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ホラーなのか自分でもよく解りませんが、読者様の暇つぶしに少しでも役立てたら、この上なく嬉しいです。
拉致監禁、愛故に解禁
作:太郎鉄


 僕がこの部屋に監禁されてから、もうすぐ三年が経とうとしている。

 しかし、一体ここは何処なのだろう?三年も経つのだから、そろそろ教えてくれてもいいじゃないですかとマユミさんに尋ねてみる。

 「神奈川県のとあるマンションよ。それで充分でしょう」

 多分、結構高い階層なんだと思う。窓から見えるのは海と街と島。島からはジェットコースターがはみ出している。

 神奈川県という事は、きっとあれがシーパラダイスなんだろうな、と、僕は三年目にして初めて気付いた。

 「場所が解ったって、君の運命は変わらないわ。助けが呼べるとでも思ってる?無理よ。一生君は私だけのものだから」

 マユミさんはさも自信たっぷりにそう言った。僕はテーブルの上からリモコンを取るのに苦労した後、テレビをつける。

 行方不明者をテレビを通して探し出すという趣向の番組が放送されていた。

 今日は僕の両親が出演しているのだ。

 『…続いて、三年前に行方不明になった、山岸拓真君のご両親からの心の叫びです』

 アナウンサーがそう告げると、画面が僕の実家の外観に切り替わった。懐かしい。僕が昔悪戯で書いた塀の落書きも、沖縄好きの父さんが玄関の門の左右に設置したシーサーも、まったく変わらず、そこにきちんと存在していた。

 続いてリビング。畳の狭い部屋に、父さんと母さんと姉さんが神妙な面持ちで正座していた。

 父さんーー元々薄かった髪の毛が、さらに円形に脱毛していた。

 母さんー一皺の数が信じられない程増えていた。

 姉さんー一化粧が上手くなっていた。黒かった髪の毛は金色に光り、ウェーブがかかっている。

 父さんと母さんが、僕に対して訴えかけた。家出なら帰ってきてくれー一。誘拐なら犯人さん、息子を返してやってくれ−ー。

 そこでテレビ画面がプツりという音と共に消えてしまう。

 「見ても無駄よ。あなたもいい加減そんなものに縋るのはよしたら?」

 マユミさんがリモコンを放って、忌々しそうに僕を睨んだ。

 「そうですね」

 僕は無表情で答えた。もう随分前から、僕には表情というものが消えてしまったのだ。

 「帰るのは朝になるわ。何か欲しいものはある?」

 「強いて言うなら、足を返して欲しいですね」

 マユミさんはわかりやすく動揺した。怯えた兎のように、許しを乞う目で僕を見た後、足早に部屋を出ていってしまった。

 近頃では、これだけが僕の楽しみだ。マユミさんは昔から、冷徹や残酷に徹しきれるタイプの人間ではない。努めて僕の前ではそういう風に振る舞ってはいるが、少しばかり罪悪感を刺激してやると、すぐに本質を露呈する。

 それが滑稽で面白くて、ストレス発散に利用させてもらっている。 さて、マユミさんが帰ってくるまで何をしよう。僕は車椅子を器用に動かしながら、マユミさんに対する嫌がらせに頭を捻った。

 いつものように、部屋を全力で荒らしてやるべきか。しかしそれもそろそろ飽きてきた。

 僕はマユミさんの部屋に入り、本棚からアルバムを取り出す。マユミさんの宝物だ。

 ページをめくると、そこは全裸の少年の死体写真でびっしりと埋め尽くされている。

 皆、マユミさんに殺された。正確に言えば殺害したのはマユミさん本人ではないのだが…。

 マユミさんは少年しか愛せない性癖を持っている。もう四十を過ぎるというのに、その性癖は改善どころか、さらに大きな欲望へと進化を遂げているのだ。

 少年しか愛せないマユミさんは、少年に愛されたいのである。だから沢山の少年をさらって、それを強要しようとしたのだ。

 マユミさんが愚かなのは、いちいち少年が逃げないように、足を付け根から切断してしまう事だった。そのせいか少年の精神は決壊し、愛すどころか、単なる心のない人形になって、結果、殺すしか方法がなくなる。

 そんなマユミさんが、最後に手に入れたのが僕だった。足を切断されても、なんら平静でいられる僕を、マユミさんは溺愛している。

 『世界で一番あなたを愛している。だからあなたも世界で一番私を愛して』

 口癖のようにマユミさんは言う。全裸で僕に跨りながら、馬鹿みたいに腰を振って。

 僕はその度に、マユミさんに囁く。

 『僕は世界で一番あなたを憎んでいます。体も心も醜悪極まりないあなたを。あなたは誰からも愛されませんよ』

 マユミさんは泣き喚いて腰を振る。僕は今年で十二歳になるが、一度も射精した事がなかった。多分、これから先もする事はないだろう。マユミさんといる限り、僕が性欲に目覚める事はない。


 朝になって、マユミさんが帰ってきた。疲れた顔をしている。マユミさんは医学に携わる職業に就いているらしいが、恐らく昨晩は大変な手術でもあったのだろう。

 リビングに戻ると、マユミさんが叫び声をあげた。

 テーブルの上に、僕がカッターで切り刻んだ少年の写真が燦々している。

 マユミさんは慌ててそれを拾い集め、パズルを組み合わせるように、修復を試みていた。

 やがて、あまりに細かく刻まれたそれの修復が不可能だと悟ると、一筋の涙を流して、僕に呟いた。

 「どうして…」

 僕は相変わらず無表情に答える。

 「どうしてって、それはこっちのセリフですよ。マユミさんは僕を愛しているんでしょう?だったら他の子供の写真が失われたくらいで、どうしてそんなに悲しむんです?」

 マユミさんは俯き、そのあと立ち上がって部屋に籠もった。

 玄関の前には、マユミさんが僕を逃がさない為に設置した鉄柵の扉がある。どうやら今日、心労の為か、マユミさんは南京錠をかけ忘れたようだ。

 今なら逃げる事が出来る。

 しかし、僕が逃げるのはまだ先の話だ。別に逃げる事はいつでも出来る。どうせなら、マユミさんをもっと壊してから逃げよう。


 さらに一年が過ぎた。僕は本来なら中学に進学する年齢になっている。

 テレビをつけると、去年から引き続き、例の番組で僕の両親が訴えかけていた。

 その後で僕の紹介。成績優秀、周囲からは神童とまで呼ばれていた少年の謎の失踪から四年。いまだに少年の足跡や痕跡は発見されていません。視聴者の皆様からの情報をお待ちしていますー一。

 最後の目撃者として、姉さんの証言がテロップと共に流れる。

 「私が試験を終えて、高校から帰宅すると、弟は友達と遊びに行くと言って家を出たんです。あの時、止めていれば…」

 父さんの胸に泣きつく姉さん。姉さんを抱きしめる父さん。その隣でハンカチに顔を埋める母さん。

 そこでテレビが消える。

 「もう、いいでしょう?忘れて私との生活を楽しみましょうよ」

 マユミさんはこの一年で大分やつれていた。頬がこけ、髪の毛も徐々にだが白が浸食し始めている。

 マユミさんが両親の出演しているテレビを消すのは、僕に見せたくないというより、自分が見たくないからだ。

 まったく、マユミさんという人間は矛盾に満ちている。マユミさんは僕の両親の気持ちをかなりダイレクトに知っているのだ。両親に申し訳ないという気持ちがありながら、それでも僕を手放したくない。僕はまだまだ子供だから、愛という概念について詳しくないが、それはどうやら、人を迷走させるものなんだろうなと悟る。

 「どうして、あなたは私を虐めるの?」

 マユミさんが僕に抱きついてくる。声は掠れていた。

 「私はこんなに、あなたの事を愛しているのに」
 大分マユミさんの体重は軽くなった。拉致監禁されているのは僕なのに、憔悴しているのはマユミさんの方なのだ。

 僕はマユミさんの背中に手を回した。マユミさんの体が僅かに震える。

 「マユミさん、大分小さくなっちゃったんですね。僕が虐めたがらですか?」

 精一杯優しい声で、僕はマユミさんの耳元に囁く。

 マユミさんはそんな僕の声に驚いて、僕の肩を掴み、顔を覗きこんできた。その表情は明らかに困惑している。

 「こんな事をされて、僕があなたを憎むのは当然だと思いませんか?僕はあなたに色んなものを奪われた。両親と過ごす生活も、歩くという行動さえも。だから、僕もあなたから何かを奪いたかった。そんな想いが、僕があなたを虐める動機に繋がってしまったんです」

 マユミさんの目から、止めどない涙がこぼれ落ちる。僕はマユミさんの頭を、赤ん坊をあやすように撫でてやった。

 「でもね、最近、マユミさんが痩せ細っていくのを見ると、変な気持ちになるんです。マユミさんを憎んでいる筈なのに、なんだかとても申し訳ないっていうか、可哀相っていうか、そういう気持ちに。何ででしょう、もしかしたら、一緒に生活している内に、僕もマユミさんの事を愛してしまったのかもしれませんね」

 マユミさんはわんわん泣いた。赤ん坊のようにというより、それはもう赤ん坊だった。

 「ごめんね、ごめんね…」

 マユミさんは恐らく、僕だけではなく、自分が殺してしまった少年達に対しても謝罪しているんだと思った。

 「もう、いいんですよ」

 僕はマユミさんを強く抱き締める。

 「愛しています。マユミさん」

 マユミさんもキツく僕を抱き締める。その後で、僕に唇を重ね、舌を絡めてきた。やはり興奮は微塵にもしなかったが、ひとまず僕も舌を器用に動かしてみる。

 マユミさんは耐えきれず、全裸になって、僕の股間に跨った。僕は勃起もしていないのに、勝手に腰を動かして、勝手にマユミさんは果てて、床で息を乱していた。


 「あなたを、ご両親にお返しして、私、自首する事にしたわ」

 次の日の朝、マユミさんが僕に言った。

 「死刑は免れないだろうけど、もういいの。何よりも大切なものを、あなたから貰ったから、命なんて惜しくないわ」

 マユミさんはキッチンで朝食を作っている。つまり、僕からマユミさんは見えない。それでも、マユミさんが泣いているのは解った。

 まったく、大人の癖によく泣く女だなと僕は思う。

 「あなたには何をしても償いきれないほど、大変な事をしてしまったと思ってる。本当にごめんなさい。だけど、最後に一つだけワガママ聞いてくれないかしら?」

 「何ですか?」

 「一日だけ、外でデートして欲しいの。わた、し、の、最後の、思い、出に…」

 泣き崩れていくマユミさん。

 「いいですよ」

 と僕は答える。

 「ありがとう」

 消え入りそうに小さな声で、マユミさんは言った。


 潮の香りが心地よい。四年ぶりの外の日差しが眩しかった。マンションは道路に即して建っており、道路の向こうにはもう海があった。

 マユミさんはお洒落をしていた。今までほとんどしなかった化粧をしっかりと顔に施して、毛皮のコートに身を包み、高級ブランドのバッグを腕に提げている。

 僕はマユミさんに車椅子を押されながら、四年振りの景色を存分に堪能していた。

 横断歩道で歩みを止める。赤信号。

 トラックが彼方から猛スピードで走ってきた。

 僕は唐突に車椅子の車輪を漕ぎ始める。横断歩道の真ん中で止まる。

 マユミさんの叫び声。

 僕の背中に衝撃。マユミさんに突き飛ばされた。そのまま海の方向へ。柵にぶつかって止まる。背後で鈍い音がしたー一。


 マユミさんの元へ車椅子を漕いだ。

 マユミさんー一両手両足がおかしな方向に曲がっていた。側頭部が欠損して脳みそが垣間見えた。血溜まりの中心で息を切らしていた。

 辛うじて、マユミさんは生きていた。

 よかったと、僕は思う。

 「大、丈、夫?」

 マユミさんの言葉に僕は頷く。

 「よよよかかた」

 最後の力を振り絞り、マユミさんが顔の筋肉を動かして、笑顔を作ろうとしている。

 「ああ、あい、あいし、て、てる、わ」

 僕はさらにマユミさんに近寄った。

 「ありがとう。だけどマユミさん、僕が本当にあなたの事を愛しているとでも思ったんですか?」

 マユミさんの表情ーー引きつろうとしていた。しかし、もはや引きつるだけの力がマユミさんには残っていなかった。笑顔と引きつるの中間で、マユミさんの表情は極めて不気味なものに変わった。

 「そんな訳ないでしょう。あなたって、本当に馬鹿なんですね」

 「ななな、ぜぜ」

 「最後のお洒落お疲れ様。ばばあがアホみたいな格好するんで、吹き出しそうでしたよ」

 僕に久しぶりに表情が戻ってきた。そう。僕は笑っている。

 「バイバイ、マユミさん」

 マユミさんの意識が跳ぶのと、僕がマユミさんの頭を車輪で引き潰すのは、どっちが先だったか解らない。



 「もしもし」

 「マユミおばさん?」

 「違うよ、僕だ」

 「…あんた、生きてたの?」

 「よく言うよ。マユミさんの代わりに、何人も殺してきた張本人のくせしてさ」

 「…マユミおばさんは?」

 「死んだよ」

 「あんたが殺したのね」

 「さぁね」

 「…あのおばさん、本当に使えないんだから」

 「だったら何でマユミさんの手伝いなんかしたんだい?」

 「交換条件よ。おばさんがあんたに惚れてたのは最初から知ってたから、私は最初からあんたをさらえって言ってたんだけど、あの人、変なとこに拘るから、近親相姦は駄目だって」

 受話器の向こうで舌打ちが聞こえた。

 「だから、何人か他のガキさらって、全員駄目だったら最後にはあんたをきちんと閉じ込めるって条件で、私はおばさんを手伝っていたわけ」

 「ふぅん。随分と回りくどい事をするね」

 「当たり前じゃない。本当は私があんたを殺したいとこだけど、そんな事がもしバレでもしたら、天才って呼ばれてるあんたに、誰よりも期待していた父さんは、私を許してくれないわ」

 僕は思わず、吹き出した。

 「あんな禿頭のどこがそんなにいいのさ?」

 「あんたにあの人の魅力なんかわかりやしない。私の愛を邪魔しないで。あんたさえいなきゃ、父さんは私だけを見てくれるんだから」

 「それは残念だったね。僕は今から家へ帰るよ」

 「帰ってきたら、今度こそ私の手であんたを殺すわ」

 「退屈せずに済みそうだね。楽しみにしてるよ、姉さん」

 通話が絶たれた。

 子供しか愛せないマユミさんと、父親しか愛せない姉さん。

 愛なんてろくなもんじゃないな、と僕は思い、マユミさんの携帯を海に放り投げた。

 足を失ったが、姉さん程度と張り合う分には、適度なハンデになりそうだ。














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