8月10日。
私は婚約者の亮介をつれて実家へ戻ってきた。
亮介とは大学で知り合って、付き合い始めて7年になるだろうか。
2人とも今では立派な社会人として勤めて、今年の10月結婚式を控えている。すこし早めのお盆休みに私の実家を訪ねようと言い出したのは亮介だった。
「だって絢子の両親とはゆっくり話したことないしな」
私の実家はとても小さい街で、私は高校生までそこで過ごした。卒業後、上京してからはサークルやバイト、そして亮介との時間を過ごすためにほとんど帰ってこなかった。だから25歳になった今、そんなことを考えると無償になつかしく、うれしく思うのだった。
「さぁさぁ、よく来たわねぇ。ホント田舎は遠くて疲れたでしょ。母さん張り切ってご馳走用意したんだからぁ。父さんもソワソワしちゃってね」
私には姉がいるがすでに嫁いで家にはいない。結局私も嫁ぐことになったが、「絢子がイイなら」と両親は快く認めてくれた。
「父さん、息子ができるからうれしいのよ」
少し緊張気味の亮介の顔がフッととけた。私は7年間ずっとこの横顔を見続けてきた。そしてこれからもずっと見続けていく。
私はこの夏が終わったら亮介と結婚する。
「絢子、今日7時から花火大会あるのよ。亮介さんと行ってらっしゃい」
8月10日。
この夜は昔から、街を流れる川沿いで花火大会が催される。
小さい頃からのこの街の夏の一大イベントだった。
一瞬にして私の胸に蘇えったのは、あの夏の花火と、そして彼のコトだった。
この街に小学校は1つしかない。一学年一クラス。だからみんな仲良しで楽しかった。
さらに今日は夏休みを迎える終業式。楽しくて楽しくて。
「みんな夏休みはラジオ体操へ行って、宿題して、お手伝いして、それから元気に遊びましょう! 休み明けには日焼大会もあるから、真っ黒になって元気に登校しましょうね」
担任の先生がそう言うと、ガキ大将の圭太が口をはさんだ。
「先生っ! 向井と絢子はもう日焼けして真っ黒だ!」
みんなが笑った。
「うっせー圭太!!」
反抗したのは向井夏だった。
私も圭太に文句のひとつでも言ってやりたかったのだが・・・
実際日焼けしてたのは本当。私はすっごくおてんばで、男の子達にまざっては野球をしたり、暑い日には河原で泳ぎ、山へ行っては探検ゴッコをして、女の子らしいトコなんて1つもない。だから周りの娘に比べたら確かに黒かったわけだ。
学校の帰り道はいつものメンバーだった。
私、圭太、夏、哲也、周一、今日子・・・ いつもの6人。
「なぁ、10日の花火いくだろっ」
圭太が言った。これはもちろん『みんなで行くぞ!』っていうこと。
「10日の花火ってなに?」
「そっか、向井は冬に転校して来たんだもんな」
向井夏は5年生の冬に東京からやってきた。
最初は「東京者」としてうちとけずにいたが、圭太と殴り合いのケンカをしてからというものすっかり仲良くなってしまった。今ではガキ大将の圭太を呼び捨てにするのは夏と私だけだ。
ガキ大将の圭太、その親友の夏、女のガキ大将が私絢子、頭のいい哲也、やさしい周一、女の子らしい今日子。
「8月10日に川沿で花火大会があるの! すっっごい大きい花火があがるんだよぉ。たこ焼きやボンボンのお店もでるんだからー!」
花火大会は夏休みの大イベントだった。盆踊りよりも映写会よりも楽しみにしていたメィンイベントだった。
私は何だか早く夏にあの花火を見せてやりたかった。
顔を思いっきり上げて夜空を見ると、大きくて綺麗な花が咲く。あの大きな音が胸を震わす。
ドキドキする・・・
こんな小さな街だけど、あの夜だけはどこにだって負けない気がした。私達の誇りだった。
8月にはいると毎日カレンダーをながめていた。
8月8日、雨が降った。
「雨やまないかなぁ〜」
「絢子ったら、さっきからそればっかり。遊びに行ったらどうなの? 今日子ちゃんだってお家にいるんじゃない?」
母さんは私が遊びに行けないものだから機嫌が悪いんだと思っているらしい。
違うのに・・・
花火大会は明後日だから・・・ 今年の花火大会は特別なんだから。
夏が初めて見る花火大会なんだから・・・
てるてる坊主がむなしく笑ってる。
そんな蒸し暑い雨の午後だった。
「絢子、向井君が来たよ」
夏が1冊の本を持って家に来た。
「どうしたの?」
「ん、絢子に見せてやろうと思ってさ」
得意げな夏が開いたのは、雨で少し塗れた星座の写真集だった。
「絢子はさぁ、望遠鏡で星みたことあるか?」
「ぇ? だって星ならそのまま見たってみえるもん」
「そうだよなぁ。ここは星がいっぱいだもんな。けど東京じゃ星なんてキレイに見えないんだ」
パラパラっと写真集をめくって夏は言った。
「この前親戚のおじさんが望遠鏡くれたんだ。だから晴れたら見せてやるよ! 今日はダメっぽいけどな」
「夏は何んの星をみたの?」
「オレはなぁ…」
夏が開いた33ページは無数の星々の周りを、白く明るい大きな星が3つ三角形を作っていた。
「この星の集まりが天の川で、この3つがこと座と、わし座と、はくちょう座。絢子は七夕の話知ってるだろ」
「うん。おり姫とひこ星でしょ」
「そう。天の川を挟んで、上がこと座のおり姫、下がわし座のひこ星、天の川にのってるのがはくちょう座なんだぜ」
「へぇ〜夏ってばよく知ってるね! きっと哲ちゃんだって知らないよぉ」
普段見ている夜空とは違った写真に私は興奮した。
「そのまま見ても十分キレイな夜空だけど、望遠鏡でみるともっと凄いんだ!」
「こんなにキレイなんて知らなかったょー。星なら今日観れなくても今度みれるね。けど花火はさ・・・」
とたんに不安になった。あいかわらず雨音が響く。
「絢子っ てるてる坊主つくろうよ!」
その時、初めて気がついた。
私のつくったてるてる坊主は夏にそっくりだってコトを。
「絢子ー! おっせーぞー!」
「ごめーーん 今行くからぁー!」
圭太に怒鳴られたって顔は笑ってる。だって・・・
10日、晴天!!
「みんなはっ?!」
「絢子が遅いから先いってるよ」
「夏は? 夏は来てた?!」
「おぅ!」
二人とも走ってるから息が切れてゼェゼェ言ってる。人であふれる堤防が見えた。その瞬間・・・一筋の光が昇ったと思うと闇の向こうが焼けて、大きな音が胸を震わせた。
「一発目があがっちゃったよ! 絢子のせいだからなっ!」
そんな圭太の言葉は私の胸に響く音に消されて聞こえない。
あ・・・この匂い
走っている私の鼻をかすめたのは川風が運んだ火薬の匂いだった。
瞬間、夏に無償に会いたくなった。火薬の匂いはどこか夏の匂いがした。
「絢ちゃんがきたぁ」
周一の声がした。金魚の浴衣姿の今日子。手を振ってる哲也。私の隣を走る圭太。夏によく似たてるてる坊主を川側につるし直して遅れた私。
そして・・・夏っ!! 夏がいる!
「絢子、今日の主役は大三角じゃなくて、やっぱり花火だな」
夏の隣に立った。色とりどりの光が舞う。
「絢子」
「ん?」
「オレ引っ越してきてよかった。すげぇドキドキしてる!」
うれしかった。このドキドキを、胸の高鳴りを夏がわかってくれてうれしかった。
でもその時、花火よりも夏の横顔の方がまぶしくて、私は夏の手をギュっと握っていた。
「夏、来年も一緒にみようね!」
そう言った私をチラっと見ると、夏は優しく笑った。
もしもこの先、私が夏のことを忘れても、あの夏の花火とあの夏の微笑みだけは絶対忘れないと思う。
家に帰って布団の中に入ったけど興奮して眠れない。そっと布団から出ると窓から夜空を見上げた。てるてる坊主が夜風になびいている。
「大三角形・・・わかんないやっ」
明日、夏と大三角形を見ようと思った。
結局夏の家に行ったのは14日のコトだった。
あの後ずっと雨が降り続いた。ついてなぃ。これじゃ星はみれない。でも星なら明日でも見れるもん、そう言い聞かせて心に誓った。晴れたらすぐ夏に会いに行こうって。
夏の家は歩いて15分くらい。その途中、今日は遅くまで星を観るから昼寝しなきゃなぁとか、夜のテレビはみれないやとか考えて、気分はすごく盛り上がっていた。けれど夏の家についてチャイムを鳴らしても出てこない。そういえば夏の自転車もない。
圭太のトコでも行ってるのかなぁ・・・。 そう思って引き返そうとした時、隣のおばさんが声をかけた。
「おや、絢子ちゃんだね。向井さんたち東京へ行ったのよ」
「ぁ、お盆だから!」
私ってバカっ! 夏はもともと東京から来たんだからお盆休みは家族で行ったんだ。
「絢子ちゃん、夏君から聞いてないの? 向井さんたち、一昨日東京へ引っ越したのよ」
確かに「向井」の表札はなく、クラスのみんなで植えたゼラニウムの鉢が淋しそうに庭の片隅に置かれている。
ウソッ!! 夏が黙って行っちゃうなんて!!
走って、走って息を切らして圭太の家にやってきた。そんな私を驚きもせず圭太は迎えた。
「絢子、あがれよ」
圭太は知ってたの?!
そういう前に圭太があの星座の写真集をさし出した。
「あ、これ・・・どうして圭太が」
「向井が絢子に渡してくれってさ・・・」
「圭太は夏に会ったの? いつっ? どうして黙ってたの!!」
圭太は顔をそらして言った。
「オレだって知らなかったんだ。偶然向井の家に行ったらちょうど出るところで、なんかガラーンとしててさ。向井のヤツ、誰にも言わないで行くつもりだったんだってよ・・・」
そこで圭太の声がつまった。私も圭太をみていられなくなった。写真集をぎゅっと抱きしめた。
「どうせ新学期になればわかっちゃうし、みんなに会うと泣いちゃうかもしれないだろってさ。それに・・・絢子との約束守れないから会えないって。ズルイと思うだろうけど、みんなにも会う資格ないって。それでコレ渡してあやまっておいてくれって頼まれたんだ」
私は震える肩で33ページを開いた。1枚の紙片に 『ゴメン』 と夏の字で書いてあった。
ズルイよ・・・夏はズルイよっ! 望遠鏡みせてくれるって言ったのに! 来年の花火も一緒に見ようって言ったら微笑んだくせに。
溢れた涙が『ゴメン』の文字をにじませた。うつむいた私にも、圭太が泣いているのがわかった。
今日はこんなに晴れているのに、夏はもういない。
夏がいなくなって、夏が過ぎていった。
あの夏の花火から13年目の花火が咲く。
「ねぇ亮介、大三角って知ってる?」
「ん? 星だっけ? わかんねぇなぁー」
「そうよねぇ」
ちょっとおかしくなった。そうよね、哲ちゃんでさえ知らないのに、なんてね。
それでも私は夜空の向こうに三角形を探している。
「おぃ! 絢子だろ!」
なつかしい声は圭太だった。肩には小さな男のコ。今ではパパだと言った。挨拶を交わしていたら亮介が気を利かせてくれて席をはずしてくれた。
「実はさ、去年向井が花火を見に来たんだぜ」
夏が・・・夏が去年の花火を・・・
「みんな街から出て行ってさみしかったけどよ、去年向井がひょっこり訪ねてくれてさぁ。『花火みにきた』ってな」
うれしそうな笑顔をみせた圭太がとってもなつかしい。
「オレうれしくなってみんな集めようぜって言ったんだけど、あいつニコニコ笑ってるだけでさ。どっかで黙っていなくなったこと後悔してるんだろうな。スーツ着てメガネなんかしてさ、向井も大人になったなぁって思ってたけど、やっぱり花火をみているアイツはあの頃の向井だったよ」
夏はあの夏の花火を覚えていたんだ。忘れていなかったんだ・・・。胸が熱くなった。
「そういえば、向井がさ 『ホントは絢子と見るはずだったんだ』って言ってたな」
−ホントは絢子とみるはずだったんだ−
夏は約束を果たしにやってきたんだ。何年も経ってしまったけど、ずっとあの約束を忘れずにいてくれたんだ。
「け・・・圭太、夏は」
今どこにって聞こうと思ったとき、亮介が屋台のとうもろこしをくわえて戻ってきた。
「絢子の彼氏か?」
「婚約者の亮介サンよ。秋に結婚するの」
「結婚すんのかー。めでたぃな! まぁ後でオレんちよってけよ。じゃぁな!」
私たちは堤防へ出た。花火が開いて花びらが落ちる。一瞬の閃光が13年前へ連れ戻す。
けれど水面に届く間際に音をたてて消えてしまう。現実の世界に目覚める瞬間。
このまま花びらが消えなければ、そのまま13年前にもどれるの?
そう思うと光の行方を追って目が離せなかった。
「絢子、これからは毎年花火みにこような」
ボソっと言った亮介の左手を握った。
そして私は思った。
この人が好き。この人とずっとこの花火を見ていきたい。来年も、10年後も、50年後もずっとずっと亮介の瞳に映る花火と、照らされた彼の横顔をみていたい。
もしかしたらあの約束を守らなかったのは私かもしれない。
けれど夏に伝えたい。
約束は果たせなかったけど、今年も花火は綺麗よ。すぐに散ってしまうけど、あの日と同じように輝いてるわって。そしてこれからは亮介との約束を守るわって。
きつく握った亮介の左手の指輪が熱い私に心地好く感じた。
END
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