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みにくいアヒルの子
めでたしめでたしで終わらないおとぎばなしです。
読了後の不快感等には責任を持ちかねます。


 むかしむかし、小さな池のほとりで、お母さんアヒルが卵たちを温めていました。
 丸くて白くてかわいらしい卵たち、お母さんアヒルはどれも大事に温めました。
 それらはみんな、お母さんアヒルの子供たちでしたから。
 ですが、その中に一つだけ、やけに大きくて不格好な卵が一つ紛れていました。
 お母さんアヒルは不思議に思いながらも、一緒に温めてやりました。
 だって卵たちはみんなかわいいかわいい子供たち、お母さんアヒルはそう思っていましたから。
 やがて卵たちはひとつ、またひとつとゆらゆら揺れ始めました。
 そしてこつこつ内側から響いてきます。
 しばらくすると、最初の一つに小さなひびが入りました。
 内側から卵の殻が、小さなくちばしで持ち上げられます。
 何度も何度もこつこつとからを叩いて、小さなアヒルはからを出ようともがきます。
 お母さんアヒルは大きなかけらを丁寧に取り除いてやって、小さなアヒルが出てくるのを助けれやりました。
 そうしてふたつ、みっつと他の卵たちもひびが入り、くちばしが飛び出て、小さなアヒルたちが次々と孵っていきます。
 他の可愛らしい卵たちから、小さな可愛らしいアヒルたちが出てきてから、ようやく大きくて不格好な卵がこつこつと音をたてはじめました。
 小さなアヒルたちは、大きな卵がゆらゆら揺れて、やがてくちばしを出すのを眺めていました。
 お母さんアヒルも卵の殻を除くのを手伝ってやります。一番下のおとうとが出てくるのを見守ってやりました。
 ところが。
 生まれてきた子はずんぐりむっくりとした、みにくいアヒルの子でした。
 他の小さなアヒルの子たちとは似ても似つかない、みにくいアヒルの子でした。
 アヒルの子たちはこのみにくい末っ子をじろじろと眺め、お母さんアヒルもこの奇妙なひなをどうしたものかと困りものです。
 みにくいアヒルの子は何にもわかっていない様子で不格好な泣き声をあげました。
 お母さんアヒルはきっとこれは七面鳥か何かのひなだろうと思いました。
 アヒルの子たちはこのみにくい末っ子をけらけらと笑いました。

 みにくいアヒルの子が生まれて最初に見たものは、困ったようなお母さんの顔でした。そして次に見たのはじろじろと見つめるお兄さんやお姉さんアヒルたちでした。
 お母さんアヒルが困っているのを見ると、みにくいアヒルの子はとても悲しくなりました。
 お母さんを困らせているのはとてもとても胸がつらくて、みにくいアヒルの子はなにもわからないまま、ホンク、鳴きました。
 するとお兄さんアヒルやお姉さんアヒルはクワッククワック笑いだして、お母さんアヒルもそれを見て、小さく笑いました。
 みにくいアヒルの子はそれで嬉しくなりました。
 お兄さんやお姉さん、それにお母さんが笑ってくれているのを見て、みにくいアヒルの子は幸せでした。
 そうしてみにくいアヒルの子ときょうだいたちは、お母さんに育てられてすくすくと育っていきました。
 たくさん子供たちのいるお母さんはいつも大変そうで、たくさんの子供たちのお世話でいつもいつもてんてこ舞いでした。
 ですから末っ子のみにくいアヒルの子は、ごはんはいつも最後まで待たなければなりませんでしたし、眠る時もお母さんから一番遠く、それも時々忘れられてしまうことだってありました。
 けれどお母さんはいつもあったかくて、みにくいアヒルの子はしあわせでした。
 きょうだいたちはみんなクワッククワックかしましく、元気に遊びまわっていたずら放題のやんちゃざかりで、そのくせお母さんにはいっつも甘えてべったりでした。
 ですから末っ子のみにくいアヒルの子は、なかなかお喋りにも加われず、いつもきょうだいたちにいたずらされて、お母さんに甘えられるのはほんの少しだけでした。
 けれどきょうだいたちが元気だったで、みにくいアヒルの子はしあわせでした。
 みにくいアヒルの子は毎日大変でしたけれど、それでも毎日にこにこ笑っていました。
 みにくいアヒルの子は、しあわせでした。

 みにくいアヒルの子が成長していくのを、お母さんアヒルは不気味そうに眺めていました。
 いつも鈍くさくて、子供たちにからかわれてばかりいるこの不細工なアヒルは、いつの間にかずいぶんと大きく育っていました。
 もう他の子供たちよりもすっかり大きくて、くすんだ灰色の羽毛に、黒ずんだくちばし、奇妙な鳴き声、もうみんな不気味です。
 子供たちはこの不気味なみにくいアヒルの子を、無邪気にからかって遊んでいましたが、お母さんアヒルは気が気ではありません。
 のそのそして、からかわれても仕返しもしないで、いつもにやにやしてばかり。なにも問題を起こさないのが逆に恐ろしいくらいです。
 あのぐりぐりとした目がこちらを見ているだけで、お母さんアヒルはなんだかぞっとするような気がしました。
 気持ちが悪くって、えさをあげるのもやめて、寝る時も温めるのは自分の子供たちだけ。
 でもそうしても、みにくいアヒルはいつもにやにやして、文句も言わずにいるのです。
 自分で不格好にえさを取って、眠る子供たちの輪の一番外側で、一匹ちんまりとうずくまっているのです。
 夜中にふと目を覚まして辺りを見回すと、そうしてじーっとこちらを見ていることさえありました。
 もうお母さんアヒルは恐ろしくて恐ろしくてたまりません。あの気味の悪い目で見られていたかと思うと、思わず身震いしました。
 他の子供たちはみんなまともなアヒルに育っていくのに、どうしてあのみにくいアヒルの子だけはああも不気味に育つのでしょう。
 あんなのは自分の子供ではない。やっぱり七面鳥か、ともすればあの薄汚いカラスのひなかもしれません。
 どうしてこんな不気味なひなが自分の巣に紛れ込んだのか、お母さんアヒルは子供たちのいないところでクワッククワック泣きました。
 お節介焼きのコウノトリが紛れ込ませたのでしょうか。それともあのみにくいヨタカの卵でも紛れ込んだのでしょうか。
 あのときこんな気味の悪いひな捨ててしまえばよかったのに。

 体は大きくなってもいつもいつも鈍くさいみにくいアヒルの子は、なかなかみんなと同じようにはできません。
 泳ぐ時も不格好で、きょうだいたちみたいに元気にクワッククワック鳴くことだってできません。
 でもきょうだいたちはみんな、いつもみにくいアヒルの子と遊んでくれるので、みにくいアヒルの子はしあわせでした。
 きょうだいたちみたいにきれいな羽もくちばしもないけれど、みにくいアヒルの子はしあわせでした。
 お母さんは元気いっぱいな子どもたちにかこまれて、いつも忙しそうでした。
 けれど子どもたちを見るお母さんの目はとても優しくて、みにくいアヒルの子はいつもそれを嬉しそうに見ていました。
 育ち盛りのきょうだいたちはたくさんたくさん食べるので、お母さんはみにくいアヒルの子のごはんが用意できません。
 だからみにくいアヒルの子は、いつも大変なお母さんに迷惑を掛けないように、がんばって自分でごはんをとりました。
 とげとげの虫やら、ヘンな味の虫ばかり、だけどその分きょうだいたちがおいしくご飯を食べられるので、みにくいアヒルの子はにこにこ嬉しそうに笑っていました。
 甘えん坊ばかりのきょうだいたちは、我先にとお母さんにぴったりくっついて眠るので、お母さんはみにくいアヒルの子をあたためられません。
 だからみにくいアヒルの子は、いつもみんなの一番外側で、少し離れて丸くなって眠っていました。
 お母さんに触れなくってさびしくて、少しだけ寒かったけれど、きょうだいたちがすやすやとお母さんと眠っているのを見て、みにくいアヒルの子はにこにこ嬉しそうに笑っていました。
 みんなが笑顔でいることが、みにくいアヒルの子にとって何よりのしあわせでした。
 お母さんもきょうだいたちも、みんなみんなみにくいアヒルの子の大切な家族でしたから。
 けれどある日、みにくいアヒルの子はお母さんが泣いているのを見てしまいました。
 お母さんはとてもとても悲しそうに泣いてました。
 みにくいアヒルの子はとてもとても悲しくなりました。
 どうして泣いているんだろう。どうして悲しんでいるんだろう。
 お母さんは泣きながらつぶやきます。
 どうしてあんな子がいるんだろう。
 ほかの子はみんなりっぱなアヒルなのに。
 みにくいアヒルの子はそれを聞いて考えました。たくさんたくさん考えました。
 きっとみにくいアヒルの子が鈍くさいから、お母さんにも迷惑をかけているのでしょう。
 そうしてその日の朝早く、みにくいアヒルの子は遠くへ旅に出ました。
 みんなが笑顔でいることが、みにくいアヒルの子にとって何よりのしあわせでしたから。

 ある朝のこと、お母さんアヒルが目を覚ますと、みにくいアヒルの子の姿が消えていました。
 子供たちもどこに行ったか知らないようで、クワッククワックかしましく、そのことをお喋りしています。
 なんだかよくわからないうちに一日が過ぎて、一週間が経ち、一か月を超えてもみにくいアヒルの子は戻りませんでした。
 最初のうちこそ戸惑ったものの、お母さんアヒルはすぐに喜びました。
 あの不格好で不気味で邪魔っけなみにくいアヒルの子が、勝手にどこかへ行ってしまったのです。
 もうこれで気味の悪い思いもしなくていいですし、面倒事もなくなったのです。
 お母さんアヒルはクワッククワック毎日楽しく歌って過ごしました。
 お母さんアヒルは幸せでした。
 最初のうちこそおもちゃをなくしてがっかりした子供たちも、やがて忘れていきました。
 あんな不格好で不気味で邪魔っけなみにくいアヒルの子なんて本来ならいないはずですもの。
 もうこれで朝からあの不気味な顔でいら立つことも、にやにや笑いを見ることもないのです。
 子供たちはクワッククワック毎日楽しく遊んで過ごしました。
 子供たちは幸せでした。
 お母さんアヒルはやがて子どもたちを立派に育て上げました。
 子供たちは素敵な伴侶を見つけて、愉快な家族を築いていきました。
 その子どもたちもまたきっと、素敵で愉快な毎日を送るのでしょう。
 アヒルたちは末長く幸せでした。

 家族を離れたみにくいアヒルの子は、ひとりさびしく旅をしました。
 どこに行けばいいのかもわからず、どうすればいいのかもわかりません。
 それでもみにくいアヒルの子はひとりでがんばりました。
 家に戻ってもみんなが迷惑するのです。
 こうしてみにくいアヒルの子がよそに行くことで、みんなしあわせになれるのです。
 みにくいアヒルの子はそう考えて、しあわせでした。
 とてもとてもさびしくて、とてもとてもつらかったけれど、みんなのしあわせを思うだけで、みにくいアヒルの子はしあわせでした。
 そうして一週間がすぎ、一か月をこえて、やがて一年がたったころ、みにくいアヒルの子はとても美しい鳥に出あいました。
 白い羽にすっと伸びたからだ。
 それは美しい白鳥たちでした。
 はじめて見る美しい鳥たちに、みにくいアヒルの子がおどろいていると、白鳥たちは親しげに微笑みかけてきました。
 はじめまして若いお友達。
 みにくいアヒルの子はそう言われてなんだか恥ずかしくなってうつむきました。
 そして、水面に映った自分の姿を見て、ようやく自分の成長した姿を知りました。
 水の鏡の向こうからは、美しい一羽の白鳥が覗き込んでいました。
 ああ、自分は白鳥だったのだ、とみにくいアヒルの子は悟りました。
 白鳥たちは、長い旅で疲れたみにくいアヒルの子を親切に迎え入れて、癒してくれました。
 長い間もとめていたぬくもりがそこにはありました。
 とてもとても暖かい家族がそこにありました。
 けれど。
 けれどみにくいアヒルの子は全然しあわせじゃありませんでした。
 どんどん悲しくなって、ほろほろと涙がこぼれてきます。
 白鳥たちはとてもとても暖かい家族です。
 でもそれはみにくいアヒルの子の家族ではないのです。
 みにくいアヒルの子の家族は、いつだってクワッククワック賑やかな、あのアヒルたちのおうちです。
 みにくいアヒルの子は毎日泣いて過ごしました。
 みにくいアヒルの子はいつまでも泣いていました。








小説系ブログ「スナーク狩りにも雨は降る。」もございます。
興味のある方は是非そちらもご覧ください。
URLはhttp://d.hatena.ne.jp/rainyshrine/です。
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