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そして少女は紫衣を纏ふ
作:鋳金ダラ



第二五譚 悪役は嘲笑う


 
 
 そこは、間違いなくカミサマが住んでいる池だったのかもしれない。
 近所の雑木林。
 幼い頃、よく幼馴染みとその雑木林に遊びに出掛けた。
 春は花見、夏には秘密基地を作った。秋には栗拾いもしたし、冬は雪が足りなくて泥まみれの雪だるまを作った。
 今となっては住宅街に変貌しているのだが、当時はまだそれほど宅地化されておらず、家の周囲に田んぼや雑木林が真新しい住宅に混じっていた。
 そんな雑木林の奧には、用水用の溜め池があった。
 何回か、その溜め池を見に行ったことがある。
 近所に住んでいたお爺さんは、その溜め池を『神賀池かんがいけ』と呼び、神様が住んでいるんだと教えてくれた。まあ、神様なんて存在は信じられなかったけれど。
 そう。
 あれは、確か小一の夏休みだっただろうか。
 家で昼ご飯を食べていると突然『アイツ』はやってきて、あの神賀池に行こうと誘ってきた。それはいきなりでびっくりしたけれど、断る理由もなかったからついて行った。
 神賀池までの道のりはともかく大変だった。
 普段は誰も近づかない場所に神賀池はあったから道無き道を、草木を押し退けて歩いた。歩くことで精一杯だったからどんな道を通ったから覚えていないけれど、今手元に残っている断片的な記憶を繋いで考えてみれば、無茶な行軍だったと思う。
 だいぶ歩いた。二人ともへとへとになるぐらい。
 着いたときには綺麗な夕焼けが木々の隙間から神賀池に降り注いでいた。
 水面に夕焼けの淡い橙色が反射して、圧倒的な存在感と共に眩いばかりに目に飛び込んでくる。湛える清水は浄妙さを極めていた。
「きれい」
 疲れも忘れて、その光景に見とれて立ち尽くしていた。
「ねえ」
 その声がした方向へ、向く。
 そこには小さな男の子が居て、
「また、ここにこようね」
「うん」
 頭を撫でてくれるその手が、妙に心地良くて、
「さらさらしてる」
「え?」
「きれいなかみのけ」
「きれい?」
「うん。きれい」
 その言葉は妙に心に染み渡った。
 
 
     ◇◆
 
 
 一夜明けた。
 早速、今朝のワイドショーに例の倉庫火災跡から大量の遺体が見つかったということが報道されていた。どのテレビ局も挙って大々的に取り上げられている。確かに今最も旬の話題だ。豪華客船が停泊するような港の外れで、半ば放置されていた人気のない倉庫が一夜にして炎上し、いざ警察と消防が現場検証してみれば大量の遺体がワラワラと出てきた。インパクトがある。カルト教団絡みの集団自殺や、何らかのカルト的儀式、外国の諜報機関が行った証拠隠滅説に陰謀説、そして非合法組織同士の派手な抗争説など。様々な説が画面上で報じられており、如何にもワイドショーや週刊誌ネタにはまり役な事件、という様相を見せていた。
 ―――尤もそれは世間的に、であるが。
 閑話休題。
 案の定、警察は事件性があると判断したようで、近くの警察署に捜査本部が設置されるとのことだったが、遺留品が少なく、目立った目撃証言も得られていないことから、元警察幹部という肩書きを持った五〇代程度のコメンテイターは難しい捜査になると解説していた。
 何れにせよ、事件の真相を知っていて、しかも当人であるだけに、楓は不思議な気分だった。
 世間や警察が知りたがっている事実を完全無欠に把握している、というのは妙な気分なのだ。優越感と言うべきか、はたまた孤独感と言うべきか。普段味わったことがないような気分であることは間違いない。
「で、大丈夫なの?」
 最新式のプラズマテレビに映っているニュースキャスターから視線を外さず、あくまで『興味本位として』楓はソファーに寝ころんでいる少年に告げる。
「大丈夫って、何が?」
「警察」
「さあね。もし刑事さんが令状持ってきたら逃げればいい」
「殺して?」
「もちろん」
 至極当然という口ぶりだった。
 ここまで来ると、驚きを通り越して呆れてしまう。
「楓ちゃんこそ、大丈夫なの?」
「……何が?」
「殺し。昨日が初めてだったんでしょ?」
 普通人殺しなんて経験がある方がおかしいでしょ、と口から出かかったもののその台詞を楓は飲み込む。言ったところで意味がないのだ。楓の常識は勿論、俗に言う『世間の常識』はこの少年に通用しない。この『追捕使』の少年に接する時に最低限必要な大前提なのである。
「―――何とか」
「そっか。分かってると思うけどさ、オレら『追捕使』は『異常因子』を殺すことが使命であり存在意義なんだよね。だから殺しに動揺しちゃいけないよ。寧ろさ、殺すことを生き甲斐に感じなきゃ」
 不思議と、少年の忠告は楓の頭に溶けていく。
(殺すことが、生き甲斐……)
 精神鑑定にかけられる快楽殺人犯の台詞か、と楓は思わずにはいられない。
 その上で、
「『追捕使』は『異常因子』を殺す……」
 無意識に言葉が漏れた。
「……楓ちゃん?」
「アカシックレコードに記載されていない存在だから『異常因子』。それをただ追い殺すことだけが存在意義である『追捕使』。どっちが『異常』なのか、アンタは一度でも考えたことある?」
 本当に、この少年の告げるように『追捕使』がそれだけの存在だったならば。
 楓は思わず問い糾す。
(だから……)
 ある種、楓は確信していた。
 人を殺した。
 全てに叛いたその禁断の行為を為してしまった今だからこそ、理解出来たのかも知れない。
 何故、楓の常識は勿論、俗に言う『世間の常識』は『追捕使』の彼に少年に通用しないのか。
 その、根本的な部分を。
(だから……)
 そして。
 その『乾き』を、とっくの昔に失ってしまったモノを取り戻そうと。
 必死で『隙間』を埋めるように―――
 
 
 
 
「あ」 
 
 
 
 
 と。
 想った。
 思い付いてしまった。
 どす黒い。
 正真正銘の悪魔を。
 壊れ物を更に叩き壊す悪魔の方法を。
 思い付いてしまった。
 この瞬間。
 確かに。
 確実に。
 
 
 
 
「楓ちゃん。そんなこと考えるだけのことかな? 『異常因子』は放っておくとアカシックレコードに害になる。プログラムにバグがあったら発見次第修正するでしょ? あれといっしょ」
「だからって、―――関係ない人まで殺すことはない」
 楓は平然と、真っ直ぐに。
「あの暴力団の男たちにも家族とか友達とかいるはずなのに、みんな『異常因子』じゃないでしょ? なんでそう簡単にホイホイ人を斬れるの?」
 確信を得ようと、必死に。
「『追捕使』が考えなきゃいけないことはアカシックレコードただ一つだよ。『追捕使』はアカシックレコードさえ無事であればそれでいい。アカシックレコードのためならいくらでも人を殺したって構わないんだよ」
「ふざけないで」
「ふざけてなんかないよ、楓ちゃん。そもそもさ、楓ちゃんだって人を殺したじゃん? 人のこと言える立場なの?」
「だからこそ! 人を殺すって事がどれだけって重い事かって思い知ったから!!」
「だから?」
 ギリッと、楓は少年を睨む。
「アンタは間違ってる」
 毅然と、冷静に吐き捨てた。
「関係ない人まで殺すなんて、絶対におかしい」
「相違の違いだよ。オレはこのやり方が正しいと思ってる。だから殺すことだって躊躇わない」
 ピリピリとした空気が場を覆う。
 テレビから聞こえるニュースキャスターとコメンテイターとの遣り取りが酷く呑気に聞こえてくる。
「じゃあさ、楓ちゃん」
 そんな空気を打破したのは少年だった。
「楓ちゃんはさ、本来の『追捕使』の使命や存在意義以外で人を殺すのがおかしいって言うんでしょ?」
 少年はソファーから立ち上がり、楓と向き合う。
「じゃあさ、考えてよ。楓ちゃんの『仇であるオレを殺すこと』は『追捕使』の使命でも存在意義でもないよ?」
 打算が働いているのか、少年はほんの僅か微笑気味に言った。
 楓は『異常因子』以外の人間を殺すことを間違っていると言った。対して少年は楓の仇である『「追捕使」の少年を殺すこと』は私怨、だから『追捕使』の使命でも存在意義でもない、つまり楓の目的である家族の仇を討つことは間違っている。そう言いたいのだろう。
「だからどうしたの?」
 考察した上で、楓は凛とした声を放った。
 放つと同時に、
 
 
 
 
 ―――踏み込んだ。
 
 
 
 
 手には大鎌、眼前には刀で漆黒を受け止めている少年の姿がアップで映る。
「驚いた?」
 楓は目の前に驚愕している少年を前にして、
「上手くなったでしょ? 『紫衣』も『飛ぶ』力も」
 快感に荒ぶる心を持て余しながらも、僅かにでも得られた『手がかり』を並べていく。
「はっきりしたの。あの男を殺した時、何でアンタが人を殺すかってこと」
 自分でも驚くほど甘く、妖艶な声が出た。
「人間って、結構簡単に壊れちゃうのよ」
 自分が、ここにいる北沢楓が良い例だ。
「アンタは、壊れてる。私も人のこと言えないけど」
「楓、ちゃん?」
「確かに、人は殺しちゃいけない」
「正論だね」
「分かってる。人を殺して、私は分かった。アンタが何でそんなに人を殺すのか」
 シュンッと、楓の手から大鎌が消えた。
「アンタは自分の『乾き』を癒したいだけ。そうでしょ?」
 少年の瞳が揺れた。
 年相応に、迷子の子供のように。
 楓は抜き身の刃へと手を伸ばす。
「淋しいでしょ?」
 痛い。
 ぴりっとした痛みが駆け回り、刀身が指に食い込むけれど、楓は気に止めなかった。
 楓は少年の刃を手で掴んだまま、
「殺すことだけに生き甲斐を見出すなんて、そんなの悲しすぎる」
 楓は首に手を絡める。
「殺すことで癒せない『乾き』を持ち続けるなんて、そんなの間違ってるよ」
 楓の行動が予想外だったのだろう。少年の身体が不自然に跳ねた。
「だから、泣かないで」
 楓は告げた。
 しっかりと、哀れな少年を抱き締めたまま。
(鬼ごっこ、私の勝ちってことで……)
 哀れな少年を腕の中に閉じこめ、鬼は静かに嗤う。


所詮口先だけだったのだ。











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