第14話:ヒリュウの願い
ヒリュウとコロナはその後、雨に打たれながらオゾンの運転する車に乗り込んでいった。
左ひざの具合が良くないことを知ったオゾンは、早速マッサージをした後、自分で調合しておいた塗り薬を塗り始めた。
彼女はヒリュウが昨日から歩いたり、走ったりした距離を合計すると50kmにも及ぶことを聞いて、驚いていた。
「姉ちゃん、無理してごめん。」
「どういたしましてよ。それにしても、よく足がもってくれたわね。はっきり言うと、故障してもおかしくなかったわよ!」
普段は優しいオゾンだが、この時はいつになく厳しい口調だった。
「ごめんなさい。」
「まあいいわ。とにかくその足ではあまり歩かないほうがいいと思うから、今は横になってゆっくり休みなさい。」
オゾンは薬を塗り終わると、包帯を巻いた。そして、これからのスケジュールについて確認を始めた。
ヒリュウの足が思わしくない以上、運転手を引き受けられるのはオゾンしかいなかった。そのため、彼女はキノンに行くことが出来ずにいた。
別の部屋ではコロナがマフン、カペラと話をしていた。オゾンにプロミネンスと会うように勧められたことに、彼女も動揺していた。
「マフン君、ごめんね。『マフン君も敵よ!』なんて言い出した上に、せっかく兄さん宛てに書いた手紙を破ってしまって。私、何ておわびをしたらいいか。」
「気にするなって。もう済んだことだから。」
「カペラさんにも、ごめんなさい。私がクウォル人を許せなかったせいで、お兄さんが…。」
コロナはカペラにも懸命に詫びた。
「お姉ちゃんは間違いに気付いたんだからまだいいよ。あたしが通っている学校のクラスには、他人をいじめておいて自分が喜んでいる人がいるんだから。あたし、本当のことを言うと、学校に戻りたくないんだ。そのせいでどんな嫌な思いをしたか。」
「僕だって学校では外国人扱いされて冷やかされ、そのせいで他人不信になってワルをしたし。」
「その時、誰か注意したり、止めてくれる人いなかったの?」
コロナの問いかけに、2人は重く口を閉ざしていた。
「私もいじめにあったことはあるわ。でもね、私の場合は兄さんが助けてくれたの。兄さんがいじめっ子や先生に色々言われて損な立場に立たされても、あきらめずに私を守ってくれたの。ヒリュウ君には悪人のようなイメージを持ってしまったけれど、私にはとても大切な存在なの。もし兄さんがいなかったら私はどうなっていたか…。もしかしたら生きていなかったかもしれない気がするの。」
「そうか。本当は優しい人なんだな。」
「ええ。兄さんはとても正義感が強い人で、悪い人や悪いことを決して許さない人なの。そして、敵意を見せると手加減を知らない一面があるから。それでヒリュウ君があんなことになってしまったの。だけど兄さんは決して悪い人なんかじゃないの。どうかそれだけは理解して。だから…。」
言いたいことはまだあったが、言葉に詰まってしまい、それ以上言えなくなってしまった。しばらく沈黙が続いた。
「でさ、オゾンさんの話では、キノンに行って君の兄貴に会うようにということだけど、どうするの?ヒリュウはとても行けそうな状況じゃなかったし。一人で行くのか?」
「うん。一人でも行かなきゃって思ってはいるけれど…。」
「それなら僕が同行するよ。」
マフンの思わぬ発言に、コロナとカペラは驚いた。
「危険だよ。あたしのお兄ちゃんがどんな目にあわされたかを聞いたでしょ?」
カペラが心配そうに言った。コロナは気にしていることを言われてしまい、さらに動揺してしまった。
「マフン君、気持ちはありがたいけれど、やっぱり一人で行くわ。あなたにまで迷惑はかけられない。」
「それでも行く。とにかく、手紙越しに伝えるよりは直接会ってお礼を言いたかったんだ。丁度いいチャンスだ。それに…。」
「それに、何?マフンお兄ちゃん。」
「ヒリュウの勇気ある行動を、僕も見習わなければと思っているんだ。」
「勇気ある行動?」
「うん。異国の地で見ず知らずの人を助け、夢を持つことの大切さについて語り、たとえ嫌われても懸命に仲直りしようとした。そして何より、反クウォル感情が吹き荒れる都市に勇気を持って足を踏み入れ、みんなに認められなくても懸命に復興の努力をした。結果的にボロボロに傷ついたけれど、あの勇気は見習いたいんだ。」
マフンは言葉に力をこめて言い続けた。
「だから、僕もキノンに行く。在クウォル・ナルビオン人ということで何をされるか分からないけれど、やってみる。君も、一人では兄貴に会いにくいだろ?」
「うん…。兄さんきっと腰を抜かすくらい驚くと思うわ。何を言われるか分からないし。本当のこと言うと、怖いの。」
彼女の手は震えていた。
「だったら、一緒に行こう。ヒリュウのやってきたことを励みにすれば、きっと大丈夫だよ。」
マフンは以前はだじゃれでコロナを元気付けていたが、今度は真面目な言葉で励ました。その言葉に、コロナもやがて迷いが吹っ切れてきた。
「分かったわ。じゃあ、一緒に行きましょう。マフン君、よろしくね。」
「こちらこそ。」
「あたしも行く。あたしもお兄ちゃんを見習いたい。」
2人の中にカペラも入ろうとした。
「いや、君はヒリュウと一緒にいてくれ。」
「でも。」
「あいつは辛いことを経験し、身も心も疲れきっている。君はお兄さんのそばにいて、元気付けてやってくれ。」
「私からもお願い。ヒリュウ君を、どうか元気にしてあげて。」
カペラはそれでも行きたかったが、説得された末に結局従うことにした。
間もなくエンジンがかかり、発車し始めた。
やがて、一行はキノンの都市の入口付近に到着した。
外ではまだ雨が降っていたため、コロナとマフンは傘をさしながら1km程の道のりを歩いていった。
カペラはヒリュウのそばに付き添いながら、彼の行動に自分達がどれだけ励まされたかを打ち明けた。
オゾンは2人が無事に戻ってきてくれることを祈り続けていた。
コロナとマフンはプロミネンスのいる家が近づくにつれて、2人の心臓は段々高鳴ってきた。
一体何て言われるのだろうか。
本当にコロナが異国の地に行くことを受け入れてくれるのだろうか。
そんな不安で押しつぶされそうだった。
出来れば引き返したい。でも、引き返すわけにはいかない。前に進まなければ…。2人はそう言い聞かせながら、薄暗い雨の中を進んでいった。
そして、ついに家に到着した。窓はカーテンで覆われていたが、明かりはついていた。プロミネンスが中にいることは間違いないだろう。
コロナは勇気を振り絞ってドアをノックしようとした。しかしその途端、手が震え始めた。
「やっぱり怖い…。」
彼女はどうしてもあと一押しが出来ずにいた。その時、しびれを切らしたマフンが思い切って、ドアを勢いよくノックした。その瞬間、コロナは恐ろしいまでのプレッシャーに襲われた。もう引き返すことは出来なかった。
「大丈夫だよ。」
マフンは自分もプレッシャーと闘いながら、懸命にコロナを落ち着かせようとした。
そしていよいよドアが開いた。
(神様!)
コロナは心の中で祈った。
「誰ですか?」
出てきたのはプロミネンスだった。彼はすぐにコロナに気がついた。
「兄さん…。」
「お前…。」
プロミネンスは厳しい顔を浮かべて言った。コロナは怖さのあまりにうつむいて顔を覆った。
一体何をされるのか。極度の緊張が走った。マフンも思わず身構えた。しかし、何も起きなかった。
コロナは不思議に思い、顔を上げてマフンと一緒にプロミネンスの顔を見た。
そこには、涙を流す彼の姿があった。
「お前、心配させないでくれよ。おれがどれだけの思いをしてきたか。」
今まで見たこともなかった姿に、コロナはさっきまでの怖さも忘れて驚いていた。
「兄さん…。勝手に出ていって、ごめんなさい。」
「いや、謝ることはない。おれが悪いんだ。お前がいなくなってから、すごく後悔したんだ。何であんなことをしてしまったんだって、ずいぶん自分を責めたよ。おれは妹に見捨てられたんだと思えて…。」
玄関での会話を聞きつけたせいか、50歳くらいの男女2人が現れた。コロナには見覚えがある、懐かしい顔だった。
「お父さん、お母さん、帰ってきたの?」
「ああ、今日の昼に着いたんだ。だがびっくりしたぞ。お前が書き置きを残して姿を消し、プロミネンスがショックで泣きながら、街の人達に謝ってまわっているし。」
父親のコメットに続いて母親も話しかけてきた。
「コロナ、良かった。無事に帰ってきてくれたのね。」
「お母さん。」
コロナは嬉しくなって思わず母親のクレセントに抱きついた。その様子を3人はじっと見つめていた。
やがて、気持ちが落ち着くと、コロナは自分の両親をマフンに紹介した。プロミネンスとマフンはすでに顔見知りだったため、紹介の必要はなかった。
色々話をする中で、マフンは最初にキノンを訪れた時、プロミネンスのおかげで家族の大切さについて知ったことを伝えた。さらにマフンは不安を感じながらも在クウォル・ナルビオン人であることも打ち明けた。
プロミネンスはそれを聞いても敵意を見せることはなかった。むしろ、自分の言ったことが彼の役に立てたことを知り、嬉しくなった。
マフンは彼に態度を変えられずに済んだことにほっとした。
コロナは兄にもうひどい目にあわされる心配がないことが分かると一安心し、マフンと共に落ち着いて話をすることが出来た。
プロミネンスはすでにコロナが出て行く前に書き残していたメモを両親に見せた後だった。
彼はキノンが襲われ、妹と離れ離れになってしまったことや、彼女を助けてくれたヒリュウをクウォル人という理由で勝手に戦犯者と決め付け、暴行を加えるなどして、ひどい扱いをしていたことをすでに打ち明けていた。
それを両親に話すことはプロミネンスにとっても辛かったが、隠すことなく正直に話した。
一方、コロナとマフンはここに来たらどんな目にあわされるかという不安と闘いながらも、ヒリュウの行動に即発され、勇気を振り絞ってここに来たことを伝えた。
そして、コロナは自分を助けてくれただけでなく、懸命に仲直りしようとしてくれたヒリュウに恩返しをしたいことを告げた。
「それで、お前は本当にクウォルに行くつもりなのか?」
驚いたコメットが問いかけた。コロナは答えるのが怖くなったが、マフンの後押しを受けて、正直に自分の気持ちを打ち明けた。
「はい。勝手なこと言ってごめんなさい。でもどうしても行きたいんです。」
「それで、ヒリュウ君はどうしたの?どうしてマフン君が代わりに来たの?」
今度は母親が問いかけた。
「ヒリュウはここに来たがらないんだ。かなり心が傷ついていたから。」
「無理もない。おれがひどいことをしたから。あんなことをされたら、来たがらなくなるのは当然だ。」
「兄さんは悪くないわ。私が最初にひどいことを言い出したから。」
「いや、それでもやっぱり悪いのはおれだ。」
プロミネンスは申し訳なさそうに自分がしたことを打ち明けた。
「それでも、やっぱり悪いのは私よ。」
2人の口からは次々と反省の言葉が出てきた。
「分かった。もういい。とにかく反省出来たんだから、それでいいじゃないか。」
「もうしてしまったことは変えられないわ。でも、ヒリュウ君はまだ近くにいるのだから、チャンスは残されているわ。」
両親は2人にそうアドバイスしながら、プロミネンスに本人の前で謝るように勧めた。
それを聞いてプロミネンスは本人に「今さら何を言っているんだ!」と言われそうな気がしていた。
「あいつは、こんなおれを本当に許してくれるんだろうか。」
「ヒリュウ君は私を許してくれたわ。きっと会うべきよ。」
「僕達はあいつの勇気を見習ってここまで来たんだ。どうか一歩を踏み出してください。」
コロナとマフンは懸命に説得を続けた。そこには両親も加わった。
それに後押しされたのだろうか、ついにプロミネンスは決意を固め、ヒリュウのところに行くことを決意した。そこにはコメットとクレセントも行くことになった。
5人が外に出ると、まだ雨が降り続いていた。
みんなヒリュウのいる車まで歩いていこうとする中で、プロミネンスはすぐに立ち止まり、何か考え始めた。
「兄さん、どうしたの?」
「早く行こうよ。ヒリュウに『今から行く。』って連絡入れなきゃならないし。」
コロナとマフンに言われても、彼は立ち止まったままだった。
「おれにはまだやらなければならないことがある。もう少し家で待っていてくれ。」
「何をするつもりなの?」
「もう行くって決めたんだぞ。」
両親に言われても、プロミネンスは家で待つように勧めた。そして、傘をさしながら、いきなり暗闇の中へと駆け出していった。
車内では、ヒリュウがオゾンと話をしていた。
彼は昼間にコロナと仲直りした時には明るかったのだが、今は表情が沈み、きつい言葉を投げかけることもあった。
未だに心が傷ついたままであることを、オゾンは見逃さなかった。
(今頃になってヒリュウにPTSDの症状が出てきたようね。今は下手に何か言い返したりせずに、悩みを吐き出させなければ。この状況は心理アドバイザーの私には辛いけれど、責任もって対応しなければ。)
一方のカペラは別の部屋で勉強をしていた。彼女もヒリュウの様子が昼間と違うことに不安を感じていた。
そんな中、ヒリュウの通信機にマフンから着信が入った。内容は今からプロミネンスがこっちにくるということだった。
「来るのかよ。こっちはまだ気持ちがまとまっていないのに。」
「ヒリュウ、まだ時間はあるわ。落ち着いて考えなさい。」
「でも、もうすぐじゃないか。一体何て答えればいいんだよ!」
「こればかりは私が教えられることじゃないわ。その答えはあなたが自分で見つけ出さなければ。辛い過去が出来たけれど、それを乗り越えることがあなたが今回の旅で出会った最後の壁だと思うの。」
オゾンは今の自分に言える精一杯のアドバイスをして会話を締めくくった。
それから30分くらいたって、キャンピングカーのドアをノックする音が聞こえた。
ヒリュウはその場を動こうとしなかったため、オゾンとカペラが対応に出た。
しばらくすると、カペラがヒリュウのところに来た。
「お兄ちゃん、みんな来てるよ。早く。」
「…。」
ヒリュウは未だに何を言えばいいのか考えがまとまっていなかった。
「お兄ちゃん。」
「分かってるよ!」
つい大声を出してしまったため、それを聞いたカペラが萎縮してしまった。それを見たヒリュウは反省して彼女を見た。
「分かった。行くよ。」
ヒリュウはやっと立ち上がり、足を踏み出していった。
外ではコロナが先頭に立って待っていた。外ではすでに雨が止み、月明かりが出ていた。
彼女の前に出てきたヒリュウは一瞬目を疑った。
そこには、プロミネンスだけでなく、ヒリュウに暴行を働いたり、冷たい扱いをして喜んでいた人達がいた。そして今日帰ってきたばかりのプロミネンスの両親もいた。
予期せぬ人達に出くわし、ヒリュウの心は大きく揺らいだ。ますます何を言えばいいのか分からなくなった。
「みんな一体、何をしに来たんだ?」
その時、コロナが目の前に来た。
「ヒリュウ君、落ち着いて聞いてほしいの。この人達は決してあなたを傷つけに来たわけじゃないわ。みんなで謝りに来たのよ。もうあんなひどいことはしないから。お願い、信じて。ヒリュウ君に会いに行こうということになった時に、兄さんが『みんなにも知らせなければ。』と言い出して、それで街の人達を集めてきたの。」
コロナの横には彼女の両親が出てきた。
「ヒリュウ君、この度は娘を助けていただきましてありがとうございます。しかしその後、あのような事件が起きたことを、お詫び申しあげます。本当にすみませんでした。」
「私達はあなたの勇気ある行動を、決して忘れません。あなたがお互いの国が暗い過去を背負ったのを知った上で、懸命に復興に貢献してくれたことを。」
両親に続いて、プロミネンス達も発言をしてきた。
「今さらだけれど、今までのことは謝るよ。妹を助けてくれたのに、あんなことをしたあげく、殴ってすまなかった。」
「これまでひどいことを言って、ごめんなさい。」
「殴ってごめんなさい。痛かったでしょう。」
「息子に『何をされるか分からないわ!』などと言ってしまい、申し訳ありませんでした。」
みんな順番にヒリュウの前に出てきて謝りだした。ヒリュウはそれをじっと聞いていた。
そして、コロナが再び前に出てきた。
「ヒリュウ君、みんな反省しているから。もうあなたの勇気を踏みにじるようなことは絶対にしないから!どうかみんなを恨まないで。悪いのは私よ。『ヒリュウ君は敵よ。』なんて最初に言い出した私が全部悪いの。」
「コロナ、自分で全責任を背負い込むようなことはするなと言っただろ?」
「兄さん、でも…。」
2人は言葉に詰まってしまった。その中でマフンも説得を始めた。
「ヒリュウ、許してやってくれよ。あんな目にあわされて許せというのは酷なことだけれど、何とか乗り越えてくれ。」
「ヒリュウ、どうするの?」
「お兄ちゃん。」
オゾンとカペラも心配していた。ヒリュウは両手を握り締めたまま、うつむいて考え続けた。
「ヒリュウ君、みんなを許してあげて!」
コロナは必死に訴えた。
「お願い。お願い…。」
目からはとうとう涙があふれてきた。彼女は手を顔に当てて、涙をぬぐい始めた。
「…僕は…。」
ずっと黙っていたヒリュウが顔を上げてついにしゃべり始めた。みんなが一斉に注目した。
「僕は、ここで体験したことは、決して忘れません。正直、あんな目にあったことは悔しくてたまらないですし、恨んだり、殴り返してやりたい気持ちもあります。でも、人を憎んでも、殴っても、それは負の連鎖を生み出すだけです。負の連鎖は、誰かが止めなければなりません。」
ヒリュウは悔しさを懸命に我慢しながら言い続けた。
「正直、この都市が好きかと言われたら、嫌いです。それでも、あんな思いをするのは僕だけでたくさんです。あのようなことはもう経験したくないし、誰にもしてほしくありません。だからあなた達を恨んだり、殴ったりはしません。その代わり、一つ僕からお願いがあります。」
「お願いって何?ヒリュウ君。」
「どうかこの都市を、みんなが仲良く過ごせる都市にしてください。国が違ってもかまいません。考え方が違ってもかまいません。背負った過去が違ってもかまいません。だけど、その違いを不協和音にはつなげないで下さい。どんな過去があっても、どんな違いがあってもそれを認め合い、本当に心から分かり合える関係を築いてください。」
ヒリュウは直前まで揺れ動く心の中で葛藤をしていた。しかし、力を込めて彼の願いを言い切った。
「みなさんお願いします。どうかお互いの友好関係を築くために、力を貸してください。」
「じゃあヒリュウ君、みんなを許してくれるの?」
「うん。これまで本当に悩んだけれど、これからは仲良くしていこう。ふたつの国のために。」
ヒリュウは笑みを浮かべて言い切ると、左手を差し出した。
コロナはしばらくそれを見つめた後、少しずつ歩み寄ってきた。そして次の瞬間、両手を伸ばし、勢いよく抱きついてきた。
「わっ、コ、コロナ!」
ヒリュウは彼女の細い腕に力一杯抱き締められた。握手しようとしていたのが、予想外のことをされて、顔が真っ赤になった。
「ありがとう、ヒリュウ君。…大好き。」
それを聞いて、ヒリュウも彼女を抱き締めた。
「僕もだよ。これからは、ふたつの国を結ぶ架け橋になろうな。」
「うん。」
その様子をみんなはじっと見つめていた。
2人はやがて手をはなした。すると、プロミネンスが近付いてきた。
「負けたよ、お前達には。本当に暗い過去を乗り越え、ここまで分かり合えるとは。もう引き留めはしない。コロナ、行ってこい、クウォルに。」
プロミネンスは大切な存在の妹を手放す覚悟を決めたようだった。すると、両親が来た。
「お前も行ってやりなさい。キノンの復興については父さん達で何とかするから、お前はヒリュウと共に妹を守ってやれ。」
「それがいいわ。これまでずっと頑張り続けてきたんだもの、少し休みなさい。しっかりと肩を休ませながら、ふたつの国のためにつくしてきなさい。」
プロミネンスは意外なアドバイスを受けて一瞬とまどい、一緒に謝りにきた人達を見た。
彼等もやさしい目をしながら、賛成してくれた。
次にヒリュウを見た。
「あんなひどいことをしたのに、君は一緒に来ることに賛成してくれるのか?」
自分を許してくれたとはいえ、本当にいいのだろうかと、半信半偽で聞いてみた。
「いいですよ。これまでは色々ありましたけれど、これからは助け合う関係ですから。」
コロナ、マフン、オゾン、カペラは黙っていたが、顔を見れば賛成していることは明らかだった。
「分かった。これから役に立てるか分からないけれど、ふたつの国のために、精一杯努力していくよ。」
「それなら兄さん、私からのお願いなんだけど。」
「何だ?」
「カペラさんを守ってあげて。兄さんはずっと前、私がいじめを受けていた時に守ってくれたでしょ?だから今度はカペラさんを助けてあげて。」
少し間が空いたあと、プロミネンスはカペラを見つめた。
「分かった。引き受けることにしよう。悩みがあったら何でも相談してくれ。」
「本当にいいの?」
「ああ。ヒリュウが妹を助けてくれたように、おれも君を助けてやる。」
「わーい!プロミネンスお兄ちゃん、大好き。」
カペラは両手を上に突き上げながら、飛び上がって喜ぶと、プロミネンスに抱きついてきた。どうやらコロナのまねをしたかったようだ。
(好きの意味が違うような気もするけれど、まあいいか。自分を必要としてくれる人が出来たわけだし。)
プロミネンスは少しばかりとまどいながらも、喜んでいた。
「それじゃ、ふたつの国の友好関係の第一歩として、これからみんなで一緒に夕食をとりませんか?それから、今夜はキノンで一泊させて頂いてもいいですか?」
オゾンが聞いてきた。もちろんみんな賛成だった。
「じゃあ、今夜はみんなで楽しく過ごすことにしよう。ヒリュウ、いいよね?」
マフンが問いかけた。
「うん、いいよ。」
「よっしゃ、決まり。じゃあお前はみんなの前で車掌の物まねでもしてくれよ。僕は例の絵とだじゃれでも披露するからさ。」
「お前、結局お笑いに走るんだな。」
2人のやりとりを見て、辺りには笑い声が沸き起こった。
そこにはもはや暗い過去に由来する不協和音はなく、和やかなムードが漂っていた。
雲の切れ間からは丸い月が顔を出していた。それは、まるでみんなを祝福しているかのように辺りを明るく照らしていた。 |