一枚の写真
自然豊かな農村の風景、ふとあてもなく旅に出た。
小さな旅行バッグを持って、デジカメを片手に、のどかな景色に出会いに。
都会の雑踏に散々打ちのめされ、辞表を突きつけて東京駅を、二日前に出て来た。
彩乃は彼にも愛想を尽かし、今、孤独の真只中。
それなりの大学を出て、希望にあふれて、それなりの上場会社に就職。
生まれは、北海道知床の斜里町。
親の仕送りと家庭教師のアルバイトで、何とか卒業。
一般事務とは少し違う、コンピューターのプログラミングと、
パソコン初心者にパソコン教室を開くこともあった。
今、この土の道をのんびり歩く。一歩一歩、歩く足が、
とても人間らしい気持ちにさせてくれる。
競争社会・・、恋人に裏切られ泣きはらした夜、大都会・・、眠らぬ夜、
おのれの心も眠れない。
今夜はあえて古民家に泊まれるように、飛び込みで頼んでみようと思う。
彩乃は上京中に、突然の災害で一瞬にして両親を亡くしてしまった。
その悲しみの後、今度は彼の浮気で打ち沈み、結局彼との別れ。
そして仕事も些細な事から上司と意見がぶつかり、なぜか辞表を提出して、
逃げるようにやめてしまった。
今はまるで一人ぼっち、そんな彼女を慰めてくれる、やさしい黄色の花に囲まれ、
茶色の土を踏みしめ、青空に見つめられ、少しは慰められている。
時折、一陣の風が、ふぅーっと懐かしい香りを運んでくれる。
きっと明日には、明日にはもっと明るい顔、そう、笑顔になれるだろう。
優しいお母さんや、お父さんに会えるだろう。
彩乃を優しく見つめてくれるだろう。
のんびり歩いていると、これから耕しに行くのだろうか、小型トラクターが、
前方からゴトゴト、ガラガラ、ゆっくりと近づいて来た。
運転しているのは老人かと思っていたら、何と若い男、
少し意表を突かれた感じ、それに意外といけている。
彩乃、なぜかどきりと、心が乱れる。
通りすがりに軽く会釈され、なおさらドギマギしてしまった。
“なぜ、彩乃ドギマギするの、相手は何も思っていないわ!”
“それに、もう男はこりごりのはずでしょ!“
“あんなに愛したのに! あんなに尽くしたのに!”
“お馬鹿さん、な、彩乃! もう忘れたの、捨てられた事を!”
“でも、あんなに愛してくれたよ! あんなに深く、深く!”
“そう、彩乃を見つめて優しいくちづけ!”
“きつく、きつく抱きしめて、そのままベッドへ”
“でも、もうあいつはいない、別の女のところへ”
“そうよ、もう、やめさい、男なんて・・・、惨めになるわ!”
また一陣の風が・・・、そして、甘い蜜の香りが黄色い花から
目線を遠くに・・・そこには黄色の花たちの、少し上に青空が、
大きく息を吸うと、とってもおいしい空気が・・・
あー、おいしい。
青く透き通ったおいしい、空気が私の体の中にしみ込んでいく・・・・
振り返ると、かすかに先ほどのトラクターが見える。
もう若者なのか、老人なのか、わからない。
彩乃、心が落ち着いて生き返ったみたい。
もう、帰ろう、帰ろう
北海道へ、知床へ、斜里へ、
そう、あの魚の臭いの町へ、ふるさとへ・・・
夕日の綺麗な宇登呂岬、斜里港の海へ・・・
浅見 希
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