第62話 続・変化するものしないもの
「余計な事しなくていい」
不機嫌そうな表情を隠す事無く、衣緒が答えた。
約束の日曜日。太陽はすでに真上に上がり、まだ少し夏の名残を思わせる日差しで、遊園地の入り口で待つ俺達を照りつけていた。
「駄目ですよ?皆様の厚意を無駄にしては」
まるで、駄々っ子を叱りつけるかのような口調で、隣に立つ汐が膨れ面の衣緒を嗜める。
そんな汐に不満があるのだろう。衣緒は膨れ面を更に膨らませて、不機嫌そうに視線を逸らす。
元々、身長が低く、実年齢よりも幼く見える衣緒だ。その姿は、何処から見てもお子様に見えてしまうのも、致し方ないことだと思う。
「あによ?」
「なんでも」
そんな、俺の視線に気づいたのか。ジト目のまま、睨みを効かせてこちらへ視線を送る。
まさか俺の思考内容までは理解してはいないだろうが、そういった感情には酷く敏感である。こうやって、素知らぬ顔で、とぼけるのが一番だ。
「子供っぽいから、呆れていらっしゃるそうですよ?」
「ふしゃーーーーー!!」
「おぉ!?」
汐が発射した爆弾は、見事なまでに、衣緒の堪忍袋を破壊したらしい。
そのうして数日間、この姉妹と寝食を共にして気づいた事がある。それは、2人の不思議な関係だ。
本来は、まったく逆の立場に居たはずの2人。この場に存在する、今は汐として存在し、元は衣緒と呼ばれたはずの少女と、今は衣緒として存在し、元は汐と呼ばれた少女。
互いに、お嬢様とその使用人である事には変わりは無いが、逆になれば多少なりとも違和感があっても変ではないだろう。
だが、この2人にはそれがあまりにも少ない。あたかも、この関係が本来正しいはずの関係であったかのような……そんな不思議な関係。それが、今の2人だった。
違和感があるとすれば、それは―
「…………」
「なんでしょうか?衣緒様」
衣緒自身が、その立場に不満を抱いているような言動があるということ。そして、それを気づいていながらも、わざとはぐらかす汐の言動。
互いの真意など、所詮余所者である俺が理解出来るはずも無く。勿論、そうである以上、悪戯に首を突っ込んでいいものかどうかも判断しかねる。ただただ、傍観者に徹する以外手段が無いのが実情である。
更に言うならば、俺は俺で懸案事項を抱えているのだからどうしようもない。
その懸案事項というのは、七瀬姉妹同様に他でもない−
「さて。どうするおつもりですか?」
なぜか機嫌が悪い翔との関係改善である。
七瀬家で数日間過ごした後、会ってみれば不機嫌そうな表情を浮かべる翔がいたという理解不能な事実。
とはいえ、特別怒らせる言動をした記憶がない以上、謝ることも出来ないでいるのが、現在の俺。
そして、それを更に困難とさせている幾つかの要因も、ここで紹介しよう。
「ん?何?」
「どうしてここに霧島京一がいるの?」
「まぁ別にいいじゃんか」
あからさまに嫌な顔をする俺に対して、満面の笑みで言い返してくる辺りは、さすがといったところだろうか。
だが、海の一件以来、この輪に霧島が加わる事が多くなった。
それに、以前にはよくあった、作り笑いは薄れたかのように思える。事実、雰囲気が柔らかくなったと女子の間では評判だ。
「倦怠期ですね」
「うっそ!?二人はそういう関係!?」
「が、頑張って下さい……!」
「うん。いつも通りだね。三人とも」
薫の一言から始まり、翼、綾奈の三者三様のリアクションに、げんなりした表情を浮かべて、曖昧に返事を返す。
「馬鹿兄とはいえ、女性を見る目だけは確かだったようですから」
藍璃が苦笑しながらも、微笑ましそうにその様子を眺めている。
「確かに。そのおかげで、俺も優ちゃんとお知り合いになれたからな」
そして、その横には吉良の姿。
「優さんは、たとえ変態で一言そいつに言うなら『死ねばいいのに』と、願っちゃうぐらいの相手にでも優し過ぎます」
「あっはっはっはっ。藍璃ちゃん、やけに具体的に表現するね」
「むしろ死ね」
「俺に対して、願いどころか命令形で口に出してる!?」
この二人のやり取りも、藍璃が同じ高校に通うようになってから多くなったのは、ご愛嬌といったところだろうか。
「どうしてこうも大所帯になるんだ……?」
そんな、各々のいつも通りの行動を流し見て、俺は深く溜息をついた。
女になってというもの、必ずと言っていいほど、多人数での行動が多くなっている。
勿論、それはある程度のミスも、誤魔化せる状態であるということなので、ありがたくもある。
だが。このメンバーであるからこそ、誤魔化せない事もあるということを、是非一度、皆に考慮して頂きたい。
「……ねぇ。あれって」
「うそ!?どうして!?」
その懸案事項が、上野動物園のパンダの如く、目を輝かせながら俺達の周囲に集まりつつある。
「気づかれましたね」
その様子を逸早く察し、薫が、落ち着き払った表情で俺の隣へと歩み寄る。そして、『如何致しますか?』と、無言ながらも問う視線に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「……逃げよっか」
それが俺達らしいだろう、と。笑う俺に、薫はその返答は想像通りだと言わんばかりに、満足気にほんの少し微笑むのだった。
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それでは〜。如月コウでした(礼)
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