことだよ」
「そういうわけには、いきません。あの男は、通り魔殺人事件の犯人である可能性が高かったのです。それを……」
 あの男を逮捕できていれば、あるいは事件は解決したかも知れない。マイケルは、今更ながら、悔しさが溢れてくるのを感じた。
「君の立場は理解しているつもりだが、あいにく、あれの処遇については私の方に優先権があるのでね。まあ心配せずとも……」
 ハノーヴァー公は、ティーカップを手に取り、香りを楽しむように一口すすった。
「それほど時をおかずに、通り魔殺人事件も起きなくなるよ」
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