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スターダスト
作:日下部良介



クライアントは同級生


2.クライアントは同級生


 銀座6丁目のイタリアンレストラン、『サンミタカマツ リストランテ サントウベルトウス』。
俊哉は調理を見ながら料理が味わえる、1日1組限定のシェフズテーブルを予約していた。
もちろん、帝王商事の持田をもてなすためだった。

 帝王商事は、さまざまな輸入雑貨から海外のリゾート地の物件売買まで多角的な経営がすべて成功して現社長の扇谷修一が一代で築き上げた新進の成り上がり企業だ。
しかし、この手の企業にありがちな“黒い噂”といったような類のものとは一切無縁だった。
少なくとも、表向きはそうだった。
社長の第一秘書の持田は、28歳と若かったが、かなりのやり手だった。
聖都大学の経済学部を卒業して、広告代理店としては海外にも名の知れた“ファントム”に入社した。
ここで、宣伝のノウハウを学び、ファントムが企画したクライアントのためのパーティー会場で帝王商事の扇谷から声をかけられた。
持田が入社してからの帝王商事の躍進ときたら、まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
持田は2年で帝王商事を現在の規模にまで育て上げると、扇谷の秘書として会社の宣伝を担当するようになった。
これまでは持田の縁でCF製作はファントムが独占していた。
実際にファントムが製作したCFはどのシリーズも世間の話題を独占した。
ファントムは2年連続で帝王商事のCFで最優秀CF賞を獲得していた。
扇谷はこれに満足していたようだが、持田はファントムのライバル会社で“ペニーレーン”という会社が起用したコピーライターに興味を持った。
それが城戸俊哉だった。

 約束の時間に遅れないよう、真理亜からきつく念を押されていた。
それは、帝王商事の持田が仕事をまわしてくれるようになれば、会社としてはこれほど望ましいことはないからだ。
 この世界、一発当たれば、相応の収入が入ってくる。
しかし、安定した収入ではない。
俊哉の場合もそうだったが、俊哉の場合はネームバリューもあったので、当たっても当たらなくても食うに困らない程度の稼ぎにはなった。
そして、俊哉自身、金に対する執着心がそれほどなかったため、家族を養っていければいい・・・くらいの仕事をこなせばあとは、のんびり遊んでいたい・・・というのが本音だった。
 だが、優子や真理亜はそうは思っていなかった。
二人とも贅沢な暮しがしたいとか、そういう風に考えているわけではなくて、俊哉のコピーライターとしての実力を評価しているからこそ、世のため人のために、その才能を生かすべきなのだという考えなのだ。
だから、俊哉のスケジュールをしっかり管理する必要があるというのだ。
それがまた、俊哉のためでもあり、会社“スターダスト”のためでもあるのだと。
 この日は、謀社の午後の企画会議に真理亜は同行することが出来なかった。
持田と契約内容の打合せがあったからだ。
夜の予定は、その打合せが終了した後のもてなしのために設けられていたものだった。
以前から予定されていた謀社の企画会議はどうしても俊哉本人が出席しなければならなかったので、真理亜はやむなく、別行動をとることにしたのだ。
ゆえに、俊哉には必ず時間までに来るよう、きつく言い聞かせてあったのだ。
「まいったなあ・・・まあ、俺はその方がありがたいんだが・・・」
俊哉は銀座に向かう途中、急に足を止めた。
そんな時、ふと目に入ったのが『DOG HOUSE』だった。

 持田は午後の打ち合わせに備えて、資料を見直していた。
そこに、内線電話で“ファントム”の黒木部長から電話だという知らせが入った。
「すぐに回してくれ。」
電話をつないだ女子社員は、すぐに外線へ切り替えた。
「持田です。」
「持田さん、予定通りですよ。今、城戸さんがお見えになったようです。」
「そうですか、それじゃあ、あとは宜しくお願いします。」
「持田君・・・いや、今をときめく帝王商事の第一秘書持田さんの頼みなら、断れませんからねえ。」
「からかわないで下さいよ、黒木さん。」
そう言って持田は受話器を置いた。
黒木は持田がファントムにいた頃の上司だった。
黒木との話が終わったとき、ドアをノックする音がした。
持田は腕時計を見た。
午後2時58分。
「正確だな。」
そう呟いて立ち上がると、ドア口まで行って、自らドアを開けて来訪者を迎え入れた。
ドアの向こうで、矢部真理亜が驚いた表情をしているのを見て、持田はにこやかに言った。
「どうぞ、遠慮なさらずにお入りください。」
真理亜は、気持ちを立て直して、部屋へ入った。
「恐れ入ります。」
そう言って、部屋に入ると、ドアを静かに閉めた。
持田は中央の応接セットの客用ソファを示して、真理亜に腰かけるよう促した。
大理石の一枚板であしらわれた応接テーブルを挟んで向かい合って席に着いた二人は名刺を交換し、自己紹介をした。
「今日は本当に申し訳ありません。本来なら城戸も同席せねばならないところ、どうしても外せない用事がありましたもので・・・」
真理亜が恐縮して詫びたので、持田は彼女をリラックスさせようと、やさしい言葉遣いで話し始めた。
「そんなに硬くならないでください。今日は、どちらかといえば、事務的なお話がメインですから、矢部さんがいらしていただければ十分ですよ。とかく、芸術家というのはそういうことには関心がないものでしょうから、この場に城戸さんがいらしても息苦しいだけでしょうから。」
確かにそうに違いない。
真理亜はそう思うと、かすかに口元が緩んだ。
「そう、そう。あなたは、そういう顔をしている方が可愛らしい。」
持田にそう言われて、真理亜はハッとした。
「すみません!」
「いえ、いえ、お気になさらないでください。それでは、そろそろ本題に入りましょうか・・・」
そう言って持田は、真理亜に資料を手渡した。

 俊哉は、ファントムのディレクター早瀬光一にクライアントの昭和薬品工業の宣伝部長、二宮義明を紹介されていた。
スポンサーを務める映画の上映期間だけ映画館で流すスポットCFを作成するための打合せだということだった。
昭和薬品工業は、ファントムの大のお得意であり、ここ数年はすべての宣伝をファントムが請け負っていた。
今回、俊哉が呼ばれたのは、売れっ子ライターの城戸俊哉を使いたいとクライアントからの申し出があったからだ。
俊哉自身、今までに、フリーでファントムの仕事をしたことが何度かあった。
なので、早瀬の上司、黒木とは顔見知りだった。
「城戸さん、昭和薬品工業さんがメインスポンサーを務めることんなっているのがこの映画なんですけど、ご存知ですか?」
早瀬が壁に貼ってある映画のポスターを指差し、城戸に尋ねた。
「もちろんですとも!この映画の原作はボクなんかが高校生くらいの時に人気があった少年コミック誌の作品ですよねぇ。」
「よくご存知ですねえ。実は私も好きだったんですよ。」
早瀬がポカ〜ンとした顔をしてると、二宮は笑って、俊哉の方を見た。
「お若い方には、ちょっとわからないでしょうね。城戸さんは、おそらく私と同じくらいの年齢だとお見受けしましたがどうですか?」
「ボクは今年で35になります。」
「やっぱりね。私はつい、この間35になったばかりですよ。」
「そうでしたか。それじゃあ、同級生ですね。」
「驚くのはそれだけじゃありませんよ。私、大学は出ていませんが、高校は城東第一で陸上部でした。」
「えっ?それじゃあ・・・」
「はい!同じ高校の同じ学年で一緒に学んでいたんですよ。あいにく、同じクラスになったことはありませんでしたがね。」
そこまで聞いて、俊哉はやっと思い出した。
「陸上部の二宮!インターハイの5000mで優勝してアジア大会の日本代表候補だった・・・」
「ご存知でしたか。それは光栄です。」
「ご存じも何も、地元じゃスターだったじゃないですか。」
「ええ、でも、代表の合宿で怪我をしてしまってそのまま引退してしまいましたが、その時の縁で今の会社にお世話になることができました。」
「そうか、その時、あなたに衝突したのが、確か・・・」
「そうです。実業団の昭和薬品工業の若居選手でした。今の総務部長です。」
「すでしたか。それで、ボクを?」
「ええ、世界こそ違えどあなたも地元ではヒーローでしたからねぇ。」
「いえ、いえ、ボクなんか・・・」
話が盛り上がる二人の間で、早瀬はポカンと口を開けて二人の顔を交互に見ているしかできなかった。
そこへ、黒木がやってきた。
「ずいぶん盛り上がっていますねぇ。」












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