◆TRADITION 3◆其は汝(な)が名なり
33 玄室の光
人影の無い〈回廊〉から〈玄室〉へと歩いていた少女――アルダは、何故そこを歩いていたかも良くわかっていないが――前方に青白い光を発見した。
〈回廊〉内にはその色を発する光源はなかったはずだった。
トラブルと言うには奇妙に弱々しくも落ち着きを備えた輝きである。 不審と好奇心にそそられて、アルダはその光を追った。
――と、その光の中に少年らしき姿が包まれている。
明らかに未確認の侵入者であり、有り得ない事態だ。
しかも少年は彼女に気づきもしないように、〈玄室〉へと移動していく。
「いけない……その先は…」
大人からは、玄室の手前の部屋にすら近づくなと言い聞かされている。
慌てて走るアルダの指先を掠めて、なおも動きは止まらない。
「それより、どうして彼は入ってこれたのだろう?ディフェンサーが働かなかったなんて…」
ディフェンサーが動作しないどころか、少年の固体登録が完了しているかのように扉は次々と開いていく。
最後に開いた扉は、ヒブラで一番大事な場所〈玄室〉であった。
巨大なドーム状の空間に飛び込むように少年は入ってしまう。スピードを増したままデッキから落ちそうな勢いだ。
「待って!何で……此処から入れるのを知ってるの…」
叫びながら彼女はひどく後悔した。
まだ半人前の使徒とはいえ、失態を犯した……黄金の瞳ルイーザに申し訳が立たない…。
デッキの鉄柵に身を乗り出して泣きそうになる。
静かな機械音が鳴り響く中、あらん限りの知覚を張り巡らして少年を探すも、どこかに消えてしまったように誰の姿も見受けられない。
「どうしよう…私まで入ってしまってるし……」
がっくりと俯いた彼女の眼下の向こうには、神殿のごとき細工と、美しくも巨大な機械の彫像が座している。
「導主たちになんと報告したら――…!」
絶望する彼女の髪を、スイと撫ぜる風があった。
「………」
ハッと驚くその前には、青白い光が浮き上がって漂っている。
その中では、少年のオレンジの瞳がやけに強烈な輝きを放っていた。
「――あなた!どうしてここにいるの!」彼を再び見つけたことを幸いとばかりにアルダは叫んだ。「お願い、あれには触れないで!」
必死の形相が可笑しかったのかどうか、少年は小首を傾げて微笑む。
『この人に連れてこられたんだ――』
「…この人って」
『ホラここで祈ってるじゃない』
「でも、ねぇ、この人は動けないのよ。ホントは誰に連れてこられたの?」
あっけに取られながら、少年に呼びかけるのを努力した。
『だって…この人だよ…来なさいって言うから来たのに。聞こえないの?こんなに囁いてる声が』
「なんて、囁いてるの」
『教えてあげても良いけど…あぁ、僕の名前……だって……』
「名前? 貴方の名前を彼女が言ってるの? 自分で判らないの?」
『僕の名前はねぇ――』
小気味良さそうに、満足げな表情で少年は空中で一回転した。
その動きにつられて光もユラユラと漂う。
『君は…アルダ?』
自分の名前を呼ばれて、思わず彼女は身を引いた。
『――アルダ』
もう一度少年は言った。
そんな少年にアルダは眼を凝らす。
無邪気な少年の輪郭がぼやけたように見えたので、周囲の光が増したのかと思ったのだが、やがて幻覚ではないことに気づく。
少年の姿に、少年と同じ面影を宿した青年が形を取って重なっているのだ。
一人、いや二人は同時に同空間に存在し、アルダを見ていた。
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