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心残り
作:俊衛門


 何か引っかかる……家を出てからずっと、俺は妙な『心残り』を感じていた。そしてこういうとき、大抵何かを忘れているのだ。


 自慢じゃないが、俺は忘れっぽい。小学校のころは教科書や宿題を忘れてよく教師に叱られ、中学のころは部活の合宿で、あろうことか一番大事なスパイクを忘れてしまうという失態を犯したこともある。
 この忘れっぽい性格はとどまるところを知らないらしくて、この間はバイトの面接に履歴書を忘れてしまった。さすがにそのときはへこんだね。しかし、そこで俺はある法則に気づくこととなった。
 俺が忘れ物をして、そのまま家を出たときに感じていたある違和感――後ろ髪を引かれるような、何かよくわからない残尿感……そう、何かわからない『心残り』がある。
 合宿のときにスパイクを忘れたときもそうだ。家を出た瞬間、何か心に引っかかるものがあった。胸の真ん中に穴が開き、その穴に風が入り込むような、そんな『心残り』を感じたものだ。今思えば、そのとき家に引き返せばまだ間に合ったろうに……まあ過ぎたこといってもしょうがない。
 とにかくだ。この、家を出たときに感じる『心残り』こそ、俺が何かを忘れたというサインに他ならない。17にして初めてその法則に気がついた俺は、もっと早く気づかなかった自分を呪うとともにその教訓を生かすことにした。
 この正体不明の『心残り』は、神が俺に啓示を示してくれているのだ。二度と忘れ物をしないように。

 さて、いままでいろんな失敗をやらかしていた俺だが今日ばかりは失敗は許されない。
 人生初の、人生初による、人生初のための、初デート(なんのこっちゃ)。まあつまりあれだ。この俺にもついに春がめぐってきて、今日は彼女と二人で映画に行く予定である。
 まず予定通り、朝の6時に起床。ちなみに集合は10時。
 次にシャワーを浴びる。3回ほど。
 服は、わざわざ渋谷の1●9まで足を運んでン万掛けて選んだ勝負服。
 チケット持って。
 ハンカチ持って。
 体中に「激烈! 男の魅力」とかなんたらいう香水を振り掛けて戦闘準備完了。

集合場所には、「ごめ〜ん、待った?」なんていうベタな台詞を吐きつつ登場。で、「ううん、私も今来たところ……」なんて返して……


 なんてことを考えていてボーっとしていたのだろう。
 階段を下りようと足を踏み出したその先の、段が

 消えた。



 ……あ、いってえ。くそ馬鹿だな、俺。いい年こいて階段を踏み外して転落だなんて。初デートに浮かれて、自分が浮いてちゃ世話ねえよ。
 っと、いかんいかん。早くしないと俺の完璧プランが破綻してしまう。急がなければ遅れてしまう。ちなみに、現在8時45分。

 お気に入りのスニーカーに足を突っ込み、玄関の扉を開けていざ鎌倉へ。


……おかしい準備は万端なはずだ。もう一度持ち物を、路上でチェック。うん、問題ない。すべて整っているはず。忘れ物は絶対、ない。

はずなのに、なんだろう、この何かやり残した、どこか充足に足らない……この、『心残り』は。

 約束の場所に、彼女がいた。よしよし、時間もぴったりだ。それでは練習通りに。
 「ごめ〜ん、まっ……」
 「和君、どうしたのかな?」
 え? 聞こえなかったのかな。もう一度。
 「ごめ……」
 「時間になってもこないし、携帯も通じないし」
 いやいや携帯鳴ってないし、ここにいるから。もしかしてあれか? なんか俺嫌われるようなこと――
 っと、そのとき彼女の携帯が鳴った。いや、俺じゃないよ。
 「はい、もしもし……」
 何話してるんだろう。っていうか早くこっちに気づけ……
 「え……うそ」
 電話口の相手が、何か告げた瞬間。
 彼女の顔が、青ざめた。
 「ちょっとちょっと〜どうしたのさ〜」
 って俺が言うのが聞こえないのか、彼女は硬直している。

硬直したまま、携帯を落としてしまった。

 


 とある火葬場で、俺の体が焼かれている。
 親父とお袋、そして彼女も一緒に泣いていた。


 どうやら、出発時に階段から足を滑らせた際俺は頭を打って死んでしまったようだ。だから彼女は気づかなかったんだな。だって俺、幽霊だし。

 「なるほどな〜」
 あのときの『心残り』はこれだったんだ。チケットでも、ハンカチでもなく俺が忘れてしまったのは俺の「体」。
 まさか、いくら忘れっぽいとはいえ自分の体を忘れてしまうとは……こりゃ相当の『心残り』だ。


どうにも駆け足になってしまって申し訳ないです。苦情等ございましたら感想欄にでも(笑)













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