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ふたつの国のために
作:地球の星



第5話:心の傷


 オゾンがコロナを診察している頃、ヒリュウとマフンは地図とにらめっこしながら歩いていた。
 地図が古いため、道や建物はあちこち変わっていた。そのため、あまりあてにならなかった。
 しかも不慣れな街なので、2人は途中何度も道に迷ったりしながらひたすら歩き続けた。
 30分くらい歩いただろうか、やがてかなり古くなった家が現れてきた。
「これだな、15年前まで住んでいた僕の家は。」
「古いな。誰か住んでいるのかな?」
「さあ…。いたら泊めてくれるかなあ…。」
 マフンは扉の前に立つと、緊張しながら扉をたたき始めた。
「誰かいますか?」
 返事はなかった。今度はさっきよりも大きな音を立てて扉をたたいた。
「留守ですか?誰かいませんか?」
 それでも返事はなかった。すると、通りがかりのおじさんが声をかけてきた。
「あんた達、何をしとるんだね?」
 それを聞いて2人が振り返った。
「その家はな、数年前まで一家が住んでいたけんど、今は空き家だよ。」
「空き家ですか?」
 マフンが問いかけた。
「ああ、その一家は別の都市に移り住んでいったさ。ところで、あんた達2人はその家に何の用だい?」
「実はこの家が僕の生家なんです。15年前までここに住んでいました。」
 マフンは自己紹介をすると、これまでのいきさつを語った。ただし、自分がクウォルから来たことは伏せ、テファンの国から来たと告げた。
「そうかい。まあ住むには不便かもしれんけどさ、きれいにして自由に使えばいいさ。」
 おじさんは方言を交えた言い方でアドバイスをくれた。
「じゃあ、僕はここに住みます。」
「おじさん、ありがとう。」
「ああ、どうも。」
 おじさんはそう言い残すと、そのまま立ち去っていった。
 マフンとヒリュウは扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。最初は力ずくで開けようとしたが、それでもだめだった。
 やがて2人は仕方なくどこか入れるところを探した。
 ふと2階を見ると、窓がずれているのが見えた。
「あそこから入れるかなあ。」
 ヒリュウは左手でその場所を指差した。
「ああ、あれか。じゃあ、あの屋根にのぼってみるか。」
「上がれるかなあ…。」
「まあ、上にでも乗るか?」
 マフンはそう提案すると、屋根の下のところでしゃがんだ。
「いいのか?」
「ああ。乗りなよ。」
「じゃあ、遠慮なく。」
 ヒリュウは靴を脱ぐと両手に持ち、マフンの肩の上に足を乗せた。マフンは両手でヒリュウの足をしっかりとつかみ、少しよろめきながらも立ち上がった。
「これなら屋根に乗れる。それじゃ行ってくる。」
 ヒリュウはゆっくりと立ち上がり、屋根の上に乗った。そして靴を履くと、窓を開けて中に入っていった。マフンは玄関に移動していった。
 しばらくすると、ガチャガチャ音がし、勢いよく扉が開いた。
「お待たせ。待ったか?」
「うん。1時間くらい。」
「何でだよ!」
「ジョークだよ。ジョーク。ところで、ここ住めそうか?」
 ヒリュウは首をかしげた。
「んーーー、住むことは何とか出来そうだけれど、中はほこりっぽいぞ。」
「まじかよ。」
 2人は家に入っていって、中をチェックし始めた。
 食器やベッドはあるので何とか住むことは出来そうだが、さすがに電気、ガス、水は止められていた。何よりヒリュウの忠告どおり、確かに家の中はほこりまみれだった。
「気持ち悪いなあ、ここ。」
「どうする?他の家でも探すか?」
「いや。この家をきれいにする。15年前まで住んでいた家だから、ここに住む。」
 マフンは迷うことなく答えた。
「じゃあ、今からきれいにしよう。中にほうきや雑巾、ちりとりあればいいけどなあ。」
「なければ買えばいいさ。始めよう。」
「OK。」
 2人は早速ベッドなどの家具を外に運び出してはほこりをはらっていった。

 コロナは翌日の朝、目を覚ました。
 昨日と比べるとかなり元気を取り戻しており、話すことも、歩くことも普通に出来るようになっていた。しかし、自分の過去については話そうとしなかった。
 ヒリュウ、マフン、カペラは3人でルレクの日常雑貨屋に行き、ほうきやちりとり、雑巾、そしてバケツを買いに行った。
 掃除道具がそろうと、早速家に行き、昨日の掃除の続きを始めた。
 キリュウとオゾンはキャンピングカーの中にいた。キリュウは自室で取材の成果をまとめ、オゾンはコロナの面倒を見ていた。
 キリュウは仕事が一区切りつくと、自分のノートを持ってオゾンとコロナのいる部屋にやってきた。
「どうだ、オゾン。その娘の気持ちはほぐれたか?」
「気持ちは落ち着いてきているけれど、深いショックを受けたせいか、まだまだ警戒心を抱いているみたい。あまり心を開こうとしないの。どうやらPTSDでもわずらっているみたい。私は出来る限り優しく話しかけているけれど…。」
「そうか…。ヒリュウの話だと、確かコロナは別の都市の人ということだよな?」
「ええ、そうみたいね。でもそれがどうかしたの?」
「実はこれまでに訪れた都市の人々に人探しの依頼を受けたことがあるんだ。このノートにその時のメモが残っている。これからラジオ局に行って、みんなに呼びかけようとしていたんだが、その前にちょっと彼女に聞いてみようと思ってな。」
 キリュウはメモが載っているページを開いて差し出した。コロナはノートを受け取ると、何かにすがるような表情を浮かべながら、書いてある文章を片っ端に読んではページをめくっていった。
 しばらくすると、ある文章が目にとまった。その途端、彼女の表情が一変した。
「これ、まさか…。兄さん?兄さんだわ!」
そこには『おれはプロミネンス。コロナ、無事か?おれはキノンでお前の帰りを待っている。父さん、母さん。もしこれを読んだら、妹を探してくれ。行方不明なんだ!頼む!』と書かれていた。
 速記で書いたのだろうか。字は下手だったが、彼女にはプロミネンスの字だとすぐに分かった。
「兄さん…。無事に生きて、キノンで私の帰りを待っているのね。良かった、無事で…。」
 それまでずっと無表情だったコロナは、わずかながらやっと嬉しそうな顔を見せ、キリュウを見つめた。
「あなたは兄さんに会ったんですね。会って、このメッセージを書かせてくれたんですね?」
「ああ、そうだ。色んな人から人探しの依頼を受けたんだが、それを君の役に立てることが出来て良かった。」
「あの、お願いがあります。どうか兄に会わせてください。私をキノンに送り届けてください。お願いします。」
 コロナは懸命に訴えた。
「キリュウさん、私達はあそこにはもう既に行ったわよね?もう一度行く予定はないはずでは…。」
「お願いします。私をキノンに連れて行ってください。どうしても兄に会いたいんです。」
 オゾンの心配をよそに、コロナは訴え続けた。キリュウはしばらく考え続けた。
「…だめですか?」
「…。」
 3人のまわりには異様なまでの沈黙が続いた。
「これからいくつかの都市をまわってからになるが…、まあ、よかろう。君をキノンに送り届けることにしよう。」
 キリュウは自分のスケジュールが多少狂ってしまうため、心の中では葛藤があったが、それでも前向きな回答を出した。
「ありがとうございます。この恩は忘れません。」
 コロナは泣きそうになりながらお礼を言った。
「僕にお礼を言ってくれるのは嬉しいが、本当に礼を言うなら息子のヒリュウに言ってくれ。」
「どういうことですか?」
 意外な言葉にコロナは驚いて聞き返した。
「つまりね、もしヒリュウが見つけてくれなかったら、あなたはあのままだったでしょ?彼がいなかったら、ここに連れてきてもらって、食料を与えてもらうことも、治療を受けることも、そして、あなたのお兄さんの情報を知ることもなかった。だから一番お礼を言うべきなのはヒリュウだって言いたいのよ。そうでしょ?」
「その通りだ。昼時になればあいつらはここに戻ってくるはずだ。その時に、礼を言ってくれ。」
「はい。分かりました。ヒリュウ君にあったら精一杯お礼を言います。」
 彼女を見て、キリュウとオゾンも最初は喜んでいた。しかし、少しずつその表情は曇り始めた。
(そうか…、この娘はキノンの人だったのか。そうなると、この娘と自分達はまさに敵同士の関係ということになるな。無事に送り届けるまで、自分達がクウォル人であることを明かさないようにしなければ…。)
 キリュウは結果的に心配要素が増えてしまったことに頭を悩ませていた。オゾンも同感だった。

 その頃、キリュウとオゾンの状況を全く知らないヒリュウ、マフン、カペラの3人は手分けして掃除に励んでいた。
 作業は午前中のうちに終わり、ヒリュウ、マフン、カペラは昼ご飯を食べにキャンピングカーまで戻ってきた。
 話をしているうちに、彼らはコロナの性格が今朝までとはどこか違っていることに気がついた。
 食事が終わるとキリュウとオゾンはルレクのラジオ局に行った。そして、ヒリュウ、マフン、カペラの3人はコロナを喜ばせるために、何か出し物をしようということになった。
 最初はまずヒリュウが列車の車掌や運転手の物まねをすることになった。
 この芸はマフンに大好評だったため、今では彼の18番だった。
「はい、ドアスイッチ、ヨシ!」「表示灯、ヨシ!」「発車、出発進行!」
 ヒリュウは身振り手振りを交えながら披露した。
「はい、ドア閉まります。」「座席上がります。」
「何で上がるんだよ!」
 マフンは例のごとく大笑いだった。
 カペラも楽しんでいたが、電車に乗ったことがないコロナは何がおかしいのかを理解出来ず、きょとんとしていた。
「ちょ、ちょっとコロナにはウケなかったかなあ…。」
 ヒリュウは思わず苦笑いを浮かべた。
 次はマフンだった。彼はこれまで自分のスケッチブックに描いた絵を見せた。
 次々と現れる見事な絵に、ヒリュウとカペラからは驚きの声が上がった。
「それでは、次の作品を見せます。」
 マフンは得意気にページをめくった。
「タイトル:ザ・FUKUWARAI。」
 そこに描かれていた絵は、目や口の位置がずれた自画像だった。
「誰それ。全然似てないけど…。」
「ウケ狙いか?それ。」
 カペラとヒリュウからは突っ込みが飛んできた。
「これ?あるイベントの時に、絵を描く芸を披露することになったんだ。それで、ただ描くだけではつまらないからという理由で、目隠しして自画像を描くはめになったんだ。」
「ふーん。それで描いたらそうなったの?」
「そういうこと。僕はまじめにやったんだけど、こうなってさ。みんなから笑われたし、ブーイングも受けた。」
「それは捨てなかったのか?」
 カペラに続いてヒリュウも質問をした。
「うん。その時は失敗作だったけれど、その後『発想を変えてみよう』と思って、お笑いネタに使ってみたんだ。みんなを驚かせたあと、この絵を見せて、そのギャップで笑わせようと思って。で、今ではジョークで使ってる。」
「お前ジョークが好きだな。」
「そのとおり。だから僕はトランプでは一番強いんだよ。」
「何で?」
JOKERジョーカーだから!」
 マフンは狙っていたように得意のネタを言い放った。それを聞いてヒリュウは途端に大笑いを始めた。
 ちょっと知識が必要なお笑いネタだったせいか、カペラは苦笑いをしていた。
 しかし、一番笑ってほしかったコロナはどう反応していいのか分からずにいた。
 ヒリュウとマフンは結局2人で盛り上がってしまい、次第に気まずい気持ちが込み上げてきた。
 次はカペラの番だ。彼女は笛と学校の音楽の教科書を持ってくると、自分の好きな曲がのっているページを開いた。
「それじゃ、1曲いきます。」
 彼女は教科書を見ながら、間違えないように丁寧に吹いていった。3人はじっとその曲に耳を傾けていた。
 吹き終わると、ヒリュウとマフンからは拍手が起こった。
「さすがカペラ。学芸会で笛を担当していることはあるな。」
 ヒリュウも彼女の腕前は認めていた。
 一方のコロナは2人に続いて拍手をしたものの、特に喜んでいる様子はなかった。
 3人はそれぞれの一発芸で盛り上がりながらコロナを喜ばせようとしたが、結局あまりうまくいかなかった。
 彼らはPTSDという言葉を知らなかったが、彼女が心にどれだけの傷を背負っているのか、それを思い知らされる形になった。
 


PTSD:外傷後ストレス障害
 何か脅威的なあるいは破局的な出来事を経験した後、長く続く心身の病的反応のこと。











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