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Jehanne.-ジャンヌ-
作:井上 栞



2/11


「東堂くん」
教室に着いて机の上にバッグを置くと直ぐに、斜め後ろの席の向井翠(みどり)に声をかけられた。
艶のある長い黒髪を胸の下程度まで伸ばしてる。
「あんた、どっか部活入ってたっけ?」
「入ってない」
顔も見ずに答えたが、翠は肩を後ろから押して無視を妨げようとする。
「茶道部入ってよ、人数少なくて同好会に格下げになりそうなんだ」
「冗談!」
よりによってなんで女ばっかりの茶道部に、しかも正座するような場所に行かなきゃならないんだ…。敦は呆て速攻で断るが、翠は引かない。
「名前だけでもいいからさぁ。お菓子食べられるよ?」
なんだか、しつこい。
翠は髪型が和風でしとやかな印象があるが、勝気な黒目は誤魔化せない。
このままだと、竜也みたいに腕を捕み兼ねないんじゃないか…。
嫌悪を感じた敦は早々に教室を出て3階の美術室に向かった。

美術室は窓を全開にしていても、油絵の具独特の臭さが肺に入る。
美術部がこの部屋を放課後に使っている為、油の匂いは消える暇が無い。
部屋の広さは他の教室の2倍はある。広いテーブルを2個ずつくっつけてグループ毎に分かれて周囲を囲んで座る。
芸術の選択科目で今年は美術の志願者が少なく、気の合う奴等と書道を希望示してたのにクジ引きで負けて、敦だけが美術へ回されたのだった。
「…」
美術室のドアを開けた正面奥は、デッサン用の白い像やら道具が雑然と置かれるスペースになっているが、今日は壁際に大きなキャンバスが立て掛けられているのが目に入った。
横幅は指を伸ばした腕の長さぐらいあるだろう。その絵を見ながら、適当な椅子に座った。
まだ木炭で描いた簡単な下絵のようだが、長髪を顎の長さに切ろうとしている女性を描こうとしてるのが分かる。
「ジャンヌダルク」
敦の一途な視線に気付いて、前に座る冨浦絵梨(えり)が澄ました声を出した。
髪が肩にかかる程度の長さで、色白の所為か、いつも顔色が蒼く見える。
「アレあたしが描いてるの、気になる?」
「じゃんぬ?」
聞いた事はある…気がする。それでも不思議そうな口調で言ってしまった時、絵梨に偉そうに声を強めて説明をされた。
「神の名の下に潜む、残虐な魔を暴く為に戦った聖女」
すると、絵梨の隣に座っていた女子生徒が首を傾げた。
「神様の啓示を受けてフランスをイギリスから護る為に先頭切って戦ったんでしょ?妄想が激しいとか脳の病気説も言われてるけど?結局イギリスで異端者にされて火あぶり」
すると絵梨は少し横目で薀蓄(うんちく)をひけらかす生徒を見て軽く頷いた。
「そうなってるよね、歴史では」
「本当はどうなんだよ?」
余りにも偉そうに断言する絵梨に少し興味を持って突っ込んで訊いてみた。
「神々名の下に集団を組み、集団外の者達を迫害支配しようとする…神々の名を辱める行為に釘を打つ為に目覚めさせられた聖女」
すると絵梨の隣の女生徒は呆れた顔をし、敦も話が飲み込めずに目を丸くした。
「は?」
2人から同時に疑問の一声が口から漏れると、絵梨は溜息混じりに言い直した。
「虎の威を借りて非道を犯す狐を、狩り出す為の狩人」
「わけ分かんない!」
聞いていた女生徒は立ち上がって他の女生徒の隣へと席を移した。
残念ながら敦と仲の良い男子はこの教室にはいない。ウンチク合戦に負けた女生徒に取り残された思いで敦は呟いた。
「聖女ねぇ…ぜんぜん無関係だ」
「そうでしょうよ」
馬鹿にしたような一言を最後に、絵梨は敦と言葉を交わそうとしなかった。
(不快だ…)
今日は朝から、逢う奴すべてに違和感がある。
(やっぱ、学校休めば良かったな)
今日の授業は葉書サイズの版画を作成するだけだ。
敦がゴム板に鉛筆で描いたのは「Happy new year」という文字だった。
隣の絵梨が描いてるのは百合の花だ。美術部らしいが、良く写真も見ないで描けると感心させられる。
(百合…?)
百合の花をモチーフにした代表的なデザインにはフランス王家の紋章がある。
ふと、其の左右対称の曲線の印が…鮮やかに敦の頭に浮かんだ。
(紋章?百合?)
そんな事を、自分が知ってるなんて思ってもいなかった。
敦は軽く瞬きをした後、手にした彫刻刀を置いて絵梨に訊いた。
「さっきフランスって言ってたよな?百合と関係あるん?」
「フランス王家の紋章」
こちらに目も向けられずに答えられたが、記憶が正解だと教わったのだから文句は言えない。
…切ない。
溜息が漏れる。妙だった。だんだんと胸を中心に、もやもやした気分に包まれ始めた。
だが人目を考えると胸を押さえる事も出来ず、彫刻刀を持ったところで苛々とした気持ちが反映して手が震えるだけだ。
…遣り切れない。
浮かない自分の気持ちの所為か、この教室の空気がいつもと違って感じる。
教室だけじゃない、学校もだ…。
授業が終わる間際から道具を片付け始めた。今日は、もう、学校にいられない!
チャイムの音と同時に美術室を出て直ぐに、2階の書道室に向かうつもりだった。次の授業が始まる前に、仲間と保健室に行って「朝から具合が悪そうだった」と、嘘の証言をしてもらう為だ。

「危ねぇな!」
だらだらと生徒達が歩く廊下で男子生徒と肩が当たった。それは故意だと、ぶつけられた敦には分かってる。
そして朝と同じく、敦のブレザーの袖が竜也に掴まれていた。







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