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そして少女は紫衣を纏ふ
作:鋳金ダラ



第一四譚 この鎖が許さない


 
 
 今日の『レッスン』は家の中でやるらしい。
「で、何するの?」
 リビングの中央部に置かれていたダイニングテーブルを端に押しやると、比較的広いスペースが出来る。楓は食パン数切れで黙らせた少年の指示通り、あの日から無造作に壁に立てかけられているだけだった漆黒の大鎌を手に握る。
「試しに振ってみて。大鎌それ
 リビングの中央で少年は向かい合う。
 楓は言われるまま、家具を気遣いながら薙ぐように振り回してみた。
 大鎌は身の丈より少し大きいのだが、その割には不自然なほど軽い。
 まるで発泡スチロールの棒を振っているようだ。
 そんな所感を頭の中で転がしていると、
「あ」
 咄嗟に、声が出た。
 ここは室内だ。だから気遣って振り回していたのに。
 ダンッと、嫌な音。そして何とも言えない冷や汗が出る。
 どうやら軽いと感じるのは持ちかえでだけらしく、持ちかえで以外にはしっかりと見た目相応な作用が働くらしい。
「床に刺さっちゃった原因は一つだけだよ。室内の大きさと楓ちゃんの鎌の大きさが合わなかっただけ。じゃあ、ここで問題です。どーすれば楓ちゃんは思う存分振り回せるでしょうか?」
「……、」
「単純に考えようよ」
 単純に考える。
 その一言に促されるようにして、
「―――部屋を大きくするか、鎌を小さくする」
「うん。だけど実際問題部屋を大きくすることって出来ると思う?」
「無理でしょ」
 少年は頷く。
「じゃあ楓ちゃんの鎌を小さくすればいい」
「は?」
「だって部屋を小さくできないんだったら楓ちゃんの鎌を小さくするしかないじゃん」
「そんなこと、できるの?」
「さあ」
 矛盾している、楓は苛立ちを押しとどめながら思う。
「オレのお師匠様は武器の形を自由自在に変えてた。楓ちゃんも多分お師匠様と同じタイプだと思うな。それに『紫衣』は人間の最も強い気持ちがそのまま武器の形状になったモノだからさ、根性出せばどんな形にも変化できるはず」
 少年は口調を変えずに続ける。
「人間は気持ちを理性で操作できるでしょ? 一番強い気持ちって言ったってやっぱり気持ち。コツさえ掴めば簡単だよ?」
 柄に手を当て、ゆっくりと刀身を曝し、
「これはオレの話だけど、例えば……」
 懐から紙を取り出し、二つ折りにして刀身を挟み込む。
「切れ味の調整」
 少年は刀を引く。が、紙は二つに斬れることなく刀は抜けた。
「ペーパーナイフ以下の切れ味になったと思えば」
 紙を懐にしまうと、おもむろにリビングを彷徨いて、刹那、
「時に鉄をも両断できる切れ味になったりする」
 一閃。
 ブラウン管テレビが袈裟斬りに、欠片一つもこぼれ落ちることなく鮮やかに切断された上半分が床の上に落ちた。
「ね?」
「ちょ、ば、テレビ!」
「こんな感じでね、」
「何サラッと、アンタ、テレビ!!」
「結論から言えば『紫衣』は『変化する武器』なわけ」
「テレビ、弁償しなさいよ!!」
「ちなみに『紫衣』の扱い方は自分で編み出すしかないから。自分の気持ちを他の人が操作できないでしょ? それと同じ。―――と言うことで今日の『レッスン』は楓ちゃんの鎌をどんな形でも構わないから変化させてみて。頑張ってね、楓ちゃん」
 鮮麗された動作で、少年は刀を鞘に収めた。
 楓は少年の腰元の刀と自分の鎌を見比べながら、
(変化させろって言ったって……)
 とりあえず、テレビのことは忘れることにした。勿論、この瞬間だけだが。
 楓は床に突き刺さっている大鎌を引き抜く。
(切れ味の調整か)
 あの少年が見せた現象。
 果たして自分にも出来るのだろうか。
(大きさの調整……)
 何となく、手に持つ鎌に力を込めてみる。
(何も起こんないじゃない)
 ふて腐れてみるが、やっぱり変化がない。
「ねぇ、コツは?」
「だから扱い方は自分で編み出すしかないからさ。コツなんて人それぞれだよ。人によって形も質も違うからね。後は楓ちゃんが『紫衣』に慣れるかにかかってるんだよね。多分、一ヶ月もすれば自然と上手くいくと思うよ? 元々そう言うモノらしいし」
 言い残して、さっさと少年は出て行く。
 楓を一人リビングに残して。
 
 
     ◇◆
 
 
 まだ三〇分しか経っていない。
 が。
(やってられないって)
 すっかり鎌を放り出し、ぼんやりとリビング中央で佇んでいた。
 いくら『紫衣』は使用者固有の形状と操り方があろうと、何のヒントもなしに『形を変えてみろ』なんて言われても困る。
(感情だって暴走するって)
 人が感情を自由自在に制御できたら恐らくこの世界はもっと平和な世界になっているだろう。
 絶対に戦争は今よりもっと少なくなるはずだ。確信はないけれど、何となく確信できる。
(鎌の大きさを変える、か)
 仕方がないから、楓はあの少年が言っていたことを思い出そうと、記憶の糸を探ってみる。
(単純に考える)
 鎌に手を伸ばしながら、単純に考えてみる。
 一時期ブームだったスプーン曲げの要領で念じれば何とかなるだろうか。
(無理ですね)
 ならば、
(やっぱり、感情の制御ってヤツ?)
 物凄く、ぶっ飛んだ考え方だと改めて思った。
 少年の口ぶりから察すれば『紫衣』の形もいろいろあるらしく、個人個人の感情が形状形成に大きく影響するらしい。
 確かに少年の言う通り、人間は感情を理性で多少なりと制御できる生き物だ。そう。一番強い感情って言ったって所詮感情でしかない。コツさえ掴めば制御できないわけがないだろう。だが、そのコツが掴めないから今現在こんなに憂鬱になっていると言うわけで―――、
(ん? 一番強い感情?)
 引っ掛かった。
「―――、一番強い感情」
 復唱してみる。
 そう言えば、あの少年が何か言っていたような気がする。
(何処で、だったっけ)
 思い出せない。
 思い出そうとする。
 思い出せない。
 思い出そうとする。
 思い出せない。
 思い出せそうで思い出せない何とも言い難い不快なモヤモヤが楓を飲み込む。
「気持ちワル」
 楓の口から、不意にそんな言葉が漏れた。
 一番強い感情。
 何だろうか。
 一番強い感情。
(―――復讐心?)
 確かにそれもある。
 が、もっと奥だ。
(焦り?)
 違う。
(嫉妬?)
 違う。
 次々と候補を思い浮かべ、消していく。
(ナニ?)
 不思議な気持ちだった。
 気持ち悪い。
 喉に小骨が引っ掛かっているような、何かに心を抓られているような。
(私は、)
 そうだ。
(感情)
 一番強い感情。
(感情)
 北沢楓を形作っている深淵の感情は、刹那―――
 
 
 
 
『人でなしは楓ちゃんだと思うな』
 
 
 
 
 フラッシュバック。


     ◇◆


 脳内に映し出されたそれは、ノイズ混じり。
(なに、これ……)
 思わず顔を上げる。目に映るのは代わり映えのない天井。
 ガクガクと膝が震える。
『楓ちゃんの場合は「哀れみ」だと思うよ』
 立っていられなかった。
 思うように、立てない。
 膝が笑っている。楓は大鎌を支えにして情けなくしがみついた。
『簡単に言えば、同情と同じだよ』
 フラッシュバックは容赦しない。
『オレに初めて会ったあのときは「殺される自分が哀れだ」って思ったからその感情に触発されて「紫衣」が発動した。二度目は「悲劇のヒロインになってしまった自分が哀れだ」から。そして三度目、お母さんの死体を目の当たりにしたときは「殺されてしまったお母さんや家族が哀れだ」って心の奥底で思ったから』
 絶望の渦が楓に食らい付いた。
『同情心だよ。一回目と二回目は自分に対する自分自身の同情。三回目は家族に対する同情』
 ダンッ!
 楓は膝を付き、身体をくの字に曲げ、殆ど無意識に拳を床に叩き付けた。
『同情ってのは一番醜いとオレは思ってるんだ。だって同情って「嗚呼、なんてあの子は可哀想なんだろう」って感情でしょ? 上から目線じゃん、自分は何様ですか?』
 嫌悪感。
 猛烈な嫌悪感が楓を飲み込み、その勢いのまま、猛烈な勢いで拳を床に叩き付ける。
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も―――。
 一心不乱に湧いてくるフラッシュバックを拒絶するように、振り払うように。
 が。




『ホントウノヒトデナシハカエデチャンダトオレハオモウヨ』




 ぷっちん、と。
 何かが切れたような音がした。


仮面を外せば視野が広がった。











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