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意馬心猿(いばしんえん)
作:保科 郁



 最近 付き合いだした彼。もう一ヵ月も経つのに、キスどころか手を握ることもしない。
 ……私ってそんなに魅力ないのかな? ちょっと落ち込んでしまう。


 でも今度こそっ!!

 私は彼の家の前で力一杯 気合をいれた。
 今日は彼の誕生日だ。それを口実に彼の家に料理を作りにいき、そのまま上手く雰囲気を作って……。というのが私の狙いだ。

 その為、今日の私の恰好はかなり気合が入っている。
 少し胸元が見える位のカットソー。ふわふわの可愛らしいミニスカート。髪はふんわり柔らかく巻いていて、メイクも もちろん抜かりはない。

 よしッ!

 私はもう一度気合を入れ直し、チャイムに手を延ばした。


「いらっしゃい。早かったね」

 名前を告げると、すぐに笑みを浮かべた彼が顔を出した。私も笑顔を返し「お邪魔します」と、いそいそ靴を脱ぐ。


 そして部屋に上げてもらった私は、内心ほくそ笑んだ。だって彼が 何だか落ち着きなく、そわそわしだしたからだ。
 これは、かなり意識してもらえているに違いない。私のテンションは急激に上昇する。

 今日はいける! いや、いくんだ!! あとは甘い雰囲気を作り出せば……。

 私は燃えに燃えた。彼の傍にさりげなく近付き、そっと身を寄せて座る。彼はビクッと肩を揺らした。
 そして私の肩に手をかけ、勢いよく……





 私を引き離した。
 ショックで私の瞳は大きく見開かれ、徐々に(うる)んでくる。やっぱり……。

「私のこと、嫌い……なの?」

 抑えようとしても声が震えてしまい、涙がどんどん目尻に溜まっていくのを感じる。


「……ッ、違う!!」

 彼は勢いよく私の方に向き直る。その表情は真剣そのものだ。
 でも……

「私に触れ、てくれない…じゃない……」

 言葉が喉に詰まり、うまく喋ることができない。目尻に(とど)まっていられなかった涙が、はら…と零れ落ちる。
 彼は思わずそれを指で拭おうとしたのか、手を延ばしてきた。


 でも、途中で我に返ったかのように手が震え 静かに降ろされる。
 それを見て、私の心は際限なく沈む。彼を見ているのが辛くて、(うつむ)いて唇を噛み締めた。

「……違うんだ。君に触れると我慢、できなくなるから。
 きっと君を傷つけてしまう」

 そんな、そんなこと気にしなくていいのに!
 私、彼になら……。


 私はそっと手を延ばし彼に触れた。彼は身体を震わせ 身を退こうとしたけれど、私が手を離すことはなかった。
 だって、嫌われてるんじゃないって解ったから。逆に こんなに私の事を考えていてくれて、嬉しさが込み上げてくる。

「ありがとう。でも貴方になら…何されても……」

 今度は恥ずかしさで下を向く。

「本当に、いいの?」


 まだ不安を拭いされないのか、彼は恐る恐る尋ねてきた。私は恥ずかしさを堪えて顔を上げる。

「……うん」

 その言葉に、彼は本当に嬉しそうに ふわり と笑った。そして優しく私を包み込む。

「もう……我慢しない、よ?」


 掠れた声で囁く彼に、私はさらに赤くなりながらも頷いた。

「ああ……」

 彼は吐息をもらし、私の肩に顔を埋めると首筋に……






 喰らいついた。


 ………え?

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。でもすぐに強烈な痛みが走り、私は声にならない悲鳴をあげた。
 逃れようと身をよじったけれど、彼は腕を緩めてはくれない。

「本当は、本当はずっとこうしたかった。でも、我慢してたんだ……。
 だって…君の事が見れなくなるからね」

 彼は私の首筋に舌を這わす。
 ぴちゃり……と湿った音が頭に響いた気がした。

「でも、いいよね。これで君は 僕の身体の一部になるんだから。
 ずっと……死ぬまで一緒だよ」


 かすれゆく視界の中で、彼は口元を赤く染め とても幸せそうに……とても綺麗に微笑んだ。


副題として、
『食べちゃいたい程 可愛い』
『色気よりも食い気』
です。
まあ、ダークですね〜(´∀`;)


意馬心猿(いばしんえん)は、正確には…
(馬があばれ、猿が騒ぐのはおさえがたいように) 煩悩・妄念・欲情などで、心の乱れを抑え切れないこと
らしいですよ。
(ことわざ)ですね。













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