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Jehanne.-ジャンヌ-
作:井上 栞



6/11


「…」
翌朝、あまりにも簡単に翔に再会出来た敦は絶句した。
昨日と同じく、駅のコンコースを歩き始めた早々、向こうからやって来たのだ。
「おはよう、東堂君。今日は早退?放課後にする?」
すっかり昨日の教室に行くと決め付けられている。
昨日と違って神経を逆撫でする竜也はいなかった。
「…あの、ドーラって女の子の事を教えてもらえませんか?」
なんとなく、周囲に人がいる中で異常なあの教室の話題を言うのが恥ずかしく、小声になった。訊く立場でもあり、竜也がいない事もあって昨日は棄てた先輩への敬語が自然と復活した。
「ドーラ?」
意外な質問だったのか、訊かれた翔は目を瞬いて少女の名を呼んだ。
「あの子は老舗の時計屋の娘でね、今は北小学校の3年生。学校での漢字は”瞳羅”って当て字を使ってる」
「時計屋…?」
別に驚いて無い。まさか夢とまったく関係の無い、期待外れの情報を聞くと思っていなかった敦は唖然としていたのだ。
「まぁ、俺同様、世を忍ぶ仮の姿として作った環境だけどね」
にっこりと笑い、それとなく自己主張をする翔が可愛く思えた…。
「何故ドーラの事を?」
「夢に入って来たんです。昨日、会う前の夜に。声が同じでした」
駅の階段を降りながら非日常的な会話をしている事に自分でも驚いていた。そして、翔はそんな異常な出来事を否定しない。
「夢に?…気が()いてるみたいだな。許してやってくれる?君の正体が分からなくて恐がってるんだ」
静かに告げる翔を見上げた敦は意外な言葉を復唱した。
「俺の正体?」
「君の(はく)は渦を巻く程、活性化してる。君自身が一番、魄に沿った行動をしたいと想ってる筈なんだ。それをドーラは…我々は知りたい」
「…別に、何もしたくないな、思いつかない…はく?って?」
壊してやりたいと想った世界も、戦争が起こると聞けば大事に思えたし…。
将来の希望も特に無いまま進学を希望してる。すべてに対して半端なんだ…こんな事を他人に言うのも恥ずかしい。
「魄は陰の魂。早いとこ、正体を明かしてしまった方がお互いの為だよ?」
学校の門を潜る直前に、翔が柔らかく笑んで言う。けれど、敦の心中は穏やかでは無い風を感じた。
「正体って、どうやれば分かるんです?分かったらどうなる?」
「…時間をやり直すだけだ」
翔は敦を見ずに前を見て答えた。見上げた状態からは翔の表情が読み取れなかった。
(曖昧過ぎる…もっと、具体的な答えが欲しい!)
不機嫌な敦の表情を見て察したのか翔が校舎に入る寸前に敦の肩を軽く一度叩くと、そのまま手を降ろして乗せたまま言った。
「おいで、少しでもはっきりさせよう」
肩の温かさが胸にまで広がるように感じた…。これは、誘導だ。そう感じたのにも関わらず、敦は頷いたのだった。

昇降口で上履きで履き替えた後、2人は昨日と同じ階段を降りた。
ただ、昨日と違って今は登校中の学生が多い中、誰かに冷やかされる事も無く、翔に肩を包まれて階段を下って行った。誰一人、不思議な状況に気付かない。
やがて突き当たりのドアの前に立つと、翔が勢い良くガラリと開けた。
「!!」
教室に入る直前に大きな人影が目に入った刹那、敦の足が一歩後ろへ下がった。
正面の窓際でカーテンを背景にした高井と女子の制服が見えたのだ。
高井と女子は抱き合っている、キスをしているようにも見える…!
翔が声をかけた時は、高井の手が女子のスカートの裾に手を入れるのと同時だった。
「君達?ドアが開く音にも気付かないのかな」
高井と抱き合っていた女子が翔を見た。
絵梨だ。昨日貧血を起こして早退したと言われていた、美術室のジャンヌ薀蓄(うんちく)女。
「変な想像しないでよ?精力もらってただけ!」
昨日より、はるかに元気がいい。顔色も蒼さが消えた、ただの色白になっている。
「満月が近いでしょ?有り余ってると思って頼んだの。こんな奴とは噂にもなりたくない!黙っててよ?!」
絵梨はまた訳の分からない話しと罵りを強い口調で言った。
「協力してやってんのに偉い言われ方だな?俺だってお前みたいな婆ぁはお断りだ!」
「婆ぁ?スカートの中に手を入れといて良く言うよね!あと少しでも手が動いたら殺してやる所だったんだから!」
「婆ぁ?」
敦の口から疑問が突いて出た。ここにいる者達は翔以外、同じ歳の筈だ。
「こいつ900歳だぜ?俺より200も年上の婆ぁさん」
「だから、誰が婆さんよ!まだ885歳よ、たった3桁じゃない!」
けたたましく反論する絵梨に翔が声をかけた。
「まぁ、功はまだ子供だと思って今日は勘弁してやってくれないかな」
「子供ぉ?!こんな図体のでかい子供が何処にいるのよっ!人間でも20歳以下に見えないじゃない」
唖然と敦は言い争いを聞いていた。…もう、訳が分からない事が当たり前のようになってきた。
人間とは違う存在だと皆が堂々と明かし続ける所為か…頭が麻痺し始めたのか。じゃあ、一体、こいつらが何なのか…問いたいものの騒がしい3人に口を挟む気力には欠けた。そのおかげか、こうして平静さを保っている。
恐らく人間では無い3人の言い争いが終わらない最中、静かにドアが開いた。
(うるさ)いな…」
教室に入った早々、銀縁眼鏡の下の眉をしかめた男子生徒、昨日はいなかった生徒会長の加賀が現れた。
「昨日はどうした?」
翔がドアの方向を振り返って訊くと、加賀は感情の篭らない口調で答えた。
「遊びに夢中で召喚に気付かなかった…」
「遊び?」
皆の揃った疑問の声を待ってたのか、加賀は教室の中央まで歩くと口元を笑わせて語り始めた。
「霊能者として名高くなった男にインサイダー取引とマスコミが嗅ぎつける罠を仕掛けた。…ここが終わったらまた行って、離散する筈の男の家族にも甘い誘惑を幾つか敷く…何処まで落ちてくれるか愉しみだ」
しかめていた眉が似合う神経質そうな加賀の顔は、今や屈託の無い笑顔に満ちている。
「ぁんだ?そのサイダーって?」
2つ隣からの高井の素朴な疑問を、着席し終えた加賀は冷たくあしらった。
「おまえに説明出来る舌は持ってない」
「てめぇ、2枚もあるくせにまだ足りないのかよ?」
いつの間にか高井は揉める相手を変えてる…それに敦が気付いた頃、翔がドアの近くで昨日と同じ本を読んでいる事にも気付いた。
ドアが開き、ドーラと手を繋いだ翠が教室に入った。
「そもそもお前等が悪戯し過ぎなければ、こんな事にならなかったんだよ!」
「私達を産みだしたのは人間だ。それにジャンヌが消された頃は私は未だ存在してなかった」
高井と加賀の熱く冷めた言い争いは続いていた。
「座りなさいよ」
カーテンの閉まった窓際の後方に座った絵梨が敦に声をかけ、隣の席の椅子を引いて手招きをしている。
仕方なく敦はその椅子に座った。身体がぶつからないようにさり気なく離した机と椅子が斜めになった。
「あれから翔から少しは説明聞いたでしょ?お互い、心置きの無いように」
(心置き?)
直ぐに答えない敦に対して、じれったくなった絵梨が語り始めた。
「我々は種族を超えて此処に集結している”墓守”だって、聞かなかった?これでも種族の代表で参加してるのよ」
絵梨の目は挑戦的に輝いているように見える。強く上った唇の両端が一層そう感じさせる。
「最近、ジャンヌの魂が微かだけど脈打つみたいに存在感を湧かせるのよね」
教室の中央付近から椅子の背凭れに頬杖を着いた翠が告げ、直ぐに言葉を足した。
「人類の消滅が早まると困るの」
敦は首を傾げ、2人の女子生徒を交互に見ながら訊いた。
「魂が?何処にあるって?」
すると絵梨が机に頬杖を着いて呆れたように言う。
「教えられるわけ無いじゃない!」
「火刑の後、灰になった身体は川に流されたからなぁ、正式な墓は無いもんな」
加賀が誰の事も見ずに苦笑を浮かべた。
「みんな、そろった?」
教壇の上からドーラの幼い声が届くと、翔が本から目を離して申し訳無さそうに言った。
「…今日は竜也がいない。鎌の修理だとか言って…」
直後、ドーラが泣き出した。
突然だ。
突然、教壇の上にしゃがみ込んで顔を覆った。泣き声は聞こえなくても小さな背中が震え、痛切な叫びを訴えていた。







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