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「みんな、揃った?」
…ドーラのその台詞を聞く前には、もう分かっていた。
今日は敦が来る前に、今迄教室で逢った全員が気紛れな場所で椅子に座っていたのだ。無言のまま敦はドアの近くの椅子に座っていた。
加賀が教壇の上に立ち教卓に両手を着くと、ドーラが教壇から降りた。
「今日は皆揃ったな…では、始めよう」
そして、生徒会長の威厳を背負った加賀は教卓に両手を着いたまま、目を閉じ叫んだ。
「宣言!」
我々が戦うのは人間の”邪心”と魔族による”過度の遊戯”である。
”裏切り”
神や正義、正当を主張し他を迫害する。
”飽和”
過度な犠牲と欲を得る。
”身体”
血肉に絆を求める。
「以上の3つを、我々は放棄する事を誓う!」
そして加賀が眼鏡の下の目尻を額の高さまで吊り上げ、濁った目を開けた…その時…。
突然、敦の目の前の机の列が右から左へと騒音をあげて、崩れた…!
机の列を乱したのは、教室の天井に届きそうな大きな身体。毛むくじゃらで、鼻先が狼のように尖った…獣人…だった。
たぶん、何も着ていなかった…詳しく確認出来ない内に敦が身体をかわすと、頬のすぐ横を鋭い爪が掠った。一瞥しただけだが、恐ろしく目が吊上がり、耳まで避けた口から2枚の舌を蠢かす悪魔じみた黒い男の爪だったと知った。そして次にギリギリ避けたのは1m以上はありそうな銀の弧を描く大鎌だった…!
机が邪魔に並ぶ狭い教室は逃げ回るにも限界がある。壁に追いやられた敦は背中を、とんっと押された。
ちらりと横目で見た範囲に見えたのは、白い顔に赤い唇の端から牙を光らせる黒服の女…その隣には同じく白い肌だが黒い翼を持った女…どちらかが翠で、どちらかが絵梨なのだろうが、今はどちらだろうと、どうでもいい。
女達は壁に凭れたまま、追いかけっこに参加をする気が無いようだ。
(…想像してたより、過酷だったな)
化け物に追われる恐怖は歯医者どころじゃなかった。心のどこかで翔に甘えていた自分を嘲笑う。
やがて敦は、頭から黒い布を纏った骸骨が持つ、銀の鎌の弧の中央へと吸い込まれた…。実際は死神が振った大鎌が敦の腹へと刺さったのだが、敦の視覚はそう思わされていた。
紅い鮮血が教室に飛び散り、大鎌が腹に食い込んだ刹那、敦は振り切ろうとする大鎌と同じ方向へ床を蹴り、切断される危機を逃れた。
「あぁ、蓋取ったら、出血が酷くなるだけなのにぃ」
翠らしき声がした。身体が切断される状況とは比べてない。
そして翠の言った通り、両腕で覆っていようが斬られた部分からの血は止めどなく…溢れた。
どくん…!
熱い傷の痛みに反応した心臓が鼓動を高鳴らせた。
教室の中央で今にも膝を着きそうな敦に、もう一振り落ちようとした銀の刃を見たドーラの声が響く。
「もう、様子見よ!ここまで追い詰めれば”魄”は相当膨張するでしょ?」
大鎌の勢いが瞬時とはいえ止められると、黒布を纏った者が顔の骨を何一つ動かさずにドーラを怒鳴りつけた。
「様子だ?殺っちまった方が早い!その為に死んだ者の身体に魂入れたんだろうが?」
「今までに無い透明な渦の正体を知りたいんだ…」
ドーラと共に教壇の上から見守っていた翔の一言に、教室すべての者達が鎮まる。
ただ、一箇所…皆が見つめる敦の身体の中で心臓の音だけが大きく鳴り響いた。
どくん…どくん…どくん…!
やがて、皆が、敦の胸に巻いていた渦が大きく広がり、ひと目で幻影と分かる白い炎と化して敦の身体を包む光景を見つめた。そして敦の身体の中央に在る物の姿をも確認したのだ。
「…大…旗!?」
化け物達は一斉に言い、眉をしかめた。身体の中に両手で抱える程の銀の太い柄、布先が2又に分かれた長い大旗のイメージが映る…こんな現象は今迄に無かった。
太い腕を組んだ獣人が面白くなさそうに吐き棄てる。
「旗に印がある…ジャンヌを敵国に売り渡したフランス王家の百合の紋章の軍旗だ」
倒れそうな敦に細い指を向けてドーラが呟く。
「待って、白い炎の形が変わる…ジャンヌを示す、百合の…花」
その声を合図に、皆はかつてない異常な現象を黙って見届けた。
敦を取り巻いていた炎が教室の天井にまで高く巻き上がると、ドーラの言う清楚に咲く一本の白百合の花へと変化したのだった。
大きくても、6枚の長い花弁の先を軽く巻き、首を俯かせた姿態は、透明感のある純白が手伝って儚げだ。
百合を差した指を唇に銜えたドーラの横で、腕組みしていた翔は首を傾げる。
(あれは…聖女の味方としての執念だ…彼女の騎士だったのか?蘇った暗い過去が魄を渦巻かせていた?)
謎の答えを翔が模索している間に、白い花はだんだんと色を薄くして消えてしまった。
「何故、聖女の魂が…!」
黒い翼の女が相手構わず叫ぶと、目を吊上げた男が首を横に振った。
「いいや?聖女では無い、誰だ?!」
返事の無いまま、敦の身体に重なって見えていた旗の形が歪んでゆく。
(彼は聖女の魂が脈打ち始めた今、共鳴してる?だが聖女と魂が繋がるなど徳ある聖人でなければ…不可能…聖人?)
どうやら敦の前世まで辿らないと謎が解けないようだ…翔がそう感じた頃、歪んだ旗の形は完全に変化を遂げ、金に銀の糸が絡みついた柄、鞘が無い白刃の大剣に変わった…。床から敦のアバラ骨を越えた長さが在る。
「邪心じゃ無い!」
大鎌をギリギリと力を込めて握った骸骨が悔しそうに言い放つと、翔が教壇の上から溜息交じりの声を出した。
「あの剣…分かった!」
自信に満ちたその口調へと全員が振り返り見た。
「彼は遥か昔の行いによって3位の聖人に記された魂だ。あの剣は神より賜った物だ、人の手で創られていない!」
声が途切れると赤い唇の女が唇の端から抜けて出る牙を隠しもせずに呟いた。
「…凡人と聖人の狭間?」
「ふーん。3位ってのは…聖人を護る者か」
剛毛に覆われた狼顔の男が腰の両脇に肉厚の手を添えて大きく頷いている。
「おまえにしちゃぁ勘が冴えてるな」
目の吊上がった悪魔が耳まで裂けた口を笑わせて言った。
「ん、んだとぉ?!」
獣人の怒りの声を遮るかのように黒い翼の女が翔に確認を求めた。
「護ろうとする魂が、ジャンヌが目覚めそうになっている今、共鳴してたって事?」
自分の横で心配そうに見上げるドーラに気付いた翔は、下を向いて微笑んだ。
「そうだね」
教室の中央では、そんな翔の穏やかさとは懸け離れた敦の苦痛に耐える姿があった。
既に意識が無く敦は無心なのだろうが、身体の中に手を突っ込み、大剣を握って振り上げる。
剣先の移動に伴って、今度は現実の熱い炎が舞い上がり、焦げた匂いを発した。
今や、敦の周囲には先程以上の大きな炎が沸き立っていた。この凄まじく燃え盛る勢いと熱風が目の前で起きたなら、誰もが業火と呼ぶだろう。
皆が炎の勢いに息を呑んだのは僅かな間だ。
椅子が、机が炎に巻き込まれて行く中で敦はふらりと揺れ、大剣よりも先に鈍い音を立てて床に倒れ込んだのだった。
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