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倒れた敦へと翔が駆けつけ、上半身を抱え起こした。
他の者達は焼けゆく教室から去ったが、翔はその場で目を閉じ、魄を解放しきって自由になった敦の意識を追った。
身体を離れた少年の意識が悠々と空を飛ぶ。
やがて、少年は引きつけられた磁石のようにジャンヌの魂の眠る、処刑場跡の広場に辿り着いた。花々や緑の木々に恵まれてはいるが、今や当時の建物が観光目的に建ち並び、異端者として消された彼女の名の教会が近くに建つ皮肉な場所だ。
風が花壇の花をそよがせては過ぎ去った。そして幾度か花が揺らめいた後、少年の意識が哀しく響き始めた。
(何故だ?!処刑された場…屈辱と悲痛に塗れた、この辛い場所に居続けるなんて…!)
身体があったなら、泣き声だっただろうその想いを胸で聞いた翔は眉をひそめる。
(…私の最後の抵抗は無意味だったのか!)
意識の嘆きを聞いた翔は、数秒も経たない間に閃きに打たれた。
(思い出した…あの若者か…!)
ジャンヌの一派だった若者…戦で片腕をも失った…だが幸い、名を知られない下っ端で裁判からも逃れる事が出来た。
けれど若者は静観せず最後の忠誠に挑んだ。敵に潜り込み、処刑人の灰色の衣を纏ったのだ。
(…誰にも気付かれなかった…だが、数秒後は知れない!)
急がなければ!
広がる大地に惨い火刑をする為だけに立てられた大木。その大木に縛り付けられた哀れな少女。今から小さな身体の足許に薪の山を置き、長い枝々の束で囲う…。
遥か遠くの柵の外では観衆が押し合っている。
何であろうと”護る”為に戦った少女が火刑になるというのに怒声と涙に酔うだけの者達。
振り返り、叫びたくなる衝動を歯を喰いしばって耐えた…。
聖女よ…どうか、安らかに…。
準備していた猛毒を染み込ませた焚き木の束を選び、上に乗るよう積み上げた。
煙で窒息する前に…けれどそれすら叶わないかも知れない、確実に意識を遠ざけたかった。
尽くした者に裏切られ貶められ…純実な心はどれほど傷ついただろう。
もう、貴女を苦しませない。熱が上れば毒気が立ち昇り、そして貴女は自由になれる。
絶望に縛られた身を炎が焦がす、その前に。
身を焼く地獄を知る前に、小さな身体から聖なる魂が離れる事だけを願った。
…だが、彼女を護る術が、これしか残されていないとは…!
「おい!いつまで、何をやってるんだ」
…結局、あの若者は他の処刑人に怪しまれ、揉め合う内に命を落とした。
当然の成り行きだった。そうで無くとも焚き木に含ませた毒気は彼の身体をも侵し始めていた。…分かっていただろうに。
私は、その若者を笑えないまま天国へと導いたのだ。
そう、確かに…
あの時、神は御自ら清らかな魂を抱きしめようと、大いなる御手を伸ばされた。
だが、ジャンヌは退いたのだ。
(何故…!!)
私も大地に降り立った。だがこの腕からも彼女は、さらりと逃れた。
…真実…護…正義…愛…黎明…
神に授けられた最初の勅命が無垢な輝く球体の中…魂の内で木霊している。
眠り、再び目覚め、神々の名を盾にして非道を行おうとする者を止めようと言うのか?
だがそんなものは無駄な目覚めでしかない。
宗教だけでは無い。先祖、故郷、思考、身体…誰かが欲を満たす為、優越を得る為に上に立とうとする時、どんな小さな連帯をも理由に使い這い上がろうとする…それが人間だ。
そして彼等は常に貴女の前に敵となって立ち塞がるだろう。
ジャンヌ!!
神々は去るのだ、この忌まわしき宇宙から!
もう、導く者など降りては来ない。
再び貴女が目覚めようとも、取り巻く状況は過酷だろう。
安らぎを得るべき天国すら消える。
今、共に行かなければ神々の行方は知れない…!
けれど…魂は眠った。
やがて、すべての神々が、彼女の眠りを覚まさないまま、此処を去った…。
「…」
翔は敦の額を軽く撫で、意識を身体へと呼び戻した。
勢いを増した炎が2人を包もうとした刹那、翔は表情も変えずに、白く輝く大翼を背中から広げた。その一度の羽ばたきに圧された周囲の業火は遠退き、鎮まり始めたのだった。
はらはらと、長い羽根の数々が室内を舞い、敦の身体に堕ちては溶けるように消えてゆく。
敦を抱き上げた翔は、無垢な寝顔を見て軽く笑い…何百年ぶりかに現した自分の純白の羽根が目に映ると静かに目を伏せた。
私は…。
遂に、地上最後の天使になってしまった…。
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