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Jehanne.-ジャンヌ-
作:井上 栞



5/11


駅の建物を出て直ぐ目の前にローターリーの太い道が廻っている。
道沿いのベンチで敦は翔を待った。この小さい駅の近辺は2階建ての住宅が多く、店は数える程しか無い。
早退した後、地下の教室でわずかな時間しか過ごしてなかったのに、今は曇り空に似た薄暗さの中で、宵の明星が目に痛いほど存在を訴えて輝いている。
15分ほどして敦の目の前に翔が運転する赤い自動車が停まった。雑誌で良く見る外車だ。少し緊張した敦は身体を硬くして助手席に乗った。
他の色の車は家族が使用して派手な赤になった…と、縁なし眼鏡をかけた翔が簡単に言う。
(他の色?何台もあるっていうわけ?)
ちょっとしたヤッカミが引っかかったが、今は後回しだ。
「あんた達、本気っぽいけど、何してるわけ?あそこで」
運転中の翔の整った横顔を見ながら訊いた。免許は取り立てらしいが、走行にブレは無く安定している。
「…君は、ちょっと謎な存在なんだけど…敵にならないって誓うなら教えてあげるよ」
信号待ちの時に右を向かれて柔らかく微笑まれたものの、話しの内容に敦は寒い思いをさせられた。
「敵って?」
「我々が排除したくなる人」
寒いどころか不気味な恐怖で全身が一気に冷えた。すべてが凍りつく前に敦は慌てて叫ぶ。
「絶対、ならない!」
「…そう」
納得した返事だったが、横目でちらりと見た刹那的な視線は不信感で満ちていたような気がする。
「地上どころか住民が弱肉強食の流れを打ち破れない宇宙(せかい)から神々は去った…他に去ったのは、天使と聖人聖女の1位と2位の魂」
「天使…聖人聖女?」
運転している翔は前方を見たまま軽く頷く。
「神が定めた聖人聖女は1位から3位まである。1位は正義に尽くす清い魂の中から神が選んで人間界に送った」
…やっぱり宗教の勧誘のようでもある。夢に囚われた者達が集う場所だったのだろうか、とも思わされる。
信じないながらに敦は自信に満ちた物言いを続ける翔との会話を続けた。
「2位は?」
「戦と血を放棄し、種別を問わず他の者を生かした者。人間自らが魂を磨いて清めた魂だね。身体が無くなった後は1位と同じく神の近くで過ごす事が許される」
「3位は?」
この質問に、翔は大きな溜息を吐いた。
「曖昧なんだよね…神の気紛れというか。2位を目指せって事かも」
「神様もいい加減なんですね」
馬鹿げた話しに皮肉を言うと、翔は僅か険しい声を発した。
「聖人聖女の魂も天使たちが地上から引き上げたからね、今はどうでも良い事だよ…ただ、ジャンヌの魂だけが地上に残ってる」
「ジャンヌ?ダルク?」
まさか昼間、さんざん絵梨達とウンチクを交わした名前じゃないだろう?と、確認する為の呟きだったのだが、翔はあっさり認めて首を大きく縦に振った。
「ジャンヌは1位。彼女が”邪心”に揺り動かされ目覚めたなら…カリスマ性と前回の経験を以て、今度は世界中を巻き込んだ戦争、血と恐怖の世界を簡単に作り出せるだろう…」
「戦争…」
”壊れろ”と思っていたのに、目の前にチラつかれるとゾっとした。勝者だろうと必ず誰かが犠牲になるのが戦争だ…巻き込まれたくなんかない。
「ジャンヌもただでは済まない。必ず再び狙われる。もう、二度と聖女を苦しめたくない」
車は迷わず住宅街の敦の家の前に着いた。翔はハンドルに軽く手を置いたまま、憂鬱な顔で宵の薄暗い空を見上げた。
「…我々は魔族への警戒とジャンヌダルクの魂を目覚めさせない為に集結してる」
今の翔の呟きに敦は首を傾げた。いよいよ終末論だろうか?
「急に”魔族”って言葉が出たけど…それは?」
「いずれ分かるよ」
軽く翔に断られた後、じっと胸元を見られて可笑しそうに口元を上げて言われた。
「…君の胸に巻く”渦”…今の話を聞いても変わらないんだね」
「は?」
視線を浴びた胸が、じりじりと熱く感じる。
「金・権力・戦争・邪心・血・恐怖…これ聞いて、何となく心が震えない?」
少し上目遣いの意地悪そうな視線を受けた。翔には様々な表情があるが、どれも…端麗な印象を損なわない…。
心の中で膨らむ憧れを押し隠しながら、敦は平静を装って簡単に答えた。
「…なにも感じないけど?」
「そう」
言われた翔も簡単に相槌を打って視線を前方に移した。敦はホッと軽い息を吐くが別のモヤモヤとした思考に気付いた。
(…聖女。苦しめたくない…)
なんだろう。邪心だの血だの…それよりも、こっちの言葉の方が頭から消えない。
「また明日」
ドアを閉める間際、翔は笑顔で言った。
「もう、勘弁してください!」
顔を赤くして真剣に断ってから敦はドアを強く閉じる。
平凡な住宅街の狭い道を艶やかな赤い車が遠ざかってゆく…。
…あんな、兄貴がいたら毎日が嬉しいだろうな。
それとも、(ひが)んで暮らすようになっただろうか?

部屋に入ってすぐに、悪夢を見たベッドを眺めた。
あのドーラという少女が訪れた夢を思い出して…鳥肌が立った。
ジャンヌ云々(うんぬん)よりも、あの少女について訊くべきだったと後悔をしたが、もう遅い。
その日はベッドは使わず、ベッドの横の床で眠った。
朝、起きた時は体中が痛かったが、後悔は無い。
こうでもしなければ、虚空に誘われて尋問をされる恐さに覆われて、昨夜は眠れなかっただろう。
でも、このままではいられない。
たとえベッドを取り替えようが…不安は残る。
翔に逢えたら、今日はドーラについて訊き出そう。
そう思いながら、敦は臙脂のよれたネクタイを硬く締めた。







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