Jehanne.-ジャンヌ-(7/11)縦書き表示RDF


Jehanne.-ジャンヌ-
作:井上 栞



7/11


「今日は、少しでも”渦”の事を知ろうと思って彼を連れて来たんだよ?」
教壇の前まで歩き進んだ翔はドーラの背中を撫でて優しく告げた。だがドーラは不安が納まらないらしく、顔を伏せたまま翔に言った。
「…魄が渦巻いてるって事は相当な悪意があるんでしょ?放っておいたら…」
「悪意?!」
ドーラの涙声に敦は驚かされた。確かに欲も在れば人を恨む事もある。だけど”悪意”と罵られる程の自己中心的な欲望は持ち合わせて無いつもりだ。
「悪意が無い場合でも、暗い過去や悔い多き前世を抱えた場合も”魄”は膨らむんだよ。今、調べるからね」
ドーラの背中を撫でていた翔の手が浮き、視線が敦へと向けられた。
柔らかい目元。けれど、金茶の瞳は冷静過ぎる程、真剣に敦を見つめている。
微かに笑んだ形の唇が開いた。
「もう、天国は無い」
それは、華やかな翔の顔立ちからは想像の出来ない重い口調だった。
「人間は精神を浄化せずに転生し、汚れたままの魂が再び地上に生まれ、罪を重ねる…。果ては…?」
問われた敦が答えに詰まって絶句をすると、高井が口を挟んだ。
「時間の問題だ」
そして加賀がまだしゃがんだままのドーラを見て薄笑いを漏らして言った。
「人間が消える時…それは、要らぬ争いにすべての生物が巻き込まれ死滅する時でもある」
うんざりと、長い黒髪を指で()きながら翠が会話に参加した。
「人間がいなければ我々は生きてゆけぬ。絶滅を防ぐためよ」
絵梨が敦の隣で頬杖を着いたまま呟くように敦に語る。
「あらゆる種族が集結し、考えた末…魂が生まれ変わるまで100年眠らせて欲を忘却させる事にした。それでも管理下から逃れようとする魂は後を絶たない。邪心の渦が小さい内に我々が処理するしか…」
「絶滅?管理?」
其々(それぞれ)が丁寧に敦に説明しているのだろうが、頭の中は理解しきれない。納得できない心と焦りが空回りし合って混乱している。
「魂の管理は違う国で別のアジトの奴等がやってらぁ」
暢気に高井はボリボリと鼻の端を掻いて言う。
「今、人間は、魔物達の管理下、庇護によって生かされてるのよ」
敦の疑問の声に答えた翠の唇の端から、ちらっと白く輝く牙が見えた気がした…。
窓際へと翔が近づいてくる…。敦は不安に蒼ざめながらも逃れる発想が浮かばないまま翔の訪れを待った。
敦の前で(ひざまず)いた翔は、敦の胸の中央に、そっと左手を当てた。
温かくなった胸の感触にビクリと反応した敦へ、柔らかい笑みを見せた翔は静かに声を出した。
「嘆きの魂よ…癒す術を乞うがいい。姿を現せ…」
”ズキン…!”
心臓が鼓動と共に激痛を起こし、頭の中には閃光が走った。
急激に恐さに襲われた。血の気が引く寒さを感じながら、視線は胸に触れる手から腕を辿り、最後に翔の伏せた目を凝視した。
確実に、この教室にいるすべての者達が、今、自分に注目している…。
だが何よりも、翔に疑われているような恥ずかしさと悔しさが身体を駆け巡った。一瞬にして頬がカッと熱くなった。
「あんた達っ、頭、おかしい!!」
叫んだ敦が翔の腕を思いっきり叩き払った。
驚いた翔の顔が見えたが、それは一瞬で、直後に敦は駆け出して教室から飛び出ていた。
「ドアが…?!」
翔が唖然として開いたままのドアと奥に見える階段を眺めている。
「どうして人間にドアを開けられるのよ?翔、あんた、ちゃんと封じてたんでしょうね?」
呆れた口調の翠が、動揺から表情を曇らせている翔に訊いた。
「ああ…人間には開けられない封印を施した」
じゃあ彼は、人間じゃない?皆の頭に同じ考えが廻った。
(魄は人間だけに在るものだ…あれほど確かな魄があるのに、人間では無いとしたら、何だ?)
考え込もうとしていた翔の耳に高い声が響いた。
「どうするの?」
教壇上のドーラが潤んだ瞳で周囲を見渡して言った。
「焦る事も無いだろ?もう我々の作ったこの環境にはまってるんだから」
加賀がドーラの泣きそうな顔を見て愉しそうに答えるとドーラはほんの少し眉を顰めた。
「まだ、彼で遊びたいわ。追い詰める手ごたえがいい感じ」
「どうせ、竜也も休みだ。何か変化があったら、少し戻ればいいんだろう?」
絵梨に続いた高井の言葉で、ドーラはやっと首を頷かせた。

жЖж

地下のドアを飛び出した後、敦は高校の門からも出て駅へと走っていた。
駅のコンコースを歩いていた時、何気なくレストランの壁に張られたバイト募集の文字が目に入った。
(バイト…)
そうだ…昨日はバイトがあったのに無断欠勤しちゃったんだ。店長に頭を下げて言い訳をするか…どんな言い訳をしたらいい?
考えながら駅のホームを歩いていたが、電車が到着する間際に敦の足が止まった。
バイトを始めた当時の募集の張り紙を思い出し、呆然としたのだ。
確かに、何ヶ月かレストランでバイトをしてきた…だけど。
(……違う!!)
バイトしてたのは、此処じゃない!
”漢字”なんて無かった、アルファベッドが並ぶメニューとコインと札だった。箸なんて使った事も無かった。
(俺が暮らしてたのは、この国じゃない…!)
どういう仕組みで連れ出されたんだ?そもそも、以前の自分を思いだせない。
知りたい、でも知る為には…翔達に逢わなければならない。
人目も気にせず何度も大きく首を振った。もう、あんな場所には行きたくない…!
今日はさんざん勝手に語られて知りたくない事まで散々聞かされて、信じさせられようとして…そして疑われた!
(うんざりだっ!!)
大きな溜息を吐きながら額近くの髪をバサバサと掻いた。
けれど、その手は直ぐに、止まった…。
今の仕草は竜也みたいだ…そう感じて苛々する自分がイヤになった。
今度は諦めの溜息を軽く吐く。
身体が、気だるい。
(…いやでも、逢うんだろうな…)
俺は、囚われてる…。
絶望が絡まる現状を教えたポスターの前で、敦は唇を噛み締めたまま立ち尽くしていた。







栞-Siori- Novel Page【迷夢-めいむ-

▼クリックや感想をいただけると今後の励みになります。”まあ良し”と想われたら、よろしくお願いします。








ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう