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本から始まる

本を読む君の話

作者: 白樺セツ

前回の「本の上で見た夢」は依頼で書いたものです。

こちらは「全身痒くなるのを超えてとびっきりの土下座したくなるほどの糖度」を目指し、その後勝手に書いてしまったものです。連載にはしないと思います。たぶん。

この話を先に読んでもストーリーに差し支えはありませんが、私個人としては「本の上で見た夢」を先に読むことをお勧め致します。

ぴたりと目が合うと、あの子はすぐにそっぽを向いた。


またか。これで何回目だろう。


そのままそっぽを向いて教室の窓の方を見続けた彼女は、案の定教師に当てられた。

上手く答えられず注意され、何人かのクラスメイトたちがくすくす笑った。

すみません、とか細い声で言い、恥ずかしそうに座った彼女の耳は真っ赤だった。


本当に、分かりやすい。


教科書を片手に朗読する教師の声が静かな教室内で響く。

というのは、寝ている生徒が大半だからだ。

起きているのは至って真面目な生徒ばかり。

ふと、あの子の鞄からはみ出した本の角を見つけた。

分厚い本で題名はうかがえない。もっとも、彼女の席から遠く後ろにあるここからでは文字は読めないだろうが。


あれは、以前読んでいた本だろうか。


本を熟読しているかと思いきやこっくりこっくりと船を漕いでいた彼女に、自分は声を掛けたことがある。

でも彼女はもう半分夢の中にいたようで、あまりたくさんは話せなかった。

その代わり、読んでいたその本の物語を彼女がいかに好んでいるかが理解できた。

ふっくらした白い肌にえくぼが浮かんだのをよく覚えている。


この前。珍しくいつもより早く登校した時。

自分の席に上着が綺麗に畳まれて置かれていた。

しかも取れかかっていたボタンが縫い直されており、ポケットには失くしたと思っていた図書カードが入っていた。


届け主であろう彼女の席には鞄だけがあり、HRが始まるまでその姿は見えなかった。

図書カードを忘れていたのはわざとではないが、彼女があの時、あの図書館での出来事を覚えているとしたら。


学校のチャイムが生徒達の眠気を吹き飛ばした。

先程まで幸せそうにぐーすか寝ていた奴らが早々に帰り支度を始める。

それに笑いながら突っ込む教師。

教室内を満たした柔らかい解放感の中、彼女は一人だけ焦った表情をして帰り支度をし、それが終わると鞄の中にあったあの分厚い本を読み始めた。


終礼の直前まで読み、終礼が終わればすぐに教室の外へと飛び出した。

そしてすっ転んだ。

ちゃんと閉めていなかった鞄から可愛らしい小物がいくつか零れた。


家路へと向かう生徒のざわめきが数秒静かになるが、すぐにまた騒がしくなった。

慌てて荷物をまとめ直した彼女に、何気なく「大丈夫?」と声を掛けて手を差し出した。

彼女は驚いたようにこちらの顔を凝視したが、すぐに目線を逸らした。

しかし差し出された手をそろそろと取った。

立ちあがった彼女の膝小僧に、赤いそれを見つけた。


「保健室行こう」


「えっ」


戸惑う彼女の小さな声を無視してそのまま前へ歩みだす。

少し遅れて、軽い足音が続いた。


「それ、何の本?」


鞄からはみ出したそれを指差して聞く。

聞かずとも分かるが、まあ、それはそれだ。


「……妖精の、本」


「どんな話?」


「妖精が出てきて、女の子が、頑張るの」


そう言う彼女の声の調子が少し落ち込んだ。

きっと忘れられているとでも思っているに違いない。

彼女に気付かれないように、少し笑った。


「分厚い本だよね。俺なら読めないよ。すごいね」


「そんなこと……私、読むのすごく遅いから、まだ半分も読めてないし」


「別にいいじゃん。遅くても」


「よ、よくない!」


突然大人しかった彼女の口調が強くなった。

だがすぐに我に帰ったように、恥ずかしそうに小声で言う。


「よくないの。その、前にこの本のことを話した人にまた話を聞かせてくれって言われたから、早く読まなくちゃ……」


その人にこの本のことを話すことができない、か。

顔が真っ赤になっているのに気が付いているのかいないのか。

彼女はまだ続ける。


「本当は、一日で読んでしまおうとしたの。でも出来なくて……すごく、時間が経っているけど……でも」

「そっか。分かった」


はっと顔を上げる彼女の前で、コンコン、と目の前にある保健室のドアを叩いた。

中から保険医のどうぞ、と言う声。

彼女の為にドアを開けてやる。


「それじゃ、待ってるから」


呆気にとられたような表情の後。

「あ、有難う」というこれまた小さくか細い声が耳に届いた。

ガララとドアが閉まる。


彼女は、この前俺が最後に言った言葉を覚えていないのだろうか。

別にあの本のことを聞きたいわけではないのだ。


あの日から、あの分厚くて重そうな本を彼女は持ち歩いている。

きっと家でも読んでいるのだろう。

妖精と女の子が出てくる物語を。

本当に……一体何故あんなにまで必死に読むのだろうか。

全く分からない。


だから、待つことにした。

彼女があの本を読み終わるまで、根気よく。

読み終わったら、何故そこまで必死だったのかを聞いてみよう。

一から十まで全部。きっちりと聞き漏らしが無いように。

あやふやに言った部分も問い詰めて。

たぶん、また真っ赤になるんだろうな。もしかしたら泣いてしまうかも。


ああ、でも。

我慢できなくなったら読み終わっていなくても聞いてしまおう。


君の話を、最後まで。


「全身痒くなるのを超えてとびっきりの土下座したくなるほどの糖度」を一応目指しました。

もっと、こう、攻めぎみに書いちまえと思ったのですが……痒さに負けて自重しました。

そして書き終わった後に思わず自嘲しました。

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