ふたつの国のために(13/18)PDFで表示縦書き表示RDF


この場面で、ライラックが自分の過去を打ち明けるシーンは、このサイト内に掲載されている作品「命、愛に包まれて」(ami先生作)からヒントを得て作りました。
この場を借りて御礼を申し上げます。
ふたつの国のために
作:地球の星



第11話:それでも時間は戻らない


 ルレクでは慣れない生活のせいでストレスがたまっていたマフンがいた。
 周りの人達とは国籍こそ同じだが、彼らとは考え方や生活習慣も違うため、どうやって自分の気持ちを打ち明けたらいいのか分からなかった。
 しかしただ一人、ライラックとは色々と話が出来た。マフンより5歳年上の22歳だ。
 彼女が働いている楽器店は父親が経営していた。
 マフンは楽器を買うことはなかったが、彼女とは度々話をしてきた。
 キノンと違って、ここでは反クウォル感情は強くないため、クウォル在住ということを打ち明けても大丈夫だった。

 明日ルレクを離れる日、2人はお互いの過去のことを話し合った。
 その中でマフンは自分が在クウォル・ナルビオン人ということで嫌な目に度々あってきたことや、親と不仲で家出をしてきたことなどを彼女に話した。
 しかし、今では親に対する気持ちに変化が出てきたことも伝えた。
 ライラックはその話を熱心に聞き続けた。
「それでマフンは帰国したら、親と一緒に住むつもりなの?」
「分からない。このまま嫌っていてはいけないと思うようにはなっているんだけど…。」
「じゃあ、会ってみたら?」
「簡単に言わないでよ。会いたい気持ちはあるけれど、今さら会って何を言えばって思っているんだ。もし何かを言ったら、親からは何て言い返されるのかなって思ってさ。」
「そう…。でも『今さら』よりも、『今から』って考えたほうがいいんじゃない?」
「今から?」
「今さらを一字変えて今からにすれば、その後には前向きな言葉が続くでしょ?私はそう考えるわ。」
「確かにそうだね。発想の仕方が上手だね。」
「ありがとう。じゃあ、次は私のことを話してもいい?」
「ライラックさんの過去をかい?」
「ええ。もしかしたら君の役に立つかもしれないと思って。」
「じゃあ、お願いします。」
 ライラックは自分も家族と仲が悪く、『お父さんとお母さんなんか大嫌い!どこにでも行っちゃえばいいのに!』と言い放って別の都市に移り住み、親とは連絡もせずに一人暮らしをしていた時期があることを打ち明けた。
「何か、僕と似ているね。」
「そうね。最初はこれまでどれほど窮屈な思いに耐えてきたか、そしてどれほど今の生活を待ち望んでいたのかと考えては、自分を奮い立たせていたの。」
「でもそれって聞いてあまりいい気はしないね。僕も人のこと言えないけどさ。」
「確かに前向きなことじゃないけどね。だけど、前の彼氏と付き合っている時に言われたの。『もう親のこと許してやれよ。』って。確かに人を恨んでも空しいだけだって気づいたし、私は思い腰を上げて、ついにここに帰ることにしたの。」
「それで、親には会えたの?怒られなかった?」
「お父さんには会えたわよ。怒るどころか何か寂しそうだった。でもお母さんには会えなかった。」
「どこかに出かけていたのかい?」
「私もそう思ったわ。それで、お父さんに『お母さんはどこ?』って聞いたの。そうしたら、『分かった。案内するからついてきなさい。』と言われて、私はついていったの。」
「じゃあ、会えたんだね。」
「…。」
 マフンは期待するような言い方で問いかけたが、ライラックは答えなかった。それどころか、彼女の表情がみるみる沈んでいった。
「どうしたの?案内されたんでしょ?だったら会えたんだよね?」
「ここから先のこと、話してもいい?」
「えっ?いいけど、何かあったの?どこに案内されたの?」
「あのね…、案内された先は…。」
 そこまで言ったところで彼女は黙り込んでしまった。しばらく沈黙が続いた後、やっと言葉を続けた。
「…お墓だったの…。」
「えっ…?」
 予想もしなかった答えに、マフンの心には大きな動揺が走った。ライラックの目からは思わず涙があふれ出してきた。
 これ以上のことは話せないまま、彼女はその場にうずくまってしまった。
「ごめん、こんなことを話させて。大丈夫?」
「謝ることないわ。私が勝手に思い出したことだもの。でもね…、こんな経験はもうしたくない。他の誰にも、そして私自身も。」
 マフンはもし自分の親がそんなことになったらと思った。
 どんなに自分のしてきたことを悔やんで、時間を戻したいと願っても、時は戻らない。もうやり直すことは出来ない。
 もし自分がそんなことになったら…。
 そう考えると、彼の心は張り裂けそうになった。そして、自分のために辛い過去教えてくれたライラックのために何かしてあげたくなった。
「辛い過去を話してくれて、ありがとうございます。僕からは君に何もしてあげられないけれど、でも君のおかげでやっと決心がつきました。僕、親ともう一度やり直します。どんなことを言われるか分からないけれど、帰国したらきっと会いに行きます。」
 マフンは精一杯のお礼をして、彼女に感謝をし、励まそうとした。
 ライラックは気持ちが落ち着いたのか、やっと泣き止んだ。そして顔を上げてマフンを見つめた。
「そう言ってくれてありがとう。私のおかげで君の親に対する気持ちを変えることが出来てよかった。」
「ライラックさんに感謝します。今から早速、親に連絡を取ってみます。」
 マフンはそう言うと、ポケットから通信機を取り出し、そしてメッセージを打ち始めた。
「何、それ?」
「これ?これで文章を打って送信すれば、相手にメッセージが送れるし、相手の打ったメッセージも読むことが出来るんだ。つまり離れたところにいてもこれで会話が出来るわけ。僕の住んでいた都市ではかなり普及しているんだよ。」
「便利な機械ね。」
「僕は当たり前のように使っていたけどね。」
「私にもその機械があったらよかったのに…。それで連絡をとることが出来れば、お母さんが生きている間に会って謝ることが出来たかもしれないのに…。」
「そうだね…。そう考えると、クウォル国が工業の発達した国だということに感謝しないとな。」
 マフンはメッセージを打ち終わると、すぐに送信した。
「それがきっかけで、親と仲直りが出来るといいわね。」
「うん。きっと仲直りしてみせる。本当にありがとうございます。」
「私の体験も、無駄ではなかったみたいね。」
「決して無駄にはしません。僕は明日ここを去っていきますけれど、ライラックさんもお父さんと幸せに過ごしてくださいね。」
「うん。約束するわ。」
 2人の顔にはいつの間にか笑顔が戻っていた。
「そう言えばライラックさん、一つお聞きしますけれどいいですか?」
「何?」
「さっき『前の彼氏』と言っていましたけれど、その人とはその後どうなったんですか?」
「別れた。そうでなければ、『前の』なんて言わないわよ。」
「そ、そうだね。」
「でも、何でそんな質問をしてきたの?」
「いやあ、その…。」
 右手を後頭部に当てたまま照れているマフンを、ライラックは興味深そうに見つめていた。

 一方、キノンで身も心もボロボロに傷つき、失意の底に突き落とされたヒリュウは平原の中を太陽の方角に向かって移動していた。
 スケボーに乗りながら彼はこれまでに聞いてきた言葉を思い出していた。
『近寄らないでよ!私とあなたは敵同士よ!』
『その人に近づくのはやめなさい!何されるか分からないわ!』
『お前が作ったものなどいるか!病気の妹に何か盛ろうとしていたんだろう!』
『やっぱりお前のだったんだな。分かった、返してやるぞ。こうしてな!』
『今更言い逃れようってのか?だが、残念だったな!おれ達の悔しさを思い知れ!』
『ストレスたまっているやつがいたら、ちょうどいい発散相手がいるって伝えてこようかな。』
 ヒリュウは思わず立ち止まった。
「みんな黙ってくれ。僕はもうあんな都市には戻らないからな!」
 独り言でそう言うと、背負っていたリュックをその場に下ろし、サッカーボールを取り出した。
「やっぱりサッカーでもやって、気分を変えよう。」
 そして、足元にボールを置くと左足で大きく蹴りだし、まだ暴行による痛みが残る体で走り出した。
 彼は何かに追われるように走り続けた。
 やがて息が切れ、体中は汗まみれになって走り続けた。
 これ以上はもう走れなくなるほどバテバテになると、リュックのところまで戻ってきて、力なくその場にへたり込んだ。
 草原に座りながら、ヒリュウはサッカーチームFCエクラードユースに所属していた頃を思い出した。

 5年前、彼は身長160cm台前半の小柄な体ながら、将来を期待される選手だった。
 ポジションはディフェンダーだが、試合後半に点が必要な状況になれば前線に上がってフォワードに変身し、反対にチームが守備固めに入れば守護神のごとくゴールを死守した。
 その活躍ぶりに、相手チームの監督からは「あの背番号2には気をつけろ。」と言われ、警戒されていた。
 そして16歳の時、U-17クウォル代表のメンバーに名前が挙がった。
 ヒリュウはそれを聞いてますます練習に磨きがかかり、招集直前のアウェーの試合でアピールしようと意気込んで臨んだ。
 試合は後半20分、ゴールキーパーからボールを受け取ったヒリュウが70mを独走してゴールを決めた。
 その後は、相手の猛攻を浴び、相手サポーターのブーイングを浴びながら、彼は監督の指示で守備に奔走していた。
 そして終了間際、相手の選手がミドルシュートを放ってきた。
 ボールはキーパーの手をはじき、ゴール右隅に吸い込まれようとしていた。
 誰もが同点かと思った時、ヒリュウは足を伸ばして飛び込んでいった。
 そして次の瞬間…!
 試合は1対0でFCエクラードの勝利で終わった。
 しかし、ゴールポストに激突したまま、背番号2のヒリュウは動けなかった。
 彼の周りには敵も味方も関係なく人が集まり、たちまち騒然とした雰囲気になった。
『早く担架を!』
『いや、救急車だ!救急車を呼んでくれ!』
 現場ではそんな大声が飛び交った。そこには勝利の喜びも、敗北の悔しさも吹き飛んでいた。
 ヒリュウは即日手術が行われ、入院。診察結果は左ひざ複雑骨折だった。
 突然襲った悲劇に、彼は抜け殻のように落ち込んでしまった。勝利と引き換えに、背負った代償はあまりにも大きかった。
 半年後、再び走れるようになったヒリュウは何とか復帰を目指したものの、待っていたのは監督からの戦力外通告だった。
 その後は何度も足の故障に悩まされたせいで、所属チームを見つけることが出来ず、彼は18歳になる前に失意の中で兵役へと身を投じていった。
 兵役中、彼は主に運転手を担当していた。その理由はその足では激しい訓練には耐えられないと判断されての措置だった。
 それでも軍隊生活の中で、サッカーのミニゲームに参加しながら実戦感覚を取り戻していき、再び公式戦に復帰出来る日を夢見るようになった。

 ヒリュウはキノンでの辛いことを振り払うためにサッカーをしたのだが、今度はサッカーでの辛いことを思い出してしまい、結局精神的に打ちのめされてしまった。
「もう一度ピッチに立ちたかった…。せめて時間を戻すことが出来たら…。」
 そう言いながら、自分のズボンの左ひざをめくり上げた。
 ひざから下にかけた部分には、怪我や手術の跡が大きく残っていた。
「あきらめたくない…。どれだけレギュラーに戻れる日を夢見てきたか。でも…。」
 2年半の兵役があったとはいえ、あれから一度も公式戦に出られなかったことは、あまりにも辛かった。
 ヒリュウは普段はその記憶を封印していた。思い出さずに済むのなら、ずっと忘れていたいことだった。しかし一旦思い出すと、とめどなく記憶があふれ出てきた。
「叶わぬ夢ってあるのかなあ…。コロナにあんなに立派に夢を語っておきながら、情けないな、本当に。せめてこのひざさえ完治してくれれば、夢なんていくらでも見続けられるのに…。」
 失意のまま一人で草原に座っていると、辺りは暗くなっていき、やがてたくさんの星が姿を現した。
 その星空はまだコロナと仲良しだった頃に見たものと同じだった。ただ、彼女だけがそばにいなかった。
 2人で見た時は、そのおびただしい数の星がひしめく空は、とてもきれいで、見ているだけで心が和むものだった。
 しかし一人ぼっちの今となっては寂しく映った。
 星空を見ながら、今度はコロナのことを思い出した。
「そう言えばキノンが侵攻を受けた時、あいつもこうやって草原の中を一人で過ごしたんだよな。どれだけ寂しかったんだろう。どれだけ辛かったんだろう…。」
 ヒリュウはひとけのない場所で、一人で過ごすことがどんなことなのかをはっきりと理解した。
「コロナが見知らぬ人についていったの、今なら分かる気がする。確かにこんな状況だったら、誰でもいいから頼りたくなってくるし。誰かから食料を差し出されれば、そりゃ食べたくもなるよな。それで人にだまされたわけだから、どれだけ嫌な思いをしたんだろう…。」
 そう考えると、初めて出会った時のコロナが何故かなりの空腹状態だったにもかかわらず、自分が差し出した食べ物をすぐに食べようとしなかったのか、はっきりと理解出来た。
 ヒリュウはコロナが今どうしているのかを知りたくなった。しかし、彼女は通信機を持っておらず、キノンにはとても戻れない状況である以上、知る術はなかった。
 どうすればいいのか分からない状況の中で、彼はオゾンに相談しようとした。だが、通信機は充電が必要な状況だった。
「こんな時にこれかよ…。」
 そう言うと、今度はゼンマイ式の小型充電器を取り出して左手で一生懸命ゼンマイをまわし、通信機を接続した。
 充電している間に、リュックからカロリーブロックの残りとキノンの井戸から汲んできた水の入ったボトルを取り出して、夕食を摂った。
 カロリーブロックはボロボロに形が崩れていた。
 食べ終わると再び通信機を手に取り、これまでにたまっていた不満や、コロナと仲直りが出来なかった悔しさをオゾンにぶつけた。
 彼女は冷静に気持ちを受け止めてくれた。
 心の内を吐き出して行くうちに、ヒリュウは少しずつ落ち着きを取り戻し、物事を冷静に考えられるようになった。
「これ持ってきといて良かったな。おかげで悩みを相談出来たから。そう言えば、父さんと姉ちゃんも、出会ったことを後悔したくなるような時がきっとあったんだろうな。通信機に『私だって、キリュウさんとは簡単に分かりあえたわけではないもの。』とあったし。」
 当時のヒリュウはまだ幼かったため、彼らに何があったのかをあまりはっきりと覚えていなかった。
 しかし、最終的に国の違いを乗り越えて分かり合った2人が、何だか眩しく思えてきた。












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