第13話:もう一度
コロナがうつむきながら座り込んでいる間も、サッカーは続いていた。
ヒリュウはフォワードでプレーしながらその後もさらに1ゴールを決め、Aチーム対Bチームの30分ハーフのミニゲームは2対2のまま前半を終えた。
ハーフタイムの間、選手達は色々な会話で盛り上がっていた。
コロナはヒリュウのところに行きたくなったものの、彼の楽しそうな雰囲気を壊したくないという思いから、結局その場を動けなかった。
試合の後半、ヒリュウはディフェンダーとしてプレーしていた。
彼は主に守備に奔走しながら、1アシストを決めた。
試合終了が近づいてきた頃、コロナはとうとう立ち上がり、その場を去ろうとした。
その時、何だか騒がしい声が聞こえてきた。彼女はふと振り向き、グランドを見た。
「何があったの?一体どうしたの?」
するとそこには顔をゆがませたヒリュウが左ひざを押さえながら座り込んでいた。
まわりでは選手達が集まり、心配そうに彼を見つめていた。
やがてヒリュウは他の選手達に囲まれながらゆっくりとラインの外に出てきた。そして自分でオゾンに教わったやり方で左ひざのマッサージを始めた。
試合はその間中断していた。
左ひざのけがを全く知らないコロナはいてもたってもいられなくなり、とっさに彼のもとに走り出した。
「ヒリュウ君!一体どうしたの?」
まだマッサージを続けているヒリュウはその声を聞いて振り向いた。そして彼女を見た途端、信じられないような表情を浮かべた。
「コロナ?」
「ヒリュウ君、大丈夫?何かあったの?ひざ痛いの?立ち上がれる?」
「ちょっ、ちょっと待って。どうして君がここにいるの?」
「あなたにどうしても謝りたくて、ここまで来たの。ごめんなさい、あんなひどいことをしてしまって。あなたは悪くないのに。あなたは懸命に復興に協力しながら、私と仲直りしようとしていたのに、私が一方的に敵扱いしてしまったせいでこんなことになってしまって、ごめんなさい。ごめんなさい!」
コロナは必死に謝った。ヒリュウは何とか状況が理解出来たが、まわりの人達はいきなり見ず知らずの人に割り込まれ、謝りだしたものだから、唖然としてしまった。
「何だ、君は。」
「じゃましないでくれ。今試合中なんだ。」
「さあ、どいてどいて。」
コロナは口々に言われながら、ヒリュウから引き離されてしまった。
「でも私…。」
「話はあとにしよう。あと5分で試合が終わるから、ちょっと待ってて。」
「でも…。」
彼女にはまだ言いたいことがあった。しかし、ヒリュウが選手達と話し出したため、これ以上口を挟むことが出来なくなってしまった。
「試合終了まで大丈夫か?」
「フィールドプレイヤーとしてはきついかも。でもゴールキーパーなら何とか。」
「じゃあ、ゴールキーパーを交代しよう。」
「それならそのピブスを渡して。」
そんなやり取りの末に、ヒリュウはピブスを受け取って身にまとうと、左足をかばいながらゆっくりとゴールキーパーの位置に向かって歩き出した。
他の選手達は走って自分のポジションに散っていった。さっきまでゴールキーパーをやっていた人は、ヒリュウがプレーしていたディフェンダーの位置に立った。
そして試合が再開された。
コロナは何も言い出せないままじっと見つめていた。
彼女はヒリュウがあまり相手にしてくれなかったことを、しきりに気にしていた。
ひょっとしたら彼がまだ怒っていて、試合が終わったら「よくもあんな目にあわせたな!」と言い出すのではないかというような不安と闘い続けていた。
そんな気持ちを全く知らないヒリュウはゴールキーパーとしての役目を果たしていた。
しばらくして、得点が動くことのないまま試合は終了した。ヒリュウは特に好セーブをすることも、ゴールを許すこともなかった。
「AチームとBチームのミニゲームは、4対3でAチームの勝利。礼!」
「ありがとうございました!」「ありがとうございました!」
審判と選手達のかけ声の後、みんなで握手を始め、色々と会話を始めた。
その様子を見て、コロナはヒリュウのいるチームが勝ったことを知った。
そこには和やかなムードが流れていた。ピブスを着ていた人達は、審判をしていた人にそれを返していった。
しばらくすると解散の号令が出て、やがてみんな握手をしたり、礼を言ったりしながら段々離れ離れになっていった。
それを見計らって、コロナは左足をかばうような足取りでグランドからゆっくり歩いて出ようとしているヒリュウのもとに向かっていった。
「ヒリュウ君。」
「コロナ、僕を追ってここまで来たの?」
「ええ。あなたに謝りたくて。ヒリュウ君こそ、どうやってここまで来たの?」
「歩いて来た。朝ここに着いたんだ。」
「歩いてって、こんなに離れたところまで?」
「ああ。正確に言うと、時々スケボーに乗ったりしながらね。でもちょっと無理があったかも。足に負担がかかっていたみたいだ。」
ヒリュウは、コロナにはとても出来ないようなことを淡々と話していた。
やがて広場には誰もいなくなった。2人は木陰に来て、並んで座った。
コロナは再びキノンであったことを話題に出し、謝り始めた。
自分がプロミネンスにあんなことを言い出してしまったこと、ヒリュウがみんなから冷たい扱いを受けている時に、自分まで嫌われるのが怖くて止めに入れなかったこと、そして暴行を受けて立ち去っていく時に、追いかけていく勇気がなかったことを正直に話した。
そして、ひたすら謝り続けた。彼女の目には今にも涙が溢れ出しそうな状態だった。
「本当に、ごめんなさい。」
「そうか…。君も辛かったんだね。」
「ヒリュウ君、私を恨んでない?あんなひどいことをしてしまって。」
「…。」
ヒリュウは何て答えたらいいのか分からず、一人で考え続けた。
「やっぱり、怒っているのね。私のこと。」
コロナはとうとううつむいてしまった。
「ヒリュウ君、今さらって言いたいかもしれないけれど、私もうあんなひどいことはしないから。本当に、ごめんなさい。」
「もう気にしなくていいよ。確かに辛いことを経験したけれど、僕は恨んでないから。」
「それって、私を許してくれるってこと?」
「…うん。今はまだ気持ちの整理が充分に出来ていない状態だけどさ、もう謝るのはいいよ。現に君はこうやってここまで来て、仲直りしようとしてくれただろ?僕はもう一度コロナと仲良くなりたいという願いが叶ったから、それでいいよ。本当に、ここまで来てくれてありがとう。」
「ヒリュウ君…。私を許してくれてありがとう。」
彼女には段々笑顔があふれてきた。しかし、一方でヒリュウの表情が段々曇ってきた。
「礼はいいよ。僕も君に謝らなければならないことがあるから。」
ヒリュウは申し訳なさそうな顔をしながらうつむいてしまった。
コロナは彼に許してもらうことが出来たことを喜んでいたが、急にそれがさめてしまい、思わず首をかしげた。
「どうしたの?私に何を謝るの?」
「実は…、以前『僕だってサッカー選手になるのが夢なんだ。いつか世界に知られる選手になりたい。それが夢なんだ。』って言ったよね?」
「ええ。あの時とても楽しそうに話していたわね。」
「実は、あれはうそなんだ。」
「えっ?うそって?」
「あの夢は、あきらめようと思っているんだ。僕は、もうプロのサッカー選手になんかなれないと思えてきてさ。」
「そんな、もうプロの選手になれないってどういうことなの?」
「…。」
ヒリュウは黙ったまま、寂しそうな表情を浮かべていた。
「お願い、話して。あなたの悩みなら何でも聞くから。私、どうしても助けてくれた恩返しをしたいの。どんな悩みでも聞くから。だから、話して。」
「…。」
「話してよ。お願いだから。」
ヒリュウは黙り続けていたが、コロナは懸命な説得をつづけた。
その結果、やっと説明する気になったヒリュウはズボンの左すそをめくりあげた。
ひざのところまでめくり上げると、あの時の傷跡が姿を現した。それを見てコロナは両手を顔に当てた。
「ひどい傷…。一体どうしたの?」
「…。」
ヒリュウは無言のまま、ズボンのすそを戻した。
「一体何があったの?」
「これは、4年前の大けがの跡なんだ。このせいで、何度も故障に悩まされて…。」
「…。」
今度はコロナが黙り込んでしまった。
ヒリュウは簡単にけがについて話したが、思い出したくない闘病生活については触れなかった。
「だから、このけがによる故障がつきまとう限り、僕はプロの選手にはなれないんだ。」
「でも、きっと治るわよ。治ればきっとプロの選手になれるわよ。だから…。」
「だめなんだ。さっきの試合で分かった。今の僕ではとても試合で90分走りきることは出来ない。たとえ90分走れるようになっても、それを1シーズン続けるなんて出来るわけがない。そう考えると、僕にプロなんて無理だと思う。」
「でも…。」
「分かっただろ?あの時語った夢はうそなんだ。だから謝るよ。うそをついてごめん。嫌いになったかな?こんなこと言ったら。」
ヒリュウは苦悩の表情を浮かべ、申し訳なさそうに謝った。それを見たコロナは何とかしてあげようと思い、とっさに作り笑顔を浮かべながら首を横に振った。
「嫌いになんてならないわ。あなたは私を助けてくれた人でしょ?」
コロナはポケットから自分のハンカチを取り出した。
「ヒリュウ君、その左ひざを見せてくれない?」
「えっ?何をするの?」
ヒリュウは疑問に感じながらも、再びすそをめくりあげ、大きく残る傷跡を見せた。コロナはそれを見て、ハンカチを左ひざに巻いて、結んでくれた。
「これでいいわ。『あなたのひざが治りますように』という願いを込めて結んだから。きっと治るわよ。」
「ありがとう…。」
「どういたしまして。それからね、ヒリュウ君。」
「何?」
「ちょっと耳を貸してくれない?」
「何か言いたいことでもあるの?」
「うん。」
それを聞いて、ヒリュウは上体を寄せて、彼女が話しかけるのを待った。
すると、自分の頬に彼女の唇が押し付けられるのを感じた。
彼の顔は真っ赤になった。
「コ、コロナ!」
「仲直りしてくれてありがとう。」
コロナはにっこりと笑った。
「ヒリュウ君、私もう一度あなたとやり直すから。私と一緒にいてね。」
「えっ?でも…。」
「でも、何?」
「気持ちはありがたいけれどさ、僕は明日、自分の国に帰るんだ。だからすぐに離れ離れになるんだよ。」
「そんな…。」
「仕方ないよ。でも、僕は君と仲直り出来て嬉しかった。辛かったけれど、やっと願いが叶ったから、悔いはないよ。」
「私は嫌。このまま離れたくない。お願い、私との関係を終わらせないで。」
「それでも、もう予定は変えられないんだ。」
しばらくの間、異様なまでの静けさが続いた。2人は何を言えばいいのか分からずに黙り込んでいた。
その頃、さっきまでよく晴れていた空が急に曇り始めた。
コロナは考えた末に、ついに自分の決意を話し出した。
「ヒリュウ君。どうか驚かないで聞いて。」
「何?」
「あなたが自分の国に行くのなら…、私も一緒に行くわ。」
「ええっ?」
ヒリュウは試合中にコロナに気づいたときよりも、もっと驚いた。
「ちょっと待ってよ。一緒に行くって、家族はどうするの?それに、僕は敵国の人だよ。僕についていったら、敵国に行くことになるんだよ。」
「あなたがどこの国の人でもいい。どこに行くことになってもいい。私、どうしてもあなたに恩返しがしたいの!兄さんと離れ離れになってもいいから、この国を去ることになってもいいから。私も連れていって!きっとあなたの役に立つから。」
「…。」
ヒリュウは顔を赤らめたまま、返答に困ってしまった。
再び異様なまでの静けさが漂った。
「だめなの?」
「そうだなあ…。ちょっと姉ちゃんに相談してみる。自分じゃどうしても決められないから。」
ヒリュウはそう言うと自分のリュックの口を開け、通信機を取り出した。そして、慣れた手つきでメッセージを打っていった。
コロナはこれまで何度か見たことはあるが、この時程この機械があればと思ったことはなかった。
ヒリュウはオゾンに送信が終わると、再びリュックの中に手を入れ、今度はプラスチックのボトルを取り出した。しかし、中身は空だった。
「あ〜忘れてた。試合のハーフタイムで飲み干したんだった。」
ヒリュウは上を見上げて残念そうにつぶやいた。
「飲み物が欲しいの?」
「うん。サッカーしたらのどが渇いちゃって。」
「じゃあ、私が買ってきてあげるね。」
「いいの?頼んでも。」
「いいわよ。私が払ってあげるから。」
「えっ?でもこういう場合、僕の国ではいつも男がお金を払うんだよ。だから僕が出すよ。」
「でも、私に払わせて。」
「いいのかなあ。」
「お願い!あなたへの恩返しがしたいから。」
コロナは両手を合わせて頼み込んできた。それを見て、ヒリュウは彼女の意見に従うことを決めた。
「ならいいか。これと同じスポーツドリンク1本買ってきてくれる?」
「はい。分かりました。」
コロナはにっこり微笑んで返事をすると、近くにある店に駆け出していった。
それから間もなく、通信機に着信が入った。送り主はマフンだった。
オゾンは運転中だったため、彼が代わりに送信してきた。
そこには「コロナを連れて行きたいのなら、キノンにもう一度行って、プロミネンスにそのことを伝えてきなさい。」というようなことが書かれていた。
ヒリュウは彼女と仲直りは出来たものの、新たな壁を突きつけられ、何とも言いようのない不安を感じた。
コロナが戻ってきた時、彼はその内容を正直に話した。
「姉ちゃん普段は優しいのに、今回は厳しいな。よりによってこんな頭の痛いことを言ってくるなんて。」
「でも、気持ちは分かるわ。ヒリュウ君だって、もしカペラさんが書き置きを残したまま姿を消し、その後連絡もないまま違う国に行ってしまったら、あなたはどう思うの?」
「それは確かに嫌だけれど…。」
「あれだけのことをされて、こういうことを言うのは確かに厳しい言い方だと思うわ。だけど、これは乗り越えなければならない壁だと私は思うの。」
「それでもやっぱりキノンの都市には入りたくないよ。行ったらまたひどい扱いを受けるだけだよ。人を見下したり、暴力を振るっておいて、それを喜べるような人と会わなきゃならないなんて…。」
ヒリュウは明らかに嫌そうな表情を浮かべて言った。
「あなたにそんなイメージを突きつけてごめんなさい。でもね、あなたには行くのが嫌な都市でも、私にとっては自分が生まれ育ったふるさとなの。こんなこと言ったら、怒るかもしれないけれど…。」
「怒りはしないよ。でも…。」
仲直り出来た喜びはいつの間にか吹き飛んでしまい、2人はいい答えが見つけられないまま悩み続けた。
その時、急に雨が降り始めた。たちまち辺りは土砂降りとなってきた。
ヒリュウは痛みをこらえながらコロナとしっかりと手をつなぎ、雨宿り出来る場所へと駆け出していった。 |