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短編集

この素晴らしき異世界への転生

作者: 枝鳥

 物心ついた頃に思い出し、気が付いた。

 地球の日本で男子高校生だった俺は転生したんだと。


 貧しくはないけれど質素な村の生活。

 村の外には危険な獣がいるから、子供が村の外へ出る事は禁じられていた。

 村には、大人の背よりも高い石垣がグルリと囲んでいる。

 村人たちは純朴で、穏やかな変わり映えのしない日常が流れている。

 春に小麦を植え、野菜の苗を植え、夏から秋に収穫する。

 秋には採れた野菜や家畜を使っての保存食作りに追われる。

 冬になると農具の手入れをし、繕い物や木工に精を出す。

 最初は中世に転生したのかとも思ったけれど、魔法があるということを知ってここは異世界なんだと確信した。


 5歳になると、村の子供たちは村長の家に集められて、簡単な読み書きとこの世界の歴史を習う。

 歴史と言ってもほとんど神話のようなものだ。


 この世界は神が大きな板のような大地を海の中に作り、海は果てまで行くと下へと落ちていく。

 何もない大地を照らすために太陽を巡らせ、太陽を休ませるために夜には月と星を巡らせた。

 神はヒトを創り、獣を創った。

 しかしヒトはあまりにもか弱かった。

 か弱きヒトを守るために、精霊達を遣わした。

 精霊達はヒトに力を貸して、それが魔法となった。

 人々は、神と精霊達を祀り生きている。


 前世、地球で読んだファンタジー小説でありがちな神話だった。

 しかし、魔法は興味がある。

 この世界の人々は、火が起こる原理を知らない。

 火が燃えるのに酸素と燃料が必要だという事すらわかっていない。火は火の精霊に願って与えられるものとしか思っていない。

 8歳になれば魔法を教えてもらえる。というか、8歳に魔法の封印を解いてもらえるまで魔法は一切使えない。産まれてすぐに、暴発を防ぐために理性がしっかりとするまで封印をされるからだ。

 幼いうちから魔力を使い切ることでより強大な魔力を得ること、通称成長魔力チートは諦めざるを得なかった。


 8歳になった。

 俺には魔法が一切使えなかった。

 どうしてだ!?

 もしかして、俺が転生者だからなのか?


 焦っても、一度も魔法は発動しなかった。

 村人たちからは、憐れまれるようになった。

 それまでは、村の子供の誰よりも早く文字を覚え、誰よりも早く計算ができる神童として扱われていたのに!


 どことなくぎこちなくなった村の空気の中で、俺は焦っていた。

 別に、酷い罵りを受けた訳じゃない。

 みんなが俺を気遣っていることがわかり、それが居た堪れなかった。


 俺は、こんな田舎の冴えない村で終わる人間なんかじゃない!!!!!


 そうだ!

 ノーフォーク農法!

 産業革命で画期的に収穫量が増加したはずだ!

 魔法が使えなくても、俺には知識チートがある!!


 必死になって親父を説得した。

 しかし、親父は一切理解してくれない。

 ただ首を横に振って「それは認められない」と繰り返すだけだ。

 母親も、「ずっとこの方法と定められてきたからね。魔法なんてできなくてもいいじゃない。一所懸命に生きていけばいいのよ」なんて下手な慰めしか言わない。

 こんな愚鈍な両親の元に産まれてしまうなんて!


 隣家も、そのまた隣家も。

 村中の人を説得しようとしたが、誰一人賛同の言葉はなかった。

 誰も理解できないんだ。


 そして、ある日。

 王都にある神殿から若い神官がやって来た。

「この子はこの村では生きづらいでしょう。神殿預かりといたします」

 親父と母親が泣き崩れたが、俺は有頂天だった。

 やはり王都に住むような知識人なら俺の知識の重要性がわかるんだ!!

 そりゃ、育ててもらった恩はある。

 だから王都で有名になったら両親に恩返しをしよう。今まではわかってもらえなかったけど、将来は立派になって村も大きくしてやろうと心に誓って、俺は王都へと旅立った。


 旅は順調にすすんだ。

 若い神官は、俺の話をニコニコと聞いてくれる。

 俺は神官に手を引かれ、王都の立派な門を潜り、石造りの神殿へと辿り着いた。


 すぐに神殿の最奥にある神官長の部屋へと通された。

 神官長は、意外なことにまだ40歳位で、貫禄があるわけでもなく、ただの気の良さそうおじさんだった。


「やあ、よく来たね。旅はどうだったかい。

 疲れてはいないかい?

 もし疲れているなら、明日話してもかまわないよ」


 本当に予想外過ぎるくらい、腰の低い人だった。


「大丈夫です。

 俺……僕は、もっと村を豊かにするための方法を知ってるんです!

 だけど、村じゃ誰も信じてくれなくて」

「うんうん。そうだったんだね」


 俺は必死にノーフォーク農法を説明する。

 一息ついたところで、神官長が口を開いた。


「それで、君は、収穫量を今より増やしてどうしたいんだい?」

「今より増えれば、人ももっと増やすことができて豊かな暮らしができます!」

「そうか。ところで、君は魔法は使えるかい?」


 突然の質問に、俺は俯いて首を横に振った。


「そうかね。やはり使えないのだね。

 ああ、別に責めている訳じゃないからね。

 じゃあ、ちょっと儀式の間に行ってみるかい」

 そう言うと神官長は俺の手を引いて歩き出した。



 儀式の間は円形の部屋で、思っていたよりもずっと狭かった。

 小学校の教室よりもやや狭いくらいか。


「ああ、ここに来るのも久し振りだねえ」


 そう言うと、神官長はカチリとスイッチの様な物を押した。

 すると。

 ゆっくりと天井が二つに開いて、空が見える仕掛けになっていた。


「さあ、ここの中央に一緒に行ってくれるかい?

 痛いことも傷付くこともないよ。

 もちろん私も一緒だから安心してくれればいい」


 内心の怯えを見透かした様な神官長の言葉に意地が勝って、俺は部屋の中央に立った。



「風の精霊よ、安全なる囲いを。そして宙へ」


 神官長の言葉と共に、俺たちは風で出来た球に包まれゆっくりと上昇を始めた。



「この世界は広い板の上にあることは、学校で習ったかい?」

「はい、だけど本当は世界は球状で、太陽も世界の周りを廻るんじゃなくて、本当は太陽の周りを世界が廻っているんです!」

「じゃあそれを確認してみようか」


 神官長は驚いた様子もなく、世界を見下ろした。

 上昇する風の球。


 そして。

 世界は。


 

「え……なんで…………」



 水平の海に浮かぶ大地。

 その端からは海水がどこかへと落ち続けている。



 気がつくと俺は地上に戻っていた。


「君は、何故火が燃えるのか知っているかい?」


 神官長が優しく問う。


「燃料が、酸素を使って燃焼するから……」

「うん、地球ではそうだったね」

「!?」


 神官長の口から出た地球という言葉に俺は目を見開いた。

 どうして地球のことを知っているんだ!?


「ここではね、火の精霊が力を貸してくれるから火が燃えるんだよ。

 酸素が必要ならば、風の精霊も必要になってしまうだろ?」

「でも!学校でそうやって習ったから!!」


 俺が必死に言い募ると、神官長は優しく微笑んだ。


「うん。地球の科学ではそうだったね。

 でもね、ここは異世界なんだよ。

 だって、地球には精霊も魔法もいなかったよね?

 それが、地球のルール。

 ここには、ここのルールがあるんだ。

 ここの大地は丸くない。けれど、リンゴは地面に落ちる。

 ほら、万有引力だって地球と違う」


 神官長は優しく俺の頭を撫でた。


「君が魔法を使えない理由もそれだよ。

 君は、異世界なのに地球のルールでいようとして、心から精霊に願っていないからだよ。

 ほら、一緒に精霊にお願いしてみよう」


 神官長は優しく俺の手を取った。

 俺も、初めて心から精霊にお願いをする。

 すると。

 ぽう、と手のひらの上に明かりが灯った。




 それから、神官長とたくさんの話をした。

 まずは、神官長も地球からの転生者だっていうこと。

 時々、この世界には転生者が産まれるらしい。

 だから、みんなノーフォーク農法だってもっと便利な科学だって知ってること。

 だけど、この世界は限りがあって、それは地球よりもずっと小さいってこと。

 宇宙もないから、宇宙開発で資源を探しに行くこともできないこと。

 そもそも、開発を進めると精霊が減ってしまうこと。

 神官長は微笑みながら言った。


「開発を進めて、その先には何があると思う?」



 きっと。

 精霊はいなくなる。

 資源もなくなる。

 人は生きていけなくなる。


 俺が出したその答えに、神官長は微笑みを大きくした。




 思えば、村で飢えたことなんて一度もなかった。

 日が昇る前から夜中まで働く大人なんていなかった。

 日のある間だけ、無理をせずに働く。

 できた収穫物を食べる。

 出来がいいと家族から褒められる。

 たまに欲しいものがあれば、行商人に言っておけば次の行商で冬の間に作った物と交換してもらえた。







 あれから10年が経った。

 たまに村に帰ると、今でも子供の頃の話で揶揄われる。

 俺はそれに苦笑する。

 俺は今、神官長の元で働いている。

 俺や神官長の様に地球から転生した人を、一人でも多く導きたいと思って。


 穏やかな異世界、この素晴らしき世界で。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、理が違うというのは十分ありえる話だな。
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