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54   ユーアン・ウティス=グレス・ユーデロイト
 近づくにつれ、いや近づいてるとも言えないのだが、その姿は次第に大きく広がりを見せていく。
 その中に、最初は小さな点のように、だんだん人の形を成して、それが何者かアルダにはわかった。
(守っておいででしたのね……ルイーザ――)
 感謝の間も無く、胎児のように丸まっている、その少年を目指した。
(良かった――――!ルイーザが共にいらっしゃったなら、きっと無事――)
 ゆらゆらと、ゆっくり落下しそうに漂う少年に、手を差し伸べる。
 その感触に、穏やかな眠りを妨げられたと、いわんばかりな表情で少年は目覚めた。
『――――………』
 嬉しさで胸が一杯になったアルダは、言葉にならない。
 少年は暫く何処を見ていたか、焦点をようやくアルダに合わせると、だるげに唇を開く。
『――アルダが迎えに来るのは……夢ではないと…知っている…』
(はい、陛下)
艱難辛苦(かんなんしんく)なくば、人は生き(ざま)を得ぬと……母が言うので―――』
(享受いたしてきました)
『…ルイーザの時間も、私の時間も、満たされねばならなかった……ルイーザの哀しみの代償は大きい―――母にはその力及ばず…太祖ユーデリウスも知っておられたので、私が赴くしかなかった………』
 少年の心象がそうしているのか、周囲の光景が形を取り始め、いつしか二人を取巻く空間は、どこか宇宙に浮かぶ人工的な建物の一室の様相を呈していた。
 黒光りのする床と、天井高いスリットの向こうに、星々輝く無限の暗黒。
 少年はその中央に、威厳と峻厳に彩られた装いで座している。
 見紛うことなき、皇位継承者。
 眼光冷やかに風格ある面立ちで、重々しい口を滑らせた。
『私がその者であるために、既に名は定められ……賜れた。我が名は…』
 ……汝在る者(ユーアン)
 ……何者にも非ず(ウティス)
 ……至高の息吹(グレス)
 ……ユーデリウスの意を継ぐ者(ユーデロイト)
『ルイーザにすら与えられず、太祖ユーデリウスの下命により、母は願い出て我が子に我が子としての証を記した。しかし分かたれた魂には知るべき者が存在せず、ルイーザも同意したので、この世に顕したのが、アルダである。――ルイーザは私を承認し、然るべき後に黄金の瞳(ヒブラ)鋼鎖(かなぐさり)を解かれるであろう―――』
 神々しい、と言う表現は妥当ではない。
 歴史に知る皇帝たちも、こうであったか。この美しいとまで思う直線的な旋律。
 権力と運命を背負い、圧し掛かるようなユーデリウスの影に、人間としての苦しみに耐える、それが本当の彼らの姿なのであろう。天を貫く山の頂で、原始の神々に試されるような修験者。
 こうして(まみ)える少年も、ピクリとも感情的表情を載せず、その双眸にのみ意志を宿す。
 ――遠くから、アルダは声を聴いた。
『ルイーザが招いている』
 急に自分の体が後ろへ引かれるのを感じ、アルダは我に帰った。
「大丈夫か!」
 使徒(アポストロス)の一人が彼女を覗き込んだ。
「呼吸まで停止していたんだぞ。取り込まれたかと思った」
「………ア…陛下(サイアー)は…」渇いた喉で、声を絞り出す。
「意識は戻ってる。大丈夫だ。成功はしたのだな?」
 マイヤーたちに囲まれて、呼吸を整えるとアルダは頷いた。
「陛下は、ルイーザの守護を得られておいでです。シールドの解除もルイーザの思し召しでしょう……難なく……」
 言いながら少年のほうを見た。
 上半身を抱き起こされて、一息ついた様子だ。
導主(ラウ)……時間がございません。いよいよヒブラに刻が参ったようでございます。陛下を〈玄室〉へ……」
 すっかり主役を取られた感で、導主たちは事態を飲み込むのに、ひどく労を費やしていた。
 真実はどうあれ、迅速な対処を行わなくてはならない。その認識だけが彼らを動かそうとしている。
「ルイーザに会われるのを望まれるか……しかし、ここに閉じ込められていては、どうにもしようが……」
 対フォースライナー用の部屋は、主に使徒(アポストロス)たちが駆使するパワーを封じ込める。つまり、物理的な力ででもこじ開けないと、脱出は不可能なのだが。
 それに気がついて、いっとき意気消沈してしまった。
 少年に気を取られて、外で何が起こっているか、忘れていたのだ。
「………? 陛下…」
 ところが、いまやヒブラの主とも言うべき、少年がゆっくりと床を踏みしめて、ドアへと歩くのを追う。
 無理です。と声をかけようとする瞬間、無言で少年はドアに手をかけて、いとも簡単に開いてしまった。
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