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ふたつの国のために
作:地球の星



第12話:あの人を追いかけて


 ヒリュウが草原の中をやけになって走り回っている頃、キノンではコロナが自分の家で机にうつ伏せになったまま、耐え切れないほどの後悔の念にさいなまれていた。
 あの時、彼女が「ヒリュウ君は敵国の人よ。」と告げた後、プロミネンスはちょうどいいと言わんばかりに、みんなに言いふらしてまわった。
 周りの人達はそれを聞くと、根拠もないまま勝手に拡大解釈をしていき、ついにはあのような事態を招いてしまった。
(ヒリュウ君、ごめんなさい…。あなたは私を助けてくれたのに、私はあなたに何も出来なかった。それどころか、私のせいであんなひどい目に…。ごめんなさい…。私、あんな状況になることを望んでいたわけじゃないの。)
 家には楽器もないため、彼女の心を癒すものがなかった。どうすればいいのかも分からないまま、コロナは一人で打ちひしがれていた。
 その時、外から足音が聞こえ、ドアが開いた。帰ってきたのはプロミネンスだった。
「おう、帰ったぞ。」
 コロナは落ち込んだまま顔を上げた。
「お帰りなさい。」
「前にも言ったけれど、お前暗いぞ!ここに帰ってきてから病気になるし、仕事ではみんなの足を引っ張ってばかりだし。何度も言うことだがちゃんと仕事しろ!仕事しなければ生活出来ないんだぞ!」
「ごめんなさい…。」
「だから暗いっつうの!」
 怒るような口調のプロミネンスに、コロナは恐縮してしまった。
「ねえ、兄さん。」
 彼女はビクビクしたような声で問いかけた。
「何だ?」
「兄さんは、ヒリュウ君のこと、どう思っているの?」
「あいつか?敵に決まってるだろ!ここを侵略し、大混乱におとしいれた戦犯者だ!敵のくせにノコノコとここに来やがって、スパイとして何か企みながらこの都市の連中となれなれしく接し、さらには水を汲んできては家に無断で上がりこんできてお前に手を出した。許せるものか、あんなやつ!」
「えっ?あの時の水って、ヒリュウ君が?」
「ああそうだ。だが、おれの手柄にしてやった。あんなやつに手柄などくれてやるものか!あいつはおれ達のストレス発散相手になるのがお似合いだ。ざまあみろ!」
 プロミネンスは敵意をむき出しにして言った。その姿はコロナには何かに取り付かれているかのように見えた。
(怖い…。もしここで本当のこと言ったら、一体何を言われるのかしら…。)
 彼女は震えながらどうしようか迷っていた。真実を話したところで、とても信じてもらえそうな雰囲気ではなかった。
 ここで兄の言うことに素直に従っていれば、自分は痛い目にあわなくて済む。都市のみんなにも嫌われなくて済む。
 迫害を受けて追い出された以上、彼とはもう会うこともないだろう。
 みんなに好かれるために兄やキノンの人々に従うか、それとも、もう2度と会えない人のために嫌われ役を買って出るか。
 自分の身を守るためなら、ここは兄に従うのが一番安全な方法だった。
 しかし、それでは自分を助けてくれて、懸命に仲直りのための努力を続けてきたヒリュウを裏切ることになってしまう。
 コロナは一人で悩んだ。悩んだ末に、ついに決心をした。
「兄さん。やっぱり本当のことを話すわ。どうか怒らないで聞いて。」
 彼女は自分を助けてくれて、ここまで送り届けてくれたのがヒリュウであることを話した。しかし、プロミネンスの反応は冷たかった。
「はあ?お前何を言っているんだ?あんな戦犯者がお前を助けるわけないだろ。悪い冗談はよせ。」
「冗談なんかじゃないわ。本当のことよ。彼がいなかったら、私は生きてここに帰ってこられなかったかもしれないの。ヒリュウ君は私の一番大切な人よ。お願い、信じて!」
「お前『一番大切な人』とはどういうことだ。まさか、あいつのこと好きとか言うんじゃないだろうな!?」
 プロミネンスは彼女の訴えを全く受け入れようとせず、脅迫めいたことを言いながらつかつかと近寄ってきた。
(兄さん、お願い。どうか信じて!)
 コロナは祈るように心の中で叫んだ。
「どうなんだ一体!お前はクウォル人が何をしたのか忘れたのか!」
「忘れてなんかいないわよ。絶対に忘れないわ。でも、クウォル人全員が悪い人じゃない。ヒリュウ君みたいに親切に接してくれた人もいる。それだけは分かってほしいの。」
「お前は敵をかばうのか?あんなやつに味方するのか!」
 プロミネンスは左手でコロナの胸ぐらをつかんで叫んだ。
「…もう、ヒリュウ君を冷たくののしるのはやめて…。彼は、私の…一番大切な人よ…。」
 恐怖におびえながら、コロナはやっと答えた。
「貴様!」
 プロミネンスはついに緊張の糸が切れ、つかんでいた手でコロナを床に叩きつけた。
「お前も敵だ!敵をかばうのなら、お前も出ていけ!満足に働けないようなやつなど、この都市には必要ない!」
 プロミネンスは怒りに震えながら吐き捨てると、家を出ていってしまった。
 結局ヒリュウには彼を助ける勇気がなかったために、仲直りが出来ないまま出ていかれてしまい、プロミネンスには勇気を振り絞って真実を話したせいで嫌われてしまった。
 こんなことになるなんて…。彼女は後悔の念に深く打ちのめされ、とうとう涙があふれてきた。
(私は、これからどうすればいいの?せめて、ヒリュウ君と仲良しだった頃に戻れたら…。)
 しかし、いくら願ったところで、時を戻すことなど不可能だった。
 ここにいても、もうヒリュウには会えない。彼女はそんな絶望感に打ちひしがれながら、泣いていた。

 どれくらい泣いていたのだろうか、泣くだけ泣き終わると、やがて彼女の心にも変化が起き始めた。
 このままじゃいけない。自分が心無い風評を止める勇気がなかったせいでこんなことになったしまったのだから、何とかみんなに真実を伝えなければ…。
 もしかしたら、2度と会えない人をかばって、みんなに嫌われてしまうかもしれない。裏切り者扱いされるかもしれない。
 でも、その不安以上に、あの人を裏切って自分だけが好かれ役を演じることに、彼女は耐えられなくなった。
 やがてコロナはいても立ってもいられなくなり、意を決して外に飛び出していった。
 彼女は出会った人を見つけては、必死に本当のことを話してまわった。
「ヒリュウ君は私を助けてくれた人よ。お願い、信じて。」
「彼がスパイでも戦犯者でもないわ。あれは何の根拠もない、真っ赤なうそよ。」
「彼は見ず知らずの私に、自分の食べ物を分けてくれて、ここまで送り届けてくれたの。」
 彼女は真っ暗になるまで息を切らしながら辺りを走り回った。
 しかし、必死の訴えにもかかわらず、人々の反応は冷ややかだった。
 なかなか人に信じてもらえず、度々心無い言葉を浴びせられた。
 結局訴えれば訴えるほどコロナの心は傷つき、自分の居場所がなくなっていく状況になってしまった。

 コロナはその日の夜遅く、クタクタになって家に帰ってきた。プロミネンスはすでに眠っていた。
「兄さん。私のこと、心配してくれないの?まだ怒っているの?」
 それを見て、彼女はますますここでの自分の居場所がなくなってしまったような気持ちになり、とぼとぼと自分の部屋に入っていった。
「ヒリュウ君。私、やっとあなたの気持ちが分かったわ。あんな状況に耐えながら、キノンの復興のために、そして私と仲直りするために、懸命にがんばっていたのね。」
 コロナは窓から見える星空を見つめながらつぶやいた。
 彼女はそれから何度もヒリュウと仲良く過ごした日々を思い出した。
『いつか、音楽でお金稼いで生活していけるといいね。』
『辛い過去を、話してくれてありがとう。たとえどんな過去を背負っても、生きていれば未来が温かく迎えてくれるから。』
『たとえ離れたって、同じ日の同じ時間に、この星空を見つめることは出来るよ。たくさんの星を見たら、僕を思い出してね。』
 けんかもしたけれど、振り返ってみると、彼女の脳裏に浮かぶのはヒリュウの優しい姿ばかりだった。
 自分とは敵同士という関係であることを知りながら、ひたむきに仲直りしようとしてくれたヒリュウ。
 色々思い出していると、次第に彼に会いたい気持ちが沸いてきた。
 もう一度会いたい。会って、もう一度やり直したい。
 そう考えると、コロナはいてもたってもいられなくなり、紙と鉛筆を取り出した。
 そして、プロミネンスに手紙を書いた。

兄さんへ。
 ごめんなさい。あれから随分悩んだけれど、私はヒリュウ君を探しに行きます
 結局信じてもらえなかったけれど、私が兄さんに話したことは本当のことです。
 彼は私を助けてくれたばかりでなく、誰よりも私に優しく接してくれました。
 そんな姿を見て、私は彼を好きになりました。彼と一緒に過ごした時間は、とても幸せでした。
 だからこそ、私はヒリュウ君に会って、今までのことを謝りたいと考えています。
 もしかしたら、もう兄さんに会えなくなるかもしれません。
 それでも私は行きます。
 本当にごめんなさい。こんな私をどうか許してください。
 さようなら  コロナより

 手紙を書き終えた頃には、コロナの心の中にあった迷いは吹っ切れていた。
 彼女はありったけの所持金を用意し、持っていく荷物の整理を始めた。
 そして地図を取り出し、ヒリュウが立ち去っていった方角にある都市を確認し、そこに行くための交通手段を確かめた。

 翌日の朝、プロミネンスが目を覚ます前に、コロナはそっと家を出ていき、キノンを朝一番で出発するバスに乗り込んだ。
 乗車している間、彼女はずっと辺りの景色を見渡してはヒリュウを探し続けた。
 彼は普段から青系統の色を好んで着ており、背負っていたリュックも青色だった。
 だから、たとえ遠くて顔が確認出来なくても、青っぽい色の服装をしている人を見かけたら、無理やりにでもバスを止めて降りるつもりだった。
 しかし、それらしい人はとうとう見えないまま、出発地から20km以上離れたところにある都市に到着した。
 そこは、ヒリュウが歩き去っていった方角にあって、一番近い都市だった。 
「神様…。」
 バスを降りたコロナは空を見上げて、つぶやいた。
「神様、お願いです。どうかヒリュウ君にもう一度会わせてください。たとえ彼に何て言われようと、私はかまいません。嫌われてもかまいません。せめて、一瞬でもいいから会わせてください。会ってたった一言だけでもいいから、彼に『ごめんなさい。』と言うチャンスを下さい。お願いします。」
 祈るような気持ちで、彼女は都市を歩き始めた。

 あれからどのくらい歩き回っただろう。探し回るにつれて、彼女の不安はますます大きくなっていった。
(ヒリュウ君…。本当にここにいるのかしら。もし、帰国した後だったら…。それに、もし会えても『よくもあんな目にあわせたな!』なんて言い出したら、私は何て言えばいいのかしら…。)
 足がすくむほどの不安と闘いながら、それでも歩き続けた。
 コロナは青系統の服を着ていて、台車をスケボー代わりに使っている男の子を見掛けなかったか、必死に聞いてまわった。
 それでもなかなかいい情報が得られず、時間が経つにつれて脳裏には段々あきらめムードが漂い始めた。
 そんな中である女の人に聞いたところ、青い上下の服を着た人が広場でサッカーをしているということを聞いた。
「もしかしたら…。」
 コロナはとっさにその人をどこで見掛けたのかを問いかけた。
 しかし「今、あなたの都合に付き合っている時間はないんだから。」と言われてしまい、素通りされそうな状況になった。
 その人がヒリュウであるという保証はどこにもなかった。それでもあきらめずに案内してもらえるように、必死に頼み込んだ。
 そうしているとついに女の人も折れ、500メートル程離れた広場まで案内してくれた。
 歩いている間、コロナの心は張りさけそうな状態だった。頭の中はヒリュウのことでいっぱいだった。
 そして広場についた。
 その女の人は「それじゃ、私はこれで。」とだけ言い残すと、足早にその場から走り去ってしまった。
 コロナは案内してくれたお礼と、忙しい中で時間を割かせてしまったお詫びを言いたかったが、結局何も言うことが出来なかった。
 女の人の姿が見えなくなると、振り向いてグランドを見た。
 そこには、一人ひとり違う私服を着た15歳から20歳くらいの若い男の子達が、6人対6人に分かれて、土の上で楽しそうにサッカーをしていた。
(ヒリュウ君、どこ?)
 広場の端にある木陰で立ち、手を合わせながら祈るような気持ちで見渡していると、水色のTシャツを着て、青のズボンをはいている人がボールを蹴りながら前線に上がって行くのが見えた。
 その人は相手チームの選手を1人交わし、2人交わした。そして、ゴールキーパーをチラッと見て、迷わず左足でシュートを放った。
 ボールは横に飛んだキーパーのわきをすり抜け、ゴール右隅に吸い込まれた。
 それを見て、その人は嬉しそうな表情を浮かべてガッツポーズを見せ、振り返った。
 その時、コロナは顔をはっきりと確認した。間違いない、ヒリュウだ。しかし彼女が近くにいることには気づいていない。
 ヒリュウはキノンで冷たい扱いを受けている時には見せることのなかった、嬉しそうな表情を見せながら、その後もサッカーを楽しんでいた。
 身も心もボロボロに傷ついてキノンを去っていった時のような面影はそこにはなかった。
 その様子を見せ付けられるうちに、コロナは段々寂しさに襲われてきた。
(ヒリュウ君、ごめんなさい。あんなひどいことをしてしまって…。)
 せっかくここまで来たものの、彼女の入る余地はなかった。
 やがてうつむきながら、しゃがみこんでしまった。
 コロナは小声で「ごめんなさい。」と何度もつぶやいた。その場を立ち去りたくなったが、その勇気もないまま自分を責め、顔をひざの間にうずめてしまった。
 彼女の心は進むことも、戻ることも出来ずにさまよい続けた。












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