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スターダスト
作:日下部良介



居心地のいい犬小屋


1.居心地のいい犬小屋


お世辞にも決して広いとは言い難い。
どちらかといえばかなり狭い。
この広さで商売になるのかと心配になるほどだ。
しかし、俊哉にはこの広さがとても心地よかった。


 店の前には、車が1台、バイクなら2台ほど止められるスペースがある。
2軒ほどの間口の店は、通りからは看板だけしか見ることができない。
ここに店があるのを知っているごく一部の者以外は振り向くことなく通り過ぎていく。
車が1台止まっていれば、店があることさえ気がつかないだろう。
もっとも、そこに車が止まっているのは、仕入れを終えた店のマスターが材料を店に運ぶときだけだ。
マスターも、材料を運び終えると、いったん車を移動して自転車で店にやってくる。

 店のドアを開けると、正面の壁にダーツのボードが掛けられている。
入口の左側にテーブル席が1席。椅子が4脚ある。
その奥がL字型のカウンター席になっている。
テーブル席に接して、3人が座れる長さのカウンターが左へ折れて2席分。
カウンターの後ろの壁際に、テーブル席用の椅子が余分に3脚ほど並べられている。
なんとかやりくりすれば、テーブル席とカウンター席を合わせて10人座れるだろうか…

 俊哉はカウンターの一番奥の席に座っている。
コロナの瓶を口に運ぶと、わずかに残っていた分を一気の飲み干した。
「マスター、ジントニックを頼む。」
マスターは黙って頷いて、伝票にチェックを加えると、ジントニックを作り始めた。
俊哉は上着の左ポケットからセブンスターのソフトパッケージと使い捨てライターを取り出すと、セブンスターを1本くわえて火をつけた。
そして、深く息を吸い込むと口と鼻から煙を吐き出した。
長手側のカウンター席には、OLらしい女性客が二人座っていた。
マスターと楽しそうに話しをしているところを見ると、常連なのであろう。
二人とも30歳前後だろうか…
一人は、ストレートの黒い髪を背中の当たりまで伸ばしている。
健康的に日焼けしていて、マリンスポーツでもやっていそうな感じの美人だ。
活発そうで、さっきから話しをしているのは、だいたい、彼女の方だった。
もう一人は、肩までの髪を軽くカールしている。
色白で、おとなしそうな感じの顔をしていて、いつも笑顔で連れの話しに頷いている。
頬杖をついている左手の薬指には指輪が見える。
“ほー、彼女は結婚しているのか”
なぜか俊哉はそんなことを思った。
二人を観察しているわけではない。
自然と目にはいる位置に彼女たちが座っているのと、狭い店の生で、だいたいの会話も聞こえてくる。
俊哉に背を向けるようにして座っているロングヘアの女性に比べて、彼女の方はこちらを向いて…いや、こちらを向いているわけではないだろうが、俊哉の方からは彼女の顔がよく見えた。
「どうぞ。」
そう言ってマスターが俊哉の前にジントニックを置いた。
「ああ、ありがとう。」
俊哉は早速ジントニックのグラスに手をかけた。
「二人とも美人でしょう。」
いきなりマスターがそう言って、俊哉に微笑み掛けた。
俊哉はジントニックを一口飲んでから答えた。
「そうですね。彼女たちは常連さんなんですか?」
「お客さんは…」
マスターが名前を聞きたそうだったので、俊哉は自分の名字を告げた。
城戸きどです。」
マスターはにこっと笑って話しを続けた。
「城戸さんは初めてですよね?実はあの二人、うちの従業員なんですよ…」
俊哉は一瞬“えっ”と思った。
この店で、フロアレディーを二人も雇っていたら、それこそ儲けなどないだろうと思った。
「…ああ、勘違いしないで下さい。従業員といっても、ここの店の従業員というわけではないんですよ。私、昼間はこの近くで不動産やをやっているんです。まあ、この店は趣味でやっているようなものですから。」
それを聞いて俊哉は納得した。
「そうなんですか?すると、もしかして、この店も…」
「その通りです。ここも、うちの物件でして。こんなところですが、今後もお見知り置きを!」
「ええ、こちらこそ。この店、とても居心地がいいのでちょくちょく寄らせて貰いますよ。何か店の電話番号を書いたもの、ありますか?」
マスターは名詞を1枚俊哉に渡した。
『DOG HOUSE』犬飼健二
そう書かれていた.
『DOG HOUSE』
“なるほど、犬小屋とはよく付けたもんだ。まあ、俺も野良犬みたいなもんだからなあ。”
俊哉はそう思うと、なんだか急におかしくなって、思わず笑ってしまった。
「笑っちゃうでしょう?犬小屋なんて。向こう側の彼女が名付け親なんですよ。」
マスターはそう言って、彼女の方を見た。
彼女は、それに気が付くと、俊哉の方を見て軽く会釈をした。
すると、ロングヘアの女性の方も振り向いて、俊哉に微笑んだ。


 城戸俊哉はフリーのコピーライターだ。
東京の日本橋にあるマンションに事務所を構えている。
自宅は郊外に一戸建てを購入したばかりで、妻と幼稚園に通う娘が一人いる。
事務所には、秘書兼雑用係の女性社員が一人いる。
矢部麻理亜25歳。
ショートカットの髪でぽっちゃりした可愛らしい女の子だ。
俊哉のスケジュールは、全て麻理亜が管理している。
可愛らしいが意見と違って、性格はかなりきつい。
それくらいでなければ、俊哉の秘書はつとまらない。
麻理亜も、俊哉に雇われたときは、控えめなおとなしい子だった。
 俊哉は業界でも名が売れた人気ライターだが、とにかく約束事にルーズだった。
そのおかげで、何度もクライアントを怒らせて仕事を不意にしたことがある。
見かねた妻の優子が、これでは死活問題に発展しかねないと、ビジネス専門学校の秘書課程を修了して就職活動を始めたばかりの姪っ子の麻理亜を俊哉の事務所に送り込んだのだった。
元々、優子が俊哉の秘書を務めていたのだが、子供が出来て家庭に専念することになった。
俊哉は一人でも大丈夫だといって仕事を続けたが、元来マイペースの俊哉が分刻みのスケジュールをこなしていけるわけがなかった。
 麻理亜は優子から一通りの業務内容のレクチャーを受け、俊哉の秘書としての第一歩を踏み出した。
最初は俊哉に同行して、クライアントとの打合せを全て確認していたのだが、それでは、事務所に来た以来に対応できないので、俊哉の動きと相手クライアントの性格等を予測して、俊哉の携帯電話に的確なタイミングで連絡を入れ、行動を指示しするようにした。
おかげで、仕事の方はまずまずだったが、今のままでは麻理亜の気が休まるときがなかった。
麻理亜は優子に相談して、電話番のアルバイトを雇うことにした。
麻理亜は1年で俊哉の事務所のほぼ全ての部分を掌握してしまった。
それと引き替えに、おっとりとした控え目な性格を追い出さざるを得なかった。

 俊哉が出社すると、麻理亜がご機嫌ななめだった。
「城戸さん、最近、違う隠れ家を見つけたみたいですね。」
「どういうことだ?」
「昨夜は、帝王商事の持田さんと会食のはずだったでしょう?」
「ああ、それか。持田さんは君に気があるんだよ。だから遠慮してあげたつもりなんだが…」
「冗談じゃないですよ。」
「うまくいかなかったのか?」
言い終えるか終えないかのうちに、麻理亜の平手が俊哉のほっぺたを捉えた。
パチーン!
「今度こんなことがあったら、ただじゃ済みませんからね?」
そう言って、麻理亜は執務室に消えていった。
取り残された俊哉は、受付席のアルバイト森村翔子の顔を見て照れ笑いを浮かべた。
「あいつ、何かあったのか?」
「さあ…、でも、城戸さんが女心をお分かりでないことだけは確かみたいですけどね。」
俊哉には何がなんだか分からなかった。
そのことが俊哉にとって、人生最大のピンチに発展するとは、このとき誰にも予測できなかった。














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