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73   〈歴史の間〉は囁く
「ぐっ……」
 目を白黒させて、その手を少しでも緩めようともがく。
「何処にいる」
「げん…〈玄室〉に入った……どうしてるかは知らん……何故あの少年に固執している…」
「根深いルーツの元だと思うからさ。諸悪の根源を消さない限り、人類は幸福になれん」
 締め付けた手を離すと、マッシモは床に崩れて咳き込んだ。
「行っても…入れるとは限らんぞ」
 聞こえたのか聞こえてないのか、シャ・メインは自然と開いた使徒(アポストロス)たちの間を歩いて、乗ってきたカートとは別のカートに乗り込んで、
「あいつを始末したら、地下都市ごとお前たちも消滅させる」
 棄て台詞のごとく、宣言して去った。
 後に残った使徒(アポストロス)道士(メンター)は、マッシモを介抱しながら問いただす。
「これから我々はどうしたら?」
「システムダウンで、コントロールは不可能になってます」
「手の打ちようがありません」
 対抗策も無く、手足をもがれた状態で、何にも無力だった。
「〈玄室〉だけでも、守るべきなのだろうが……」
 マッシモが脱力感のまま言う。
「〈歴史の間〉が食い止められれば………」
 既に何人かの使徒(アポストロス)が、シャ・メインの向かった方へとカートを滑らせていた。
(少年が、ユーデリウス・プログラミングを………?)
 すがりつくものは、神以外にもありそうである。
 
 より強力に増大し、より鋭敏になったシャ・メインは、いとも簡単に目的地近くに着いたものだった。
「………こんなものか」
 手ごたえの無さは、いささか拍子抜けする。
 これまでとは異なる質感の入り口が、重要な場所であるのを分かりやすくしていた。
 カートは乗り捨て、足を踏み入れる。
 ブン……機械的な音がすると、音声がシャ・メインの存在に警告を発した。
『〈歴史の間〉は、ヒブラ以外の存在は認められません。警告します。敵性意思を認識しています。直ちに退去せねば排除対象として攻撃します』
 セキュリティは当然の予測である。
『入室は許可されません。排除します。これは警告です』
 やかましくがなり立てるのにも構わず、〈歴史の間〉とやらに入った。
 油断無く周囲を見回していたが―――はっきりと視覚に収める前に、あらゆる方向からエネルギー弾が飛んできたのである。
「なんだと…」
 危うくかわして、愕然とした。
 豪奢な衣装を着けた、過去の偉人たちと思われるホログラフから発せられていたのだ。
(発射口が特定できない……こいつら――!)
 ホログラフのあちこちが赤く光ると、エネルギーが発射される。体全身が光学系武器のようだ。
 脇や髪の毛、指先を掠めて次々と彼らは、攻撃の手を休めない。そのうちの一体の土台陰に身を隠して、刻まれた文字を読む。
「…レグレット=ペウース…ユーデロイト……。帝政の皇帝?…皇帝たちの像だというのか!」
 なるほど、そんな趣きある面子である。
「――気に食わんな。こんな物を建てて思い出に浸っているとは!」
 腹いせにドッカリ土台を破壊した。
 皇帝が、ヴン……と唸って消えた。
 天井には星雲や、どこかの惑星ホログラフが音も無く、ゆらゆらとさざめいていた。
 幻想的にも、魔力的な引力があるのか、シャ・メインでさえ何か吸い込まれそうになる。
 皇帝たちが互いに会話するような、シャ・メインに話しかけているような―――。
 
(……全ての人々が真実を知るべきではないが……)
(知らしめるべきであったか……我々が国と言う理念でもなく―――)
(イデオロギーとも異なるのだ)
(インフラ整備と同様――)
(ユーデリウスも代理人に過ぎず、ルイーザは使用人であった)
(夢だけ見せるべきであったか…)
(これも望まれたことゆえ…)
 
「………お伽噺をッ!」
 さらに二、三体の土台を壊す。
 
(…概念的なものでしかない……)
(人に知らしめるには、(よりしろ)を造らねばならない……)
(人は目に見える形を求めるから)
(帝政に意義を問うてはならないのだ)
(自分自身が知るところへ、向かえばよい――)
(人は――)
 
 直接、頭の中に語りかけられるような、おぞましさに嫌悪した。
 
(人の――)
「ッ……ぬ……!」
(人の命は尊く……)
 入り乱れる光線の合間を、必死で身を捩った。
 
 “人の生きるは儚いものです――”
 
 まるでシャ・メインを諭すかのような、穏やかで優しい囁き………。
「うるさい!」
 憑き物を落とす風に、数体のホログラフを倒すのと、シャ・メインの体がどこか貫かれたのが同時だった。
 ドウッと、入ってきた所とは反対側にある、もう一つの通路側へ投げ出された。
 激痛が襲う。
「――!」
 顔を歪めながら、受傷箇所を探す。
 右の太ももを前から焼かれて、貫通していた。
(痛みなど、コントロールできる……)
 大腿骨は無事だった。
 辺りを警戒するが、何故か攻撃しそうな気配は無い。眼前に流れるスライド・ウエイに引きずる足を乗せ、それでも立っていたのは彼の意志力の強さ。
(俺にくだらない話をしようったって……ここまで来て……憎むべき悪には、俺が鉄槌を下す…!)
 ざわざわとした感触を、振り払うように言い聞かせるが、
(人が生きるのに、運命や干渉など! 帝政は人類の汚点に過ぎん!)
 意固地に反抗してる気分である。
 今や怒りと憎しみと、どこか哀しみに支配されて、シャ・メインは憤怒の阿修羅と化していた。
 どこか盲目的に、自分をごまかすように――――
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