最終話
3日間、敦は疲労から出た高熱の為に寝込んだ。
偽の母はパートを休んで給料が減ると苦情を漏らしながらも、元の身体の持ち主の好物だった林檎を買ってきてくれた。
大剣はベッドの下にある。だが、たまにウズウズと敦の身体の中に戻りたそうに震えて、ベッドまでも揺らす事があった。
「君は、強くなって帰って来た…」
駅で翔に会った朝、突然褒められた敦は照れてしまい、何も言えずにいた。
並んで歩き始めた翔は高校の無い北口を指差し、ビルの多い大通りへと敦を案内した。もう肩を組まれなくても、無い筈の階段を降りる事が出来る。
ただ少しだけ、肩に物足りなさは感じるけど…。
この間のアジトはすべて焼け落ちてしまったと翔は言う。
魔法を使える悪魔の加賀が別の場所に新しいアジトを造ったのだが、生徒会長と制服に飽きたという理由で今度は高校の地下では無く、小さな映画館の地下を選んだ。
高校の時と同じく、映画館の地下は、やはり映画館を模倣した作りと機能を兼ね備えている。
加賀の目的は映画の只観だろう…皆、簡単に真意を測れた。どうせ見るのはホラー系だろう、とも。
ここに制服は無い。皆、私服だ。
初めてこのアジトに連れて来られた敦だけが、グレーのジャケットの制服のままだった。取り合えず中央辺りの左端の椅子に座った。
「ジャンヌの魂は邪心を感じて脈打ち始めてる…でもこの子の所為じゃなかったんだね」
映画館と同じ横並びの座席の一番前から、真っ赤なセーターを着た翠が上半身を捻って敦に言った。
「宇宙最後の聖人だ。我等の仕事に参加する義務ありだな」
一番前の右付近で席眼鏡を拭きながら加賀が言った。
中央の一番右の席では竜也が弓のような大鎌を磨いている。鎌に斬られた傷は翔に癒されたが、ギラリと輝く銀の刃を見ただけで傷跡も無い敦の腹は痛む。
「きっとまだいるよ。3位を集めようよ、獣人以外は魂が無いもん。寿命が来たら聖人のいた器に乗り移らせてもらおうよ、きっと丈夫よ!」
翠には、そんな妙な理由でここに通うよう勧められた。
「決まりだね、性質の近い者がいて嬉しいよ。他は魔物ばかりだから」
翔が隣の席の敦に笑って言う。
「え?血の絆は放棄しないと」
正面の舞台の上、スクリーンの前で笑うドーラの突っ込みに、慌てて翔は手を横振りして反論する。
「俺は性質、気持ちの話を言ってるんだって!人間に危害与えない存在だろ?」
敦は翔が言う性質に気付かされていた。
聖なる者を護ろうとする心が翔を敬っていた…そして俺はこれからも永遠に憧れ続けるだろう、唯一無二の地上の天使に。
「剣の扱いなら俺が教えてやる、実のとこ鎌よりも得意だ」
竜也が磨き抜いた銀の大鎌を惚れ惚れと眺めて言った。もう決めたらしく、声を震わせて笑う辺りが不気味に感じさせられる。
「あの程度で倒れてたら誰を護る事も出来ないぞ!鍛えてやるからな?!」
突如、太い声が映画館に響いた。一番後ろの席で高井が新品のトレーナーを暑苦しそうに脱ぎ始めた。
Tシャツがパンパンに張った鍛え抜いた身体を見せられた敦は頷く事も出来ずに途方に暮れる。
「でも、俺って何かの役に立つの?」
高井の言葉から逃れる為に振った、敦の素朴な質問を聞いた一同が一斉に沈黙した。
「だから、乗り移らせてもらうから、竜也に剣習えば処分の参加も出来るでしょ?」
黒髪を指の先で梳いていた翠が思いついたように言う。
「協力し無いなら、時間を戻してぜんぶ忘れて元の国で生活する事になる…」
つまらなそうな顔をしたドーラがそう言って舞台から飛び降りた。
「そしてジャンヌに共鳴し続けて活性化した”魄”に振り回された君は理由も分からず苦しみ続ける…下手すると狂うだろう」
翔が言い終わると同時にドーラが敦の膝の上に乗って満足気に笑んだ。
「あったかい…」
映画館だけに空調が強いのか、ドーラは敦の膝を気に入って動こうとしない。
「いいよ、ここにいる。絶対護るよ、ジャンヌも…君も」
敦の声を頭の上で聞いたドーラは嬉しそうに大きく頷いた。
恥を忍んで言えた事に笑顔で応えてもらえた敦はホッとした。信じてもらえなかったとしても、全力を尽くす気持ちは変わらないけど…。
「そういえば、俺のベッド、何か仕掛けある?」ドーラの頭を撫でながら訊くと、首を傾げてサラサラと黒髪を指に絡めて答えた。
「無いわよ?…しいて言えば前の持ち主の思念が溜まってるぐらいじゃない?」
(…思念?)
怨念のような印象が拭えない…ささやかに敦の表情が固まった。
「それじゃぁ、ちょっと意識が混乱するかもね」
翠がにこやかに言うと、竜也が意外にも話しに乗ってきた。
「悪夢が多く訪れそうだな」
さすがに魔物達だけあって、皆、人の不幸が楽しくて仕方ない素振りだ…。
「ドーラの欲しかったのは友達じゃなくて恋人だったのか」
翔に笑われたドーラは、顔を赤くして無言のまま大きく首を横に振った。
「やめとけよ?敦、そんな婆ぁ」
背後から高井の大声が聞こえると、ドーラは敦を乗り越えんばかりの勢いで後方へと身体を乗り出して声を張り上げた。
「失礼ね!まだ130億歳ぐらいよ!神々の足許にも及ばないわ!あのね、私が歳とらなければ貴方なんか生まれてないのよ?!」
…この集会に参加している女子はみんな、気が強いらしい。
敦が可笑しくなって表情に出すと、気付いた翔が頷いた。
「この子の天敵は無いからね…少女の身体を形造ってはいるけど…」
それを聞いてから、にっこりと笑うドーラを見た時、憑り付かれた寒さを敦は感じた。
でも、翔は楽しそうに笑ってる。
安心して良いのだと…天使は無言で告げていた。
翔に連れて行かれたという天国の記憶は無い。
だけど、此処以上に満たされる場が、本当に、存在したのか…?
やがて、臙脂色の合皮が張り付いた重々しい扉が静かに開いた。
白いコートを着た絵梨と腕を組んで、そいつは来た。
当然だが、敦の見知らぬ青年。
東洋人のようだが、彼も召魂されて他人の身体に詰められたのかも知れない。
青年の胸周辺には濃い闇に血に酷似した紅を巻き込む渦が存在している…今の敦にはハッキリと見える。
確実に彼等が阻止しようとしている”邪心”だ。疑う余地は無い。
加賀がスクリーンの前に立ち、後ろ手を組む。そして…目を閉じた。
「…宣言!」
【 END 】
Jehanne.
2008.07.25
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