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そして少女は紫衣を纏ふ
作:鋳金ダラ



第二九譚 今宵は月が満ちていて、


 
 
 一筋。
 高層ビル街の一角、立ち並ぶ高層ビルのとある一棟の屋上で銀光が闇を裂き、一歩遅れて強烈な刃音が轟いた。
 漆黒の影が踊る。
 力任せに少女は得物を振り抜いた。大鎌が暴れ、銀が吹き飛び、空を舞う。
「そろそろ、レベルアップってとこかな」
 少女の一撃によって吹き飛ばされた少年は宙を舞いながら歓娯の声を上げて、そして重力を最大限利用し、落雷のように少女を標的にして落下。銀が月光を反射した。
 対して少女は大鎌を振り上げ、迎撃態勢を整える。
 刹那、
「くッ、あ!」
 少年の一撃を受け、少女は体勢を崩し、思わずその場から退く。
 退いた少女を少年は追い、銀を突き出す。
 その軌道は無駄なく少女の心臓を射抜くモノ。
 再度、すっかり闇に染まった街に金属の衝突する音が鳴り響く。
「ふ、ぁ……」
「まさか受け止められるとは思わなかったよ、楓ちゃん」
 突きを、大鎌の湾曲した刃を盾にして少女は何とか一撃を凌いでいた。
「うる、―――」
 刀の切っ先を受け止めている大鎌を、少女は力強く握り締め、
「―――さいッ!」
 爆発。
 少女の身の丈と同程度だった大鎌が、膨れ上がった。
「え?」
 少年の目が点になる。
 少女の行動は酷く、あまりに酷く乱暴だった。
 が、
「わ、ちょ……、か、楓ちゃん、ここがどこだか―――」
 同時に酷く効果的だった。
 少女の握る大鎌は文字通り『膨れ上がった』。心臓を狙った一撃を盾代わりにして凌いだ当初は身の丈ほどだったが、今は大型観光バスサイズまで膨れ上がり、それを難なく振り上げ、
「さああああああああ―――ッ!」
 少女の絶叫が夜を突き、叩き下ろす。
 莫大な音の渦が炸裂した。戦場が今現在一体何処にあるのか、その一撃を振り下ろせばどのくらい方々が損害を被ることになるのか、そんなことはとっくの昔に少女の頭から消え失せていた。圧倒的なエネルギーが何の躊躇いもなく少年に向けて振り下ろされる。
 鼓膜が引き千切られるような凄まじい轟音の後に、四囲に街に煙が立ち昇る。
 ビルが僅かに揺れる。
 が、倒壊しない。
 倒壊しても仕方がない一撃を叩き込んだのに、倒壊しない。
「成長したね、楓ちゃん」
 腕首を刀の峰に当て、少年は少女の一撃を食い止めていた。
 倒壊しなかった原因が嗤った。
「―――うっさい」
 少女はふて腐れたように吐き捨てた。
 全身全霊の一撃だったのに、あっさり受け止められていたのだ。
 満足できるはずがない。 
 やがて土煙が晴れる。
 屋上の惨状は目も当てられないほどだったが、二人はさして気にしていなかった。
「じゃ、今日はこれまで」
 
 
     ◇◆
 
 
「所沢?」
「うん。そこに『異常因子』がいるんだ」
 朝食であるトーストを囓りながら、少年は淡々と告げた。
「斬るの?」
「もちろん。だってそれが『追捕使』の役目だもん。見逃すわけにはいかないよ」
「所沢にその人がいるの?」
「うん。名前は大月ミナミって言うんだって」
「―――女?」
 名前の感じから考察してみれば、少年は頷く。
「二四歳なんだって」
 二四歳で訳も解らず殺される、というのは些か理不尽すぎるかも知れない。
 あくまで他人事のように楓は思いながらトーストにバターを塗る。
(二四ってことは、……OLかな)
『異常因子』。
 それはアカシックレコードから外れた者の総称(蔑称ではないかと楓は思ったりしている)である。
 アカシックレコードは宇宙や人類の過去から未来までの歴史全てを記録している。言わば世界が成り行くためには絶対不可欠な存在だ。だがしかし。完璧なアカシックレコードにも時たまバグが生じるらしい。そのバグが世界に現れれば『異常因子』と呼ばれるようになるのである。
(彼氏とか、いるのかな)
 そのアカシックレコードの欠陥である『異常因子』は早々に始末しなければならない。コンピューターの基本プログラムにエラーが見つかれば早急に修復するように。やがて『異常因子』はアカシックレコード全体に悪影響を及ぼす存在になるからだそうだ。そしてその修復を担う者が『追捕使』だ。基本的に『追捕使』は『異常因子』を始末するためなら手段を選ばない。『追捕使』に発見された『異常因子』を待っているのはただ一つ、死だ。
(その人、カワイイのかな)
 皮肉めいたことだが『追捕使』は『異常因子』の中から選抜されるようだ。
 元々アカシックレコードに記されていない『異常因子』は潜在的に普通の人間、つまりアカシックレコードに記されている人間とは一線を画すような力を秘めていることがある。その力を『紫衣』といい、その力を持つ者は『追捕使』になって生きる道を示される。が、少年曰く『紫衣』を纏える『異常因子』は早々見られないらしく、そんな『追捕使』に成れる『異常因子』は希少らしい。
 だから楓は本当に幸福だったのだ。
 幸福、だったのだ。
(けれど代償は)
 果てしなく、想像を遙かに超えて大きく残酷なモノだった。
 だから、誓った。
 絶対に、この境遇を呼び込んだ少年を殺す。
 そして自分自身にもケリを付ける。
 だが。
(本当に、やれるの?)
 疑問がついて回る。
 先日少年が見せた圧倒的な武力に残虐性。
 無理だ。
 アレは、無理だ。
 殺せない。
 逆に殺される。
 シマウマがライオンに挑むような物だ。あの少年に牙を剥けば確実に喰われてしまう。
(私は……)
 復讐する。
 手段を選ぶつもりはない。殺しだって厭わない。
 骸を積み上げることによって手を血で染めることによって為されるのなら、是非ともその手段を選ぶ。喜んで、選ぶ。その『大月ミナミ』を殺すことで一歩近付くのなら、躊躇いもなく大鎌を振れる。
 それが、自分だ。
 長い間、見ようともしていなかった『北沢楓』の本性が、これ。
 善人の薄皮に包まれた『ホントウノジブン』は酷くドライで、酷く残酷で、人でなしなのだ。
 だが、絶対的な力の差があった。
 殺したい。
 だが、殺せない。
(いつになったら、―――)
 少年に勝る力を手に入れられるのだろうか。
 思えば思うほど、考えれば考えるほど深みに填っていく。
 ジレンマに陥ってしまう。
(私は、)
 何をしたい?
(私は、……)
 どうなりたい?
(私は―――ッ!!!!)
 何かが壊れていく。
 どんなに強く握り締めようとも、ふとした拍子に逃げていく。
 疎ましかった。
 願い一つ叶えられないでいる自分が、本当に疎ましかった。
 
 
     ◇◆
 
 
 ―――『ねえねえ、あのオツキサマがほしい』―――
 夏。
 ずっとずっと前、花火大会の帰り道だ。
 アイツと二人一緒に歩いた夜道。
 手を繋いで、歩いていた。今でもしっかりと、あの小さな掌、その暖かさは鮮明に残っている。思い出せと言われれば何時何時でもすぐに思い出せる。今から考えてみるとやっぱり『あの辺』から始まったのだ。
 当時、空には綺麗で大きな満月が浮かんでいた。
 それは凄く明るくて、街灯がなくても夜道を歩けるほどに、優しい光だった。
 昔から方向音痴だったから、よく迷った。だけどこの月が常に空にあればもう迷わないかも知れない、そんな風に錯覚させるような、大きな満月。
 ―――『ね〜、オツキサマがほしい』―――
 ―――『オツキサマ?』―――
 ―――『うん』―――
 ―――『あのね、オツキサマってね、もっとね、ずーっとたかいところあるんだよ』―――
 ―――『そーなの?』―――
 ―――『うん。だってさ、てをのばしたってとどかないじゃん』―――
 ―――『じゃあ、やねにのぼろうよ』―――
 ―――『やね?』―――
 ―――『うん。やねならオツキサマにてがとどくでしょ』―――
 ―――『やねにのぼったってむりだよ』―――
 ―――『ほしいほしいほしい〜。なんとかしてよ〜』―――
 そうやって、駄々を捏ねた。
 小さな頃から、相当我が儘な子供だった。
 でも。
 近所のお爺ちゃんやお婆ちゃんや周囲の大人たちはみんな良い子だって言っていた。けれど、本当はそんな『良い子』じゃなかった。どちらかと言えば、悪い子だった―――いや、裏表の激しい卑怯な子だった。その証拠に、余所の人たちの前では良い子を演じていて、けれども裏では母親に駄々を捏ねたり、大好きなアイツに無理な注文付けて困らせたりしていた。何でもかんでも欲しがって、とんでもないことを平気で叶うって信じていて、自分は何でも出来るって思っていた。
 そんな身勝手な考えが成り立っていたのは、やっぱり周囲がみんな甘かったからかもしれない。
 両親はシツケに厳しい人だったけれど、逆に躾けられたことさえ守っていれば娘に甘い両親だった。だから我が儘に最初はいつも渋るけれど、何だかんだ結局大抵のことは許してくれた。大好きなアイツも、いつも我が儘を叶えてくれた。そんな周囲の甘さにも似た大きすぎる優しさにドップリと填り込んでしまって、長い間『そんな自分』に気付かなかった。
 ―――『じゃあにオヒメサマになればいいよ』―――
 ―――『オヒメサマ?』―――
 ―――『オツキサマのオヒメサマだよ』―――
 ―――『オヒメサマ? オヒメサマって、オツキサマにすんでるの?』―――
 ―――『えっとね、オツキサマにはオヒメサマのオシロがあるんだって』―――
 ―――『じゃあカエデ、オヒメサマになる〜』―――
 ―――『カエデヒメだ』―――
 ―――『え?』―――
 ―――『カエデちゃんオヒメサマになるんでしょ? だからカエデヒメって呼んであげる』―――
 ―――『うん! ありがとうユウちゃん!』―――
 でも、小学校に入学してから思い知らされた。
 自分じゃどうしようも出来ないこと。
 頑張っても出来ないこと。
 そんな事態が頻発していた。
 まるで、我が儘だった幼い自分に制裁を加えるように。
 あの頃、とんでもなく我が儘な子供だった。何でも欲しければ欲しがって、それを周囲は叶えてくれた。だから、とんでもない錯覚をしてしまうようになっていた。いつの間にか、本気で自分の欲しい物は望めば何でも自由自在に手に入る、そんな幻想世界は根底から木っ端微塵に壊された。そしてようやく気付いた。初めはとても小さな我が儘だったのに、それがいつしかどんどんどんどん大きな我が儘になっていったことを。
 そして幻想世界から現実世界に戻された自分は、真っ直ぐに生きていくことが出来なくなっていたのだ。
 
 
     ◇◆
 
 
 今宵は、綺麗な満月だった。
 何気なく二階にある自室のベランダに楓は裸足のままに出ると、そのまま真っ直ぐ飛んだ。
(月、か……)
 音もなく楓は屋根の上に着地して想えば、今でも鮮明に脳裏に響く幼き自分の声とアイツの声。アイツはどう思ってるか検討もつけないけれど、楓にとっては良い思い出。そんな思い出を脳裏に浮かべて、
(オツキサマ……)
 手を、伸ばす。
 今なら、届くかも知れない。
「―――なんてね」
 嘲笑すると、不意に気配が膨れた。
「楓ちゃん」
 背中からの声。
「そろそろ『追捕使』のお仕事行くよ?」
「わかってる」


キミシニタマフコトナカレ











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