心を失ったゾンビはバナナを作るPDFで表示縦書き表示RDF


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心を失ったゾンビはバナナを作る
作:ルト


 
 
 幼い頃からよく父さんや母さん、村の大人達からもよく言われてきたことがある。
 『村の山奥にあるバナナ農園には絶対に近づいてはいけない』と。それはもう耳にタコができるくらいに。
 僕が住んでいる村は首都から離れた山岳地帯にあり、人口もそんなに多くない。
 収穫したバナナやサツマイモは、トラックで一時間かけて低地の中心街へ運んでいくから、大げさに表現すれば僕の村は陸の孤島だとも言える。
 ――そんな山地の小さな村にあった秘密を、僕が知ってしまったのはまだ十四歳の時だった。



「ねえ、お兄ちゃん。――お兄ちゃんは山奥のバナナ農園に行ったことある?」
「ないに決まってるだろ。だって父さんや母さんに聞くと、すぐ怒られるんだからさ」

 バナナの収穫を手伝っていたとき、ふと隣で一緒に作業していた妹のフィノが尋ねてくる。
 フィノはまだ十歳。両親譲りの真っ黒な肌をしている僕と違って、茶褐色の肌が特徴的な僕の妹だ。
 僕の家は七人家族で、家の隣にある畑でバナナやキャッサバを作って生活を切り盛りしている。しかし、家はなかなか貧しく、僕を含めた子供も汗で汚れたTシャツと短パンを着て農作業を手伝っているのだ。
 ――幸い両親は遠くのほうで作業をしているので、僕たちの会話には気付いていないようだ。

「私、一度でいいからそのバナナ農園に行ってみたいな」
「バカ言うな! そんなにフィノは母さんに怒られたいのか?」
「別にママやパパに見つからなければ大丈夫でしょ? それにバナナ農園って、私の畑なんかよりもいーっぱいバナナが実ってあるんでしょ? えへへ。一度でいいから見てみたいなーと思って」

 僕は軽くフィノの頭にゲンコツを入れる。涙目でわめくフィノ。
 しかし、半泣きしているフィノの言い分も少し気になったりはした。
 確かに小規模の“畑”とは違い“農園”といったら、それはもう周囲一帯がバナナバナナで、きっと畑の何十倍ものバナナが食べられるんだろうな。全部、外国に売っていると聞いているんだけど。
 ……父さんから聞いた話だけど、これを『プランテーション農業』って言うんだっけ。
 考察はやがて好奇心へと変化していった。

「……なあ、フィノ」
「ぐすん。どうしたの?」

 過剰なリアクションを未だに続けている妹の耳元で、僕はそっとつぶやいた。

「昼飯を食べ終わったら、こっそり農園に行ってみようか。たっぷり実を付けたバナナの木が見れるかもしれないぞ」
「えっ!? ホント――」

 父さんと母さんに悟られないように、反射的に僕はフィノの口を塞いだ。



 午後の農作業まで時間も少ないことから、僕たちは急いで昼飯をかきこみ、「ちょっとだけ遊んでくる」というウソをついて、外に飛び出していった。
 僕の村は山のくぼみを利用して作られたので、まわりにはたくさんのバナナの木が村を囲むようにして立っており、それは山の奥にまで続いているらしい。
 収穫期特有の果実の匂いも村中に充満しており、それにつられて多くの昆虫も多く飛んでいる。まあ、虫嫌いの僕にとっては迷惑な話なんだけど……。

「フィノ。なるべく村の人に見つからないように、気を付けて」
「うん、大丈夫」

 傾斜のある山がちの道を上っていき、なるべく周囲に気を配りながら僕は村を駆けていく。フィノも毎日の農作業の成果か疲れる素振りを見せずに、きちんと僕の後ろに付いてきている。
 僕もここまで来たら、さすがに引き返す選択肢は考えなかった。
 押し車の跡をたどってしばらく山道を登っていくと、やがて目的地の農園の前まで辿り着いた。
 ――ここまで誰にも見つからずに来れた。うん、大成功だ!

「うわぁー。いっぱいバナナの木がある。これ全部収穫するのかな?」
「多分、そうだね。それにしてもすごく広い……。こんなにいっぱいバナナが実ってると、逆に収穫しきれるのかな?」

 最初に僕たちが驚いたのが、何よりもその広さであった。
 これは後で知ったことなんだけど、この農場はとある企業が大量生産を目的に作られたらしく、面積が何百ヘクタールとかなり大きく、これじゃうちの畑が米粒になってしまうような大きさではないか……。
 こんな景色を見てしまっては、さすがの僕も好奇心を抑えられなかった。

「フィノ。こっそり中に入ってみようか」
「うん!」

 フィノも大きくうなずき、僕たちは夢中で農園の中へと足を踏み入れてしまった。
 その時、農園から発せられる視線にも気付かずに……。



 さすがにこれだけ規模が広いと、至る所に侵入できるポイントも見つかるものだ。
 簡素な柵にあった小さな穴をくぐって見事潜入に成功した僕たちは、まず村の畑にはない農園の工夫に目を奪われてしまった。
 バナナの木はどれも三メートルの間隔で立っていて、収穫間近の果実にはどれもひもを縛って落下をしないような仕組みになっている。
 地面には灌漑かんがい用の溝が縦横に巡らされており、フィノはそこに近づいてバシャバシャと水遊びを始めてしまった。……呑気だな。

「フィノ。大きな音をたてるな。見つかってしまうぞ」
「だって、ここの水とても綺麗なんだよ? もしかして山の源流から汲んでいるのかな? ――顔でも洗っちゃおうっと」

 フィノに再びげんこつを入れた後、泣きわめくフィノを後目しりめに僕はきょろきょろと農園を見渡してみる。

「そういえばさ。なんで父さんも母さんも、この農園に入っちゃいけないと言っていたんだろうね」
「ぐすん。そういえば、そうだよね。別におかしな所は見当たらないし、何で村のみんなはあそこまで注意するんだろうね」

 長く伸ばした髪を水で整えながら、フィノも賛同する。
 当初はこんな貧乏村では食べられなさそうな高級バナナでも、こっそり作っているのかと想像したけど、この農場で作られているバナナの木は至って普通で、うちで栽培している木とほぼ同種だった。
 ……おかしいな。バナナを効率よく収穫できる工夫は分かるけど、それでも大人達の態度はどこか異常だ。まるで、何か大きな秘密を隠しているようにも思える。
 そんな疑問を抱きながら農園を見渡していると、僕の目が“ある人影”をとらえた。
 ――その瞬間、僕の思考は真っ白になってしまった。

「……な、なあフィノ」
「ん、何?」
「“アレ”ってなんだよ……」

 僕が慌てて指さした方向にフィノが振り返る。
 フィノはさっき僕がやったリアクションを見事に再現してみせた。――全身の毛が逆立ってしまうような衝撃を見せて。
 “そいつ”は僕たちから十メートルくらい離れた地点で、バナナをぼんやりと見上げていた。姿形は人間。しかし、人間にしてはあまりにも痩せ細った形をしていた。

「……お、お兄ちゃん。あれって農園の人なの!?」
「知ってるわけないだろ!」

 声を裏返しながら僕は吠える。しかし、声が大きすぎた。
 ――“そいつ”の目が、ゆっくりと僕たちに振り返った。
 僕は再び戦慄する。
 “そいつ”の目は明らかに人間の目をしていなかった。生気を削がれた死人の目。ただうつろに泳がせているだけで、焦点が定まっていない。しかも全身にまともな肉が付いていない――欲に言う皮膚と骨だけの状態で、両腕はだらんと下がっていた。
 僕は“そいつ”に本能的な恐怖を覚えてしまった。
 父さんや母さんに、みっちり怒られてしまうような恐怖の比じゃない。普段の生活では到底味わうことのできない、死を連想させるような恐怖だった。

「フィ、フィノ……」
「お兄ちゃん……。早く逃げよう……」

 フィノは声を震わせて僕の腕を掴んでくるが、掴むだけで一向に動こうとしない。
 ――“そいつ”はゆっくりと、そして確実に僕たちに向かって歩き始めた。全身からは滝のような冷や汗が出てくる。
 もはや僕に、勇気を出して動ける余裕なんか持っていなかった。その場に立ちつくすばかりで、できる事といえばフィノの手を握ることくらい。

「うっ……。あっ、来るなぁ!」

 何とか声を搾って叫んだが、“そいつ”はなんの反応も示さずに僕たちに近づいてくる。まるで一切の感情を失っているような態度だ。
 涙で視界がグラグラと揺らぐ。
 ――僕はあまりの恐怖に、ついに目をつぶってしまった。
 頭によぎったのは、僕が“そいつ”に噛み殺されてしまう残酷な未来の情景。
 拳を握る左手が、最大限の握力あくりょくに達した時だった。

「えっ?」

 先に聞こえてきたのはフィノの間抜けな声。
 恐る恐る目を開けてみると、ちょうど僕たちの真後ろにあったバナナの木に“そいつ”がぼんやりと立っていた。
 そして手をピクピク動かしながら、紐が外れていたバナナをぎこちない手つきで修正し始める。……僕たちに向かってきたわけじゃないのか?
 やがて作業を完了させた“そいつ”は、何事もなかったように農園の奥の方へよろよろと歩き始め、やがて見えなくなってしまった。
 バナナ農園に一筋の風がたなびく。
 その風はバナナの匂いを運んで、僕たちの鼻に届けてくれた。――しかし、そんなものに浸ってる余裕なんかない。
 しばらく呆然と立っていた僕とフィノだったが、我に返った瞬間、線が切れたように叫びながら全力疾走をして、農園を後にした。
 

 
 トラックには大量のバナナが積まれている。
 今年も日差しが良かったのか、なかなか質の良いバナナが出揃ったと我ながら思う。
 運転席に乗り込んで、キーを差し込む。低地の中心街までは約一時間。今日は妹のフィノも事情で中心街に行くから、一人だけのつまらないドライブにはならないだろう。

「ここ最近の仕事はどう? お兄ちゃん」
「うーん、厳しいな……。ここ一帯のバナナは低地に比べて安いから、どうしても儲からないんだよな。あはは」

 ちょっと苦笑いしながら、僕はアクセルを踏む。
 フィノも十八歳とすっかり立派になり、そろそろ裕福な男と付き合ってもおかしくない年齢なのに、まだまだ家の畑の手伝いで忙しいらしい。
 ――十八歳。そう。それは僕たちが住んでいる村の秘密を明かされる歳でもあった。
 ゾンビの存在は十四の頃に知ったが、まさかそれを村が黙認しているとは、僕も言われるまで夢にも思わなかった。
 村奥にある農園は、最低限の人間を除きほとんどゾンビがバナナの栽培を行っていた。
 もともと輸出用プランテーションとして栽培されるバナナの相場はかなり安めで、低地の値段に比べると三分の一にも満たない。
 よって農園はまともな労働者を雇う金もなく、低賃金で働ける奴隷階級などを使ったりしてバナナ栽培を行っていたが――。

「しかし、ある日農園を経営していた企業が、極秘でゾンビを労働力に使おうと提案した。もともとゾンビは、死者を蘇らせ意のままに動かす術から生まれてきたもので、死者であるため疲れを知らず――さらに忠実に命令を聞くせいか、途上国の農園では貴重な労働力として使われていた、ということね……」

 ふと、隣に座っていたフィノが顔をしかめた。

「ちょっとお兄ちゃん。変な独り言はやめてちょうだい」
「えっ……。あっ、ごめんごめん」

 おっと。この前調べた資料を思い出していたら、つい口に出てしまったようだ。
 フィノはトラックの窓から頭をつきだして、後ろに積まれているバナナを一瞥する。やがて席に戻ると小さくため息を吐いた。

「ふう。なんだか村の秘密を知ってしまうと、ゾンビが作ったバナナを知らない人が食べるのを想像しちゃって、ちょっと気の毒になっちゃうわ。余計なお世話かもしれないけど……」
「まあ仕方ない。そうしなくっちゃ、僕たちの村が苦しくなる現実があるんだからさ」

 そうして僕もトラックに積まれている“日本行き”の輸出バナナを一瞥した。

「別にいいじゃないか。ここに積まれているバナナは、全部安い値段で日本人が食べてくれるんだ。僕たち生産者は売れればいいだけの話なんだからさ」


二百円前後のバナナを買ったら、ぜひこの作品を思い出して食べてください。
……ごめんなさい。冗談です(汗)。
作中のバナナの栽培方法なに関しましては、若干事実と異なる部分がありますので、ご注意ください。
まだまだ拙い作品ですが、読んでいただきありがとうございました。
他の先生方の「心小説」も、ぜひお楽しみください。













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