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そして少女は紫衣を纏ふ
作:鋳金ダラ



第二八譚 踊る獅子


 
 
「邪魔しないでよ」
 返ってきた手応えはあの『人を壊す』独特なモノとは似ても似つかぬモノ。
 楓は睨む。
 みっともなく地面にへたり込んでいる黒城和美と、彼女の命を刈り取ろうとした大鎌の間に割って入ったその人物を、楓は殺気を全開にして睨む。
「楓ちゃん。ちょっとは冷静になろうよ」
 楓の大鎌は、ギリギリの所で止められていた。
 止めたのは、一本の腕。下膊部で、和美を庇うような体勢だった。
 誰に、という問いは無粋だ。考えなくとも分かる。
 楓の『紫衣』を止めたのだ。超人的な『紫衣』での一撃を止められる人間と言えば、一人しかいない。
「邪魔、しないで」
「楓ちゃん。場所を考えてよ」
 煩わしい。
 構うものかと、楓は力を込めた。
「ちょ、楓ちゃん」
 グググッと押される少年の腕。
 少年は慌てて楓を呼ぶけれども、楓は彼の要求に応じるつもりはない。
「待ってよ、待ってって」
 慌てていた。誰でもない。あの『追捕使』の少年が。そんな今まで見たこともないような不思議な事態を目の当たりにして、楓は初めて沸点がやや下がった。
「何よ?」
 力を緩めるが、それでも押し合いは続いている。
「楓ちゃん。場所を考えようよ。こんな路地の外れだとしてもさ、人に見られちゃすぐ通報されるよ?」
「……うるさい」
「あのね。楓ちゃんが思っている以上に『殺し』って繊細なの。特に今は警察の科学捜査が発達してるから、昔みたいにある程度強引な誤魔化しなんて絶対に通用しないし。面倒事を避けるためにはいろいろ隠蔽工作とかしなきゃいけないわけ。分かる?」
 論点はそこだった。
 結局、そんな物なのだ。どうでもいいことだけれども。
「そんなことくらい分かってる……」
「じゃあさ、この場はオレに任せてよ」
「は?」
「フォローしなきゃいけないでしょ? やり方は後で『レッスン』の中でちゃんと教えてあげるからさ、ね、ね?」
 一瞬だけ、少年の背後に座り込んでいた和美に視線を向けた。
 失神する、その寸前と言ったところか。焦点も定まらず、ぼやっとしている。一体全体、さっきまでの勢いは何処へ行ったのだろうか。そう考えると無性にオモシロクなってくる。思いっきり嘲笑したくなってくる。なんだか、もう満足だった。
「―――分かった」
 呟き、楓は大鎌を消した。
 そんな楓の対応に満足したのか、少年は一息付いた。
「じゃあ楓ちゃん。後始末はオレに任せて先に家帰ってて。―――あ、そうだ。忘れるトコだったよ、そこの袋も一緒に持って帰ってね」
 少年が指さした方を見れると、そこにはコンビニの袋が無造作に置かれていた。
「何それ?」
「プリン。オレの夕食のデザート」
「あっそ」
 楓はウンザリしながら、すくい上げるようにしてコンビニ袋に入っていたプリンを回収してそのまま立ち去ろうとしたけれど、ふと、振り返った。
「和美」
 和美を射抜くようにして、出来るだけ冷酷で残酷な口調になるように心がけて。当の彼女は状況を把握できていないようで、恐怖に身体を震わせていた。そんな和美に、楓は告げた。そんな和美だからこそ、楓は告げた。
「確かに私はそんな存在かも知れないけどさ、これっぽっちも譲る気なんてないから。それにさ、私は和美が『優れた人間』だったら『優れた人間』なんかにはなりたくないかな。和美の言う『優れた人間』がどんな人間だか知らないけど、イイヨ。和美みたいな人間が『優れた人間』だったら和美と同類になんかなりたくないしね」
 明確なリアクションが返ってこない。
 無駄に格好付けて、ドラマのヒロインにでもなったつもりで放った言葉だっただけに何もリアクションが返ってこないのは本当に面白くない。ジワジワと腹立たしくなってきた。
 和美側から言わせれば、楓の宣言に構ってる余裕なんてこれっぽっちもないだろう。理解できない現象に、恐らく味わったことのない『死の予感』が殺到して、思考がパンクしているのだろうから。かつて最初に少年と出会ったとき、自分がそうだったから。
「人殺しは確かにイケナイこと。だけど憎しみって想像以上に激しくて、美しい。そんな憎しみを止める手段なんて、この世にあるのかな?」
 それは誰に告げた言葉でもなかった。
 楓は微笑む。
 微笑んで、通牒した。
「バイバイ。良い夢見てね」
 
 
     ◇◆
 
 
 真新しい朝刊を広げた。
(一二月、一九日か……)
 早いもので、楓の世界が一変してからもう一ヶ月近く経とうとしていた。
(それにしても、まあ動じなくなったな……)
 それは決して楓が強くなったからではなく、慣れてしまったからに他ならない。
 他人事のように楓は自己評価を下し、記事に目を向ける。
 北沢家が取っている新聞は全国紙だった。
 一面トップには、例の不適切発言で窮地に立たされていた厚生労働大臣が更迭されたとの見出し。やっぱりクビだった。その下には中東で起こった爆弾テロで一二〇人が死亡、という記事が続く。
 続いて楓は新聞をひっくり返してテレビ欄をチェックする。
 いつも見ていたドラマが今日はクイズ系特番で潰れていた。かなり楓好みだったドラマだけに、がっかりを通り越して苛立ってきた。テレビ局にイタ電してやろうかと、なかなか犯罪じみたことが脳裏を過ぎるも、とりあえず僅かな良心を働かせた。
「おはよ、楓ちゃん。ごはんできた?」
「まだ」
 ふわふわと欠伸を隠すことなく、少年がリビングに入ってきた。
 普段と違うパターンに、ほんの少しだけ楓は新鮮みを覚えた。
「寝坊?」
「昨日の夜はいろいろ大変だったからさ」
 楓の嫌味を物ともせず、或いは嫌味だと理解していないのか、とにかく無邪気に少年はもはや定位置となってしまったソファーに腰を沈めた。
「ねえねえ、楓ちゃん、ごはん」
「うっさいな……」
 折角社会の出来事に目を向けている最中なのに、どこまでこの少年は身勝手なのだろうか。そんなことをぶつぶつ呟きながら楓は新聞を捲って―――
 ピタリと、動きを止めた。
 が、しかし。
 直ぐさま何事もなかったかのように溜め息を付いて、
「これ、アンタの仕業でしょ?」
 新聞を満員電車で読むようなコンパクトなサイズに素早く折り畳んで、少年に提示する。
「え? ―――ああ」
 突き付けられた当人は一瞬だけ目を丸くするも、
「そうだよ」
 何事もなかったように返答する。
 問題のその記事は、地方欄にあった。
 見出しは『放課後の凶行』。
 内容は、すぐ近くの住宅街の路地で女子高生二人が他殺体で発見されたらしい。警察は遺体や現場の状況から強盗殺人事件と断定、捜査本部を設置した、とのこと。
「始末するの和美だけで良かったのに」
 基本的に、楓の興味はそこで終わっていた。
「初めはそのつもりだったんだけどさ。丁度片付けようとしたらタイミング悪く邪魔が入っちゃてさ、やっぱりそんなシーンを見られちゃいけないじゃん?」
「それで、斬っちゃったんだ」
 楓はパラパラと新聞を捲りながら、
「まあね。シナリオは強盗殺人事件ってことで。どう?」
 手品のように、何処からともなく少年は見るからにブランド物と思われる高そうな財布を二つ取り出し、ヒラヒラと振った。
「ちょっと、警察が来たらどうするの?」
「最近の女の子ってお金持ちなんだね〜」
 嬉々と財布から五千円札やら万札やら取り出している少年に、思わず楓の口から溜め息が漏れた。
「そんな『私が犯人です』って言ってるようなモンだと思うけど?」
「でもさ、お金はあって損ないでしょ?」
「まあ、ね」
 適当に楓は同意する。
 どうでもいいことに、そう長い時間構っていられるほど楓は大人ではない。


真っ直ぐだったあの頃。腐りきった現在。どっちも自分、どっちも事実。











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